10. 土
自宅に戻って研究再開だ。
今までは閉塞空間の条件を自分で妄想して設定していたが、今回から閉塞空間林野研究設備に合わせる必要がある。そのためにプロジェクトの資料を読みまくった。
まず土だ。林としては狭いとは言え、あのスペースを埋める土をどこから持ってくるのか? 計画は人工土壌を採用していた。
確かに、スペースコロニーまで運搬するには軽量な方が良い。宇宙空間では重さを感じないが、宇宙エレベーターには運搬能力の限界がある。費用も時間も掛かるから、なるべく軽い方が良い。さらによく見ると、人工土壌はスペースコロニー内部で生産することになっている。完成した人工土壌には空気を含まれている。逆に言うと、材料だけ運べば空気の分だけ体積を減らせるからだ。
人工土壌は良いアイディアに思えるが、これは人間側の都合だな。植物は人工土壌を喜ぶかも知れないが、甘やかしすぎだ。温室で観賞用の植物を作る発想だ。人間にだって『温室育ち』って比喩があるじゃないか。それじゃダメなんだろ? もっとしっかりした強い樹木が必要なんだろ。
人間に必要な環境は健全な樹木で構成された人工林だ。木々を見たとき、触れたときのあの安心感。心が洗われるあの感じ。あれは長い時間風雨に耐えて叩き上げて作られたものだ。温室じゃあできない。
それに、人工土壌で10m。20mの高さに成長できるのか? あの施設ではある程度風雨を強めて樹木に試練を与えられるが、人工土壌じゃ大きな木の重量と風の力を支えられないだろ?
取りあえず、ダメ出しするために100%人工土壌でシミュレーションしよう。どこまで成長できるのかを。
さて、土壌のでき方を地球環境で考えてみよう。
草木のない場所と言えば砂漠だが、あれは終着点だ。あれをスタート地点にして緑を再生させようとすると大変すぎる。スタート地点は火山の噴火後にしよう。
溶岩で覆われた大地に鳥や昆虫、小動物、そして風によって草木の種や菌類の胞子が運ばれる。少しずつ苔や草木が増えていって溶岩を砕いたり、枯れ草が腐敗して腐葉土が混ざる。溶岩の粉砕には雨風も協力してくれるな。
で、土壌ができてくると大型の植物も生え始めて更に土壌が豊かになると。
まてよ、樹木が生える初期段階では大きな溶岩が樹木の重量を支えているな。となると、閉塞空間にも岩が必要か? 岩でなくても、木を支えられるものがあれば良いな。ああ、そうか。人工土壌でも岩の代わりになるものを適度に混ぜれば良いかも。もしくは堅さか。硬い大地に根を伸ばすことで大きく育つな。要検討、と。
岩はさておき、人工土壌を苔と草で粉砕させよう。腐葉土と混ぜよう。
まてよ、混ぜるって、地上では小動物とか、昆虫が土壌を混ぜてくれるんじゃないか? コロニーでどうする? 重機で混ぜるか? ロボットか? 昆虫と小動物、ああ、ミミズ、ミミズ、あれは絶対必要だ。こいつらを持っていきたいな。これも要検討、と。古里さんが怒りそうだな。面倒くさ。
よし、まず基礎データを取るためにプロジェクトチームに人工土壌で苔といくつかの草の栽培をさせて、人工土壌の変化の基礎データを取ってもらおう。それがなきゃシミュレーションできないからな。
平行して閉塞空間林野研究設備用の人工土壌を計画の半分ぐらい作ってもらおう。
企画書と計画書作らなきゃ。ああ、面倒だけど仕方がない。やりたいことだけやってりゃ良いっていうご身分じゃないからね。
人工土壌の製造が始まるというので、また施設に見学に行った。
製造の様子は壮観だった。搬入口の近くは原材料が置かれている。中程に製造装置があって、できた人工土壌がコンベアで施設の一番奥まで運ばれていく。運ばれた先では無人重機が周囲にまんべんなく蒔いている。
山によくある石灰や石の採掘場の映像を逆回ししているようだ。
とりあえず人工土壌を1,2mほど積んでもらって土台にしよう。その上をどうするかは、この後の重たい会議次第だ。
「腐葉土をコロニーに持ち込むだと! 確実に除菌できるんだろうな?」
古里さん、いきなり噛みついてきたよ。
「いえ。除菌はしません。ついでに腐葉土に含まれる小さな生き物もまとめて持ち込みます」
「何だと! コロニーが汚染されてしまうではないか!」
「それなんですけどね。なぜコロニーを無菌室のようにしなきゃならないんですか?」
「そ、それは病気の蔓延などを防ぐためだ。当たり前だろう」
「その方針は本当に正しいんですか?」
「いや、常識的に考えてだな……」
「それ、迷信じゃありませんか?」
「め、迷信!?」
「ええ。菌やウイルスを持ち込まなければ感染症にかからないかというと、そんなことはないでしょう。感染源は多くの場合人間ですよ。コロニー内外の人の出入りがある以上、感染症を完全に防ぐことはできませんよ。
それよりも、日常から多くの菌に接触している方が免疫力がアップしますよ。しばらくコロニーで暮らしていたら免疫力下がっちゃって、地球に戻った途端に病気になっちゃうんじゃ本末転倒じゃありませんか?」
「……」
「宇宙開発の初期にステーションを無菌にしていたのは、十分な医療を受けられないからですよね。既に4基もコロニーが稼働しているんですから、建設中に病気になってもお隣さんにお願いすれば医療サービスを受けられるんじゃありませんか?
