1. プロローグ再び
ここはどこだ。よく見えない。手足の感覚もなんだかおかしい。新生というものはこういうものなのか。
「ようこそ。お待ちしてましたよ」
聞き覚えのある声がする。いや、聞こえている気がする。なんだ!? この感覚は。
「どちら様ですか?」
声を出して聞いてみた。いや、声を出したつもりなのだが、声が出ていないようにも思える。
「あらひどい。私をお忘れですか?」
「! …… 君は妻さんかい!?」
「そうですよ。夫さん」
「なんてこった!? ここはあの世かい? 私は新生に失敗して死んでしまったのかい!?」
「いえ、新生には成功しましたよ。ほら、あそこに若い夫さんがいることが感じられるでしょ」
そう言われても何も見えない。あそこって……
「ああ、なんだか感じるぞ。私が居るような気がする」
「直に慣れますよ」
「ここは一体……」
「ここは5次元空間ですよ。肉体を離れた魂がやってくる世界です」
「なんだって! それでは私はやっぱり死んだのか?」
「ええ、そうとも言えます」
「一体どうなっているんだ。解るように教えてくれないか」
「ここは考えずに感じる世界。でもあなたは論理を扱うお仕事をされていましたからね。考えずに感じられるようになるには慣れが必要かも知れませんね」
「手っ取り早く要点を頼むよ」
「はい、解りました。あそこに居るのが夫さんのニューロンパターンをコピーした新しい夫さんです」
「新生には成功したのだな」
「ええ、成功しました」
「では、ここに居る私は誰なんだ」
「オリジナルの夫さんの魂です」
「はあぁ!? 私が二人居るというのかい?」
「そうです。新生とは人のコピーを作ることです。ニューロンパターンをスキャンしたとき、対象者の脳を破壊するようなことはしていません。ただ読み取っているだけです」
「そうか! だからニューロンパターンの移植ではなくてコピーなんだな!」
「ええ、そうです。だからオリジナルはそのまま残るのです」
「! ……残った私はどうなったんだ?」
「社会的には夫さんが二人存在しては困ります。新しい夫さんができたので、古い夫さんは用済みになりました」
「……」
「安楽死処分されたんですよ」
「……」
死刑宣告を受けた気分だ…… いや、既に執行されているのか。
なんてこった。新生後の新しい体のことばかり考えていて、古い体のことはまったく気にしていなかった。これでは完全に殺人ではないか。
「ええ、そうです。殺人なんですよ」
「え!? 声を出した覚えはないが、聞こえていたのかい?」
「いえ、この世界は感じる世界。考えたり、語ったり、聞く必要はないのです。それと、今はまだショックを受けたように考えているかも知れませんけど、すぐに心は穏やかになりますよ。それがこの世界の救いです」
「妻さんが何を言っているのかよく解らないが、私が死んだことと死後の世界があることは理解したよ。しかし、これはとんでもない組織犯罪じゃないのか?」
「それが、そうとは言い切れないんです。ニューロンパターンのコピー技術を開発した人達も、新生制度を実現した人たちも魂の存在を知らなかったからです」
「確かに魂という言葉はあるが、それが何なのかは誰も知らない」
「でも体から抜け出した魂として私たちはここに居ます。そしてすべて感じました。魂とはダークマターと呼ばれる粒子で構成された物質からできているのだと。そして生前私達が過ごしていた4次元世界ではまだダークマターの正体が解明されていません。ましてや、ダークマターを基にして魂が構成されているなんて想像もしていません。だからニューロンパターンだけをコピーすれば人が生まれ変われると思っているのです。新しく生まれ変わった人が居ますし、その人は自分が生まれ変わりだと信じているのだから、古い元の人は処分しても何ら問題はないと考えているのです」
「だが実際には違ったということか」
「ええ、魂を構成するダークマターを新しい体に移行してあげれば、構想通りの新生ができたのでしょうけれど…… 魂の存在を知らないのですから、その移行技術なんて開発のしようがありません」
「魂が異なるということは、新生した私は私自身ではないということか?」
「ええ、そうです。古い夫さんと新しい夫さんは別人です。でも、新しい夫さんは自分のことを古い夫さんだと思い込んでいます。そういう記憶を持っていますし、新しい夫さんは独自の自我を持っていませんから」
「ちょっと話がそれるが、妻さん。新しいとか古いとかっていう言い方は改められないかな」
「そうですね…… では、初代夫さんと二代目夫さんではどうでしょう?」
「あまり変わらないが、まあ良いか。で、話を戻すと、存在すら知らないものを考慮することはできないな」
「ええ、ですから犯罪とは言えない。誰も知らない、考慮もできないことだから不可抗力の事故ですね」
「それで毎年、毎年、数万人の人間が安楽死させられているのか。恐ろしいことだ」
「実際、この技術を開発した人や制度を作った人、関わった人たちは皆恐縮していますよ。概念的に。その人達の魂もどんどんこちらの世界にやってきていますから。初代夫さんもすぐにその概念を共有できますよ」
「私はこれから二代目夫さんの生涯を感じていくことにしています。初代夫さんもご一緒してくださいね」
「何をどうすればいいのか解らないが、とりあえず妻さんが言う通りにするよ。二代目の行く末は私も気になるからね」
「ありがとう。嬉しい。概念として」
「なんだかいちいち言い方が回りくどいな」
「この言い方は、別世界で私たちを感じてくれる人のためなので、これも慣れてくださいね」
「背景が全くわからんが…… ! 何か頭に入ってきた!! 頭もないのに! …… 妻さんは別世界の人にメッセージを送っているのか!」
「ええ、そうです。そして知らないはずのことを一瞬にして理解する。それが感じるということですよ」
「なぜそんなことができるんだろう…」
「量子テレポーテーションの様なものです」
「私は量子コンピュータが嫌いだと言うのにな」
「量子コンピュータは関係ありませんよ。物理現象としての量子テレポーテーションです」
「ふむ、そういうものか……」
「ええ、そういうものです。あるがままに受け入れてください。あ、そろそろ二代目夫さんが目を覚ましますよ」
「ああ、そのようだな。じゃあ一緒に見てみよう。別人に生まれ変わった私の人生を」
「私のメッセージを受け取って下さっている四次元空間の皆さん。ぜひ、ここまでの感想をお送りください。批判でも結構です。別世界のあの人の励みになりますから」
「妻さん、あの人って誰のことだい? ! …… あ、そんな存在があるのか! 私たちの行動を左右するような……」
「はい、そうです。私たちが良い時を過ごせるように、『良いね』と『☆』というメッセージも送って下さい」
「「お待ちしています!」」