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【完結】--新生--生まれ変わって山へ、宇宙へ  作者: 浅間 数馬
第一章 生まれ変わる
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7. そして生まれ変わる

ついに夫が生まれ変わります。

=====



朝だ。顔を洗い鏡で見る。すっかり老けたが、この顔も今日で見納めだ。そう思うと感慨深いものがある。ビュッフェスタイルの朝食を済ませて身支度をしたら荷物をまとめてチェックアウトだ。

家は売却した。妻の写真とかムービーなどの大事なデータはクラウドにバックアップしてある。手荷物は身のまわりのものを入れたバッグ一つだ。

フロントでチェックアウトする。なんだか人恋しいというか…… 無人受付機ではなく、人が居る窓口に行こう。


「おはようございます。留浦様、いよいよご出発ですね」

「ええ、一週間お世話になりました。ありがとうございます」

「とんでもございません。留浦様の新たな旅立ちのお手伝いができましたことは私たちの喜びです」

「ありがとう。ところでタクシーはいますか?」

「はい、今正面に付けます」


フロント係の青年が端末を操作してタクシーを出口前に回してくれる。PDAで宿泊費を精算したら別れを言って外に出ると、タクシーが扉を大きく開けて待っていた。

タクシーに乗り込んで行き先を告げる。


「夕日ヶ丘霊園」

「夕日ヶ丘霊園ですね。承知しました」


最近の人工音声は実に自然になった。まるで運転手がいるように思える。これもクラウド上の量子コンピュータのお陰なのか。私は基礎理論が専門だからな。こういった応用面の最新技術はあまり興味がないし、知らない。


1人で乗るには広々としたタクシーは静かに動き出した。多少の加速度は感じるが、揺れとは違う。

若い頃、地方の学会で人が運転するLPガスエンジンのタクシーに乗ったときは怖かったな。揺れるというか、振り回される感じだった。おまけに運転手が高齢者っていうのも恐怖に拍車をかけたな。


タクシーは丘を登って霊園入り口付近までやってきた。


「お客様、どちらの区画まで行かれますか?」

「管理棟で降ろしてください」

「管理棟前ですね。承知しました」


あまりにも自然に話しかけてくるので、つい丁寧語を使ってしまう。まあ、悪いことではないが。


「こちらでよろしいでしょうか。では、扉のリーダーにPDAをかざしてください。はい、ご乗車ありがとうございました。良い一日をお過ごしください」


最後の一言が芝居がかっているというか、人間同士ではあまり使わないな。まあ、そのうち改善されるだろう。


管理棟で線香と花を買う。妻の墓がある区画まで歩いて行き、水入れと柄杓を借りる。このスタイルはもう何百年も変わっていないのだろうな。そしてこれからも変わらないのかもしれない。

墓石の上のゴミや周囲の雑草を取って、持ってきたタオルで墓石を軽く拭く。水をかけて拭きとったら花を供える。線香を上げて手を合わせる。


「妻さん、長い間世話になったね。君には感謝しているよ。ありがとう」


しばし墓石を見つめる。


「それじゃあ、そろそろ行ってくるよ。生まれ変わっても墓参りには時々来るよ。でも、次の人生は他の女性と生きてみようかと思ってる。まだ相手は見つかっていないがね。悪く思わんでくれ。次は妻さんほどには入れ込まないように気をつけるよ」


そうだ。妻には入れ込みすぎた。死んでしまったというのに吹っ切ることができず、抜け殻のような半生を過ごしてしまった。これでは妻もあの世であきれていることだろう。せっかく生まれ変わるのだから、今度はちゃんと前向きに生きなければな。


PDAでタクシーを呼んだ。待つ間、周囲を眺めているとふと気になった。

生まれ変わる人が増えるということは死ぬ人が減るということだ。霊園や寺、葬儀屋の経営は難しくなるな。もし、この霊園が破綻したら妻の墓はどうなるんだ? うーん、考えておかなければならないな。


「お呼びいただきありがとうございます。ああ、先ほどより表情が明るくなりましたね。良いお墓参りだったようですね」


さっきのタクシーか。このAI、人の心に入ってくるなんて、ちょっとやり過ぎだろう。相手にしない方が良いな。


「新生センター」

「はい、県の新生センターですね。承知しました」


相手にしなかったことでタクシーAIは対応方針を変えたようだ。そっとしておいてくれる。

途中で少し腹が減った。でも、どうせこの体ともおさらばだ。最後の食事なんて必要ないだろう。このまま直行だ。




「留浦様ですね。ようこそお越しくださいました。留浦様は13時の回ですね。ちょうどお時間です。このまま手続きに入ってもよろしいでしょうか?」

「はい。お願いします」

「承知しました。では、こちらにどうぞ」


いつもの更衣室に案内された。


「こちらで処置着に着替えてください。本日はロッカーを使わず、お召し物はまとめてお持ちになってください。そちらのバッグに入りきりますでしょうか?」

「いや、ちょっと無理かな」

「ではこちらのトートバッグをお使いください。履き物はこちらのビニール袋に入れてからバッグに入れてください」

「ありがとう」

「お着替えが済みましたら、お荷物をすべて持ってロビーでお待ちください」


ロビーに戻ると荷物をすべて預かってくれた。手持ちはPDAと眼鏡だけだ。




スキャン室に入る。いつも通り個人確認を終えると技師さんが説明してくれる。


「これが最後のスキャンになります。今回も全身麻酔をかけます。目が覚めたら新しい体に変わっていますから、どうぞお楽しみに」


今日の技師さんはずいぶん性格が明るい人だな。満面の笑みで説明してくれる。こちらも顔が緩んでしまう。


「ただし、目が覚めるのは1ヶ月後です。コピーには時間がかかりますからね。そこだけ気をつけてください」

「ええ、承知しています」


そして、PDAと眼鏡を預け、いつも通り可動式ベッドに横になって目を閉じた。


「では、全身麻酔をかけていきます。いってらっしゃい!!」


いってらっしゃいって、君。テーマパークのアトラクションじゃないんだから……



=====

夫が新しい体に旅立っていきました。最後に私のお墓参りに来てくれました。とても良い夫でした。

これで夫の1回目の人生は終わりです。次は2回目の人生の始まりを見に行ってみましょう。

今回で第一章は終了です。

次回から第二章、新生後のお話になります。

今後もよろしくお願いします。

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