法外な治療費取られるかも知れませんけど。
それを踏まえて、ウチでも医療サービスを早く立ち上げるようにすれば良いんじゃないですか?」
コロニーも地球と同じ環境にしたいんだよね。できる範囲で。
どうやら変な先入観で除菌を当たり前にやってたみたいだけど、コロニー内にも病院作るんだし、どうやったって数十年ごとに発生するパンデミックも想定しておいた方が良いよね。
「腐葉土の中には一般的な菌類をそのまま入れます。あと、ミミズとかオケラとかダンゴムシなんかも入れます。その上で、彼らが死なない程度に乾燥させて軽量化して、空気を抜いて圧縮して運びます。可能ならば冷凍して真空パックしても良いと思います。
具体的な方法はコロ開の方でご検討をお願いします」
「しかし、そのやり方ではここの閉塞空間の意味がないんじゃないか?」
「恣意的に入れるものに関しては気にせずにどんどん入れますけど、その後、我々の管理下にない侵入者や脱走者は困るので、搬入が終わったら閉塞します。実験要員の出入りも今のやり方を続けてください。
コロニーでも時々物資の入れ替えがありますから、それを模した次の入れ替えではまた気にせずに搬出入します。そういうやり方を地上で実現するならこの施設以外では無理です。十分意味ありますよ」
「昆虫が電線を食いちぎるリスクはないのか? 空気や水のフィルターに詰まることはあるだろう?」
別の人が質問してきた。誰だったかな? 設備関係の人だったような。
「その辺は地上と同じように保守してください。都会だって虫の害はあるでしょ? ましてやここの実験設備は田舎だから外部とか、こっちの棟は虫の害が結構あるでしょ。
地上で当たり前のことをコロニーでもやっていただく。それだけのことですよ。
ああ、でも、殺虫剤は使わないでくださいね。閉塞空間では薄まらずに残っちゃうんで」
どうやら反論は出尽くしたようだ。決まったな。
「まったく君ときたら…」
「ご理解いただけて良かったです」
「上を説得しなきゃならん。正式な決定はまだ先だぞ」
「はい。健闘を祈ります」
なんとか古里さん達の既成概念をぶっ壊すことに成功したようだ。これからはもっと建設的に議論できそうだな。
「ところで、留浦さんは資源小惑星プロジェクトはご存じですか?」
会議終了後に以前施設を案内してくれた人が話しかけてきた。
「報道でちょっと目にしたことはありますが、詳しくは知りません。それが何か?」
「L1の各コロニーは地球から建設資材を運んでいるんですけど、このまま行くと地球の質量が減ってしまって大問題になるので、将来の開発は余所から資源を持ってこようって言う話です」
「へー、そうなんですね」
「ええ。国際プロジェクトで、日本ではJAXAが参加してます。それで、既に12年前に小惑星を捕獲しています。鉄、アルミ、ニッケルなんかが大量に含まれていますね。イオンエンジンを大量に付けて少しずつこっちに運んでるんですよ。それと、適当な氷も見つけたんで、近々補足する計画です」
「へー、いつ到着するんですか?」
「金属資源の方は、20年後にL2到着の予定です」
「はー、やっぱり時間掛かりますね」
「そうですね。昔なら次世代に託すプロジェクトですけど、今は新生できますからね。数百年掛かるプロジェクトも最初から最後まで参画することができます。新生制度のお陰で宇宙開発が活性化した感じですね」
「へー、そういう側面もあるんですね」
そう言えば弓師も後継者問題がなくなったって聞いたっけ。普通の新生はしっかり社会に浸透した感じだな。
問題は労災だよ。死んでから8年経って新生って、不自然すぎるよな。8年も社会から切り離されると戻れないよ。
「そう言えば、宇宙で活動している人は労災のスキャンしてるんですか?」
「ええ、今のところ、宇宙での活動は長くても1回1年程度です。地球にいる間にスキャンしてますよ。宇宙開発要員は育成に費用と時間が掛かってますからね。簡単に死なれちゃ困りますよ」
命を大切にしているのか軽視しているのか解らない発言だが、新生が広まって考え方も変わったんだな。新生経験者ならなおさらだ。しかし、戻る場所があるなら労災新生もありかも知れんが、全員強制って言うのはどうかな。この辺は河内と堺大臣になんとかしてもらった方が良いよな。
「それよりも、話を戻して資源小惑星ですけど、土壌も資源惑星から調達できませんかね? 必要な資源を採取した残りかすを使えないかなって、考えてます」
「え! 小惑星から!?…… そうですね。人工土壌の代わりにできるかもしれませんね」
「でしょ。で、私、それを研究したいんですけど……」
と言うわけで、小惑星の岩石を人工林の土壌にする研究にもアドバイザーとして参画することになった。ますます忙しくなるな。
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留浦2「どうやら俺の知識と経験が生かされているようだ。頑張った甲斐があるな」
留浦1「シミュレーション技術は私の知見がベースにある。お前の成果だけではない」
紗綾香「あなたたちはいつまで……」
光2「どうやら5次元空間に来ても変わらない人達もいるみたいですね。良いじゃないですか。楽しくて」
紗綾香「実を言うと私も楽しんでますけどね」




