8. 研究
2023/10/8 樹の行程を修正
長野に帰った俺は閉塞空間での環境に興味が沸いてきた。なんだか天邪鬼だな、と自分でも思うのだが仕方がない。居ても経っても居られず、母校の図書館に行ってみた。
かつては林業という産業を中心に学び、考えていた。だが、視点を環境に置き換えると知らないことがたくさんあることに気がついた。それからはもう夢中になって毎日大学の図書館に通い続けた。デジタルで検索するよりも、何十年も前に発行された紙書籍を読んだ方が参考になる気がしたからだ。そういった古い本も電子化されているのだが、紙のまま見た方が図や写真は印象深いんだ。何か閃きそうな気がするんだよな。
そんなある日、一人の教員と出会った。俺の2年後輩の白丸君だ。学生時代はそれほど親しくしてはいなかったが、学科の交流会で話をしたことはあった。そういえば、プログラミングを教えてあげたこともあったかな。今は立派な教授になっていた。
「ビックリしましたよ。事故で亡くなったって聞いてましたから」
「ああ、いろいろあってね」
それから身の上話だ。こいつもそろそろ新生の歳か。興味津々って感じで根掘り葉掘り聞いてくる。若干鬱陶しいとは思うものの、話を聞いてくれる人が居るというのは嬉しいものだ。ついついおしゃべりになってしまった。
「それで毎日勉強しに来てるんですか?」
「うん、もう時すでに遅し、なんだけど、気になるというか、面白くなっちゃってね」
「じゃあ、私と一緒に論文書きませんか?」
「え? 論文? 白丸君と連名で?」
「ええ。ただ勉強しているだけだと方向性が定まらないじゃありませんか。先輩が考える理想環境のモデル作って実験してみましょうよ」
「実験って言ったって、広大な土地がないし、木が生長するまで待てないぞ」
「もちろんそこはシミュレーションですよ。先輩、得意だったんじゃありませんか?」
「いや、ちょっとジャンルが違うが…… まあ、それほど遠くもないか」
「じゃ、決まりですね。学会はまだ入ってますか?」
「いや、死んだときに自然退会してると思う」
「じゃ、学会だけ入り直してください。図書館は市民に開放されているし、私の研究室は共同研究者ということで私が利用許可します。量子スーパーコンピュータは私の予算内で使ってください」
そんなわけでそのまま白丸研究室に行き、量子スパコンのアカウント申請と、自宅からのアクセス用暗号鍵の作成など、ささっと準備ができてしまった。
過去の研究事例は、日光とか気温とか降水量、土の中の栄養素、樹木の種類や密度などの条件を変えて生育状況をシミュレートしたものばかりだ。おそらく、今のコロニーはこういった研究に基づいて森を作っている。視点がミクロなんだよな。
白丸先生と、そう。君付けではなく先生と呼ぶことにした。白丸先生と方針を話し合い、従来の研究よりももっと大きな視点で、そう、林を構成するものすべてを含んだシミュレーションをすることにした。
量子コンピュータは食わず嫌いだったが、やってみれば便利なものだ。巨大なモデルのシミュレーションがわずかの時間で実行できる。実行時間よりもモデル作りや結果の評価の方がよっぽど時間がかかる。
冬の間、朝から晩まで取り憑かれたように研究に没頭した。そんな俺を光は何も言わずに身の回りの世話をしてくれる。ありがたいことだ。
5ヶ月が経過した。まもなく年度末だ。量子スパコンの利用料金が白丸先生の予算一杯になったので、シミュレーションは一旦終了してここまでの成果を論文にまとめることにした。
モデルはメジャーアップだけで20世代になった。大木はもちろん、下草、苔、鳥、小動物、昆虫、菌類までバラエティに富んだメンバが揃った。みんな相互に関連している。過去にない複雑なモデルだ。それぞれの要素の動きはAIに作らせたのでかなり巨大なモデルにできた。
白丸先生も分担して論文を書いてくれるのかと思ったら、添削だけだ。共同研究と言っても、ちょっとアドバイスをくれるだけだ。まあ、そんなもんか。
論文を提出したら、白丸先生の新年度予算が使えるようになるまでちょっと暇だ。これまでほったらかしにしていた光にと一緒に京都旅行に行くことにした。ちょっとしたお礼のつもりだ。それと娘の未来に会うことも目的の一つだ。あいつは相変わらず京都で工業デザインの仕事をしている。
そうそう、昨年末に樹がL1-1に向けて出発した。クリスマスは宇宙エレベーターのコロニー連絡ポートで、新年はL1-1で迎えたそうだ。頻繁に動画メッセージが来るんで光は楽しそうだった。
到着してすぐに社宅に入ったそうだ。L1-1と地球の間では、電波は片道5秒以上かかる。往復だと10秒以上のタイムラグだ。これは昼間の話。L1-1は太陽側にあるので昼間はちょっと近い。夜になると衛星で地球半周分中継が必要だからもっと時間がかかるんだ。
そんなわけで一度、昼間にリアルタイム通信に挑戦してみた。L1-1はGMTが採用されているから日本より9時間遅れている。L1-1と日本が最も近くなるこちらの昼12時は向こうの朝3時だ。さすがに厳しいので朝6時に起きてもらったんだ。こっちは15時だ。
予想はしていたが、こちらからの呼びかけに応答が帰ってくるまで間が持たない。向こうが話し始めたと思ったら言葉が途切れる。少し前にこちