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贖罪  作者: 砂河豚
1/8

プロローグ 1

あとまだ内容は定まってないところが多いので

ゆっくり更新予定(多分週一)



夜も更けた頃であった。疲れ切った顔でボロボロの白衣を着て、黒いシャツにジーパンを履いた一人の男を中心に銃火器を持ったとある企業のロゴをつけた兵士たちが天幕の張られたトラックの中に座っていた。

 後方の出入り口は警戒するためか一人の兵士が覗き込んでいるために月の光が入っている。

 兵士たちはの銃火器は光によって黒光りしており、何とも恐ろし気であった。何故にそれを恐ろしいと評するのか、それは罪だからだ。

 こうしてただただ小さくなって呆然としか見ることのできない自分。それも罪なのだ。

 僕は罪を犯した大罪人なのだ。

 許されざる人間なのだ。

 決して。

 誰からも赦しのない旅なのだ。


 その時である。トラックが揺れるのだ、何かがぶつかった衝撃といっていい。それも横っ腹から数百キロの物体が衝突したかのような衝撃。

 鋼鉄の鎧をまとったトラックは斜めに傾き、今か今かと横転に近づいて行く。だがすぐには横転はしなかった。運転手による必死の対応によるものだった。

 それはオーストリア帝国の戦艦セント・シュトヴァーンの沈没のように緩やかに始まり、終わりには急激に始まるのだ。

 兵士たちはその場で叫ぶ人間もいれば必死に天幕を支えるフレームを握って離さないようにする人間もいた。

 外の様子を見ていた人間は振り落とされたのか既にいなくなっており、状況は最悪であった。

 僕はただただその時も”待っていた”。


 繰り返す輪廻の世界へと……。


 ふと僕が気が付いたときには外に投げ出されていた。近くのトラックの天幕は擦り傷によって穴だらけになっており、支えるフレームもぐちゃぐちゃであった。

 それは高層ビルから落下死した人間のようだ。そしてその中身も凄惨なことになっている。

 外に投げ出され折れた骨が露出し苦悶の表情を浮かべる兵士たちに、落下の衝撃で地面と車体の間に潰された肉塊、そこには多種多様な死があったのだ。

 死の坩堝と化したこの地獄が、目の前に広がっていた。


「な、なんだよこれ。一体何なんだ……。」


 ただただ驚くしかなかった。この兵士たちは一体なんなのか、なぜ自分がこんなところで気絶しているのか。全く分からなかったのだから。

 周りを見渡せば鬱蒼とした森が広がっており、すぐ右手には切り立った崖が見える。

 つまりは自分はトラックの中にいて、投げ出されたってやつなのか。急なことで混乱する脳内を整理して、理論立てて説明していく。

 だが死はすぐ近くに来ているのだ。死神は大きな鎌をもって夜な夜なやってくるものである。


 森の奥から大きな剣を持った人間が見える。それはツヴァイヘンダーにも似た近接武器、それが月明りに照らされ白銀に輝いていた。

 布の擦れる音と共に響く厚手のブーツの音、一歩一歩進む足取りは重々しくそれは重厚な圧を感じざる負えない。

 恐ろしかった、死が実体をもって歩いてきているようであり足がすくむ思いだ。

 その人物は剣の先を杖代わりに地面に打ち付けるとカチャという音と共に炎が灯る。

 煙草と共にライターの光によって現れたのは着崩したスーツを着たげっそりとした男性であった。顔立ちは皺くちゃで、歳を考えてみれば五十代にも到達するほどではないのだろうか。

 だがただの初老の男性というには気だるげなその目の奥には強い野望が灯っているようにも見えた。

 彼は疲れ切った低い声を響かせ喋り始めるのだ。


「生きているとはな、お前は悪運も強いのかね。大半の人間は死んだというのに、お前も後を追いたいのだろう?」


「な、何を言ってるんだ。僕は。僕は……。」


 思い出せなかった。僕は何をすると決めていたのだろうか。

 一向に思い出せなかった。僕はなぜ生きているのだろうか。

 永遠におもいだすことはなかった。それは”まだ”知らなくてよいのだから。


 男はその燃えるような赤い瞳でこちらを見てくる。全てを見透かすようなその眼に睨まれてしまえば動くことはできなかった。

 男の目によって動けない自分は蛇の前の蛙といってよいだろう。この小さな身に縮こまってお怯えるしかできない蛙なのだ。

 近くの武器になるもの、つまりは五.五六ミリのライフルもあったが彼の前には豆鉄砲に等しいと無意識的に理解していた。

 それは彼自身がそのようなもので死なないという現実を理解していたからにほかならない。だから子供のように怯えるしかできなかった。


「っとと、やる前に聞いておかなきゃならんことがあったな。これだけ簡単に破られる警護というのもおかしな話だ、聞くぞ、これもお前の計画なのか?」


 問い詰める声音は低い声質によって脅迫しているようにも聞こえたのだが、彼の癖からいって多分普通に聞いているのだろう。

 だが自分には全くわからないことであった、これが計画だって?みんな自分が知っているのか?全くわからなかった。

 いくら考えても答えの見つからない。まるで底なし沼のような泥濘、どうしたって記憶がない物から説明のしようがなかった。

 睨みつけるような目を見て彼も考えを改めたのだろうか、深い失望を孕んだため息と共に剣を肩で持ち迫ってくる。


「……そうか、ならここで死んでくれ。」


 目にもとまらぬ速さにて剣を振るう彼の姿が見えた。ここで死ぬのか、何にも分からない状態で、自分がしたいことだけなんとなるわかる状態で、ここで命を散らすのだ。

 死を目の前にしたというのに自分の心は静かなものであった、心臓の猛りすらない。どくん、どくんと静かに訴えかける心臓の音が聞こえる。

 不思議なもので死を目の前にしたらと時が遅くなるようであった。

 自分はここで死ぬ、そう思った時であった。思わず庇うように上げた右腕に相手の鋭い刃が衝突する寸前に、目の前の地面から漆黒の何かが生える来たのだ。

 それは石でできた柱のようなものである。その柱には所せましと文字が刻まれており、それは呪物のようでもある。なぜそれを呪物と認識できたのはよくわからないが、その石を見てどこか安心してしまった。

 

 剣を振り下ろし男は深いため息と共に、自身の奥から現れるもう一人の人物に視線を移すのだ。

 自身の後ろにいるもう一人の人物は女性であった。表は黒い髪に青いインナーカラー、そして前髪から右側へと流れる長髪、右側に行くにつれて長くなっていく髪は一種の流行りなのかと思ってしまう。

 そして左耳だけに銀色でとても特徴的な厚い丸形のイヤリングであった。服装は戦闘用なのだろう、上半身は体つきが如実に表れ、腕までしっかりと保護する構造の漆黒のドレスであった。右肩にこれまた黒い布を掛けており、そして靴はパンプスを履いているようである。

 身長自体も二メートルあるかないかといった具合で顔立ちも整っている。まるで二十代後半の女性のようである。


「久しぶりだなイシュメール、ここ最近は中々噂は聞いてなかったがそちら側にいたのか。」


 男は苛立ちを込め、言葉を吐き出すのだがイシュメールと呼ばれた女は目を細めて佇んでいる。

 彼女はこれまた低い声で呟き返すのだ。

 

「久しいな赤き剣、貴様がそちら側についているとは甚だ悲しい限りだ。あの時の話は忘れたわけではなかろう?」


「ふん……お前が爪であった時の話だろう。今のお前は爪ではないからな、無効だろう。」


「まあそう言うな。長い付き合いだろう、ここはお互い手を引こうじゃないか。”まだ”死にたくはなかろう。」


 赤き剣と呼ばれた男はより一層殺意と苛立ちを込めた音色になる。その威圧感たるや、それは鉄の塊の戦車を前にした小銃しか持たない兵士のようだ。僕はその小さな体の中で怯えて竦むしかなかった。

 だがこの女は威圧的な視線すら効いていない様子で、そんなことお構いなしに優雅に目を細めて笑うのだ。それも飛び切りの嘲笑を込めて。


「どうしたんだ、いつものように斬りかかってくれば好いのだぞ?」


「……」


 男はため息と共に剣を構え、数メートル離れる彼女へとたった数歩で間合いを詰めるのである。そして心臓めがけての突きをコンマ数秒にて叩き出すのだ。

 女は高速飛翔するツヴァイヘンダーに対してどうしたかと言えば、腕を使って弾き返す。腕ではじき返す時には金属がぶつかる音がした。そして目にもとまらぬ速さにて飛び出す数多の剣戟とそれを弾く右腕。

 一体この女は何者なんだ、あれほどまでに巨大な鉄の塊を片腕で弾いて何故無事なのか。 

 必死に理論づけしようとしていれば、急に手を掴まれてしまうのだ。

 思わず振り返って顔をみてみれば年頃の可愛らしい女性であった。

 前髪だけ真っすぐに切り揃えられていて、癖っけの強い白い髪は首元まで伸びている。顔立ちはまだ高校生ぐらいだろうか。

 大人らしいといえば少し違う、子供らしさ強めに残した顔でありあどけない感覚を感じる。彼女は首元を赤い紐で括られた白いポロシャツとその上に黒いパーカー、ひざ丈より少し短いプリーツスカートを着ている。

 そして黒いニーソを履いて、女の子といって差し支えない可愛らしいスニーカーを着用していた。


「来て!!急いで!!」


 彼女は可愛らしい声で叫ぶのだが全く理解が追い付いていなかった。あの二人の戦いもそうなのだが、自分の置かれている状況もわかってなかった。


「えっ、あっ、君は一体。」


「いいから走って!!」


「あっああ!!」


 力いっぱい引っ張ろうとする彼女の言葉にはただならぬものを感じ、思わず返事をしてしまう。

 後ろでは凄まじい勢いでぶつかり合う音が響いている中、二人は無我夢中で暗い森の中を走って逃げていくのだ。

 何もかも、分からない状態で……。

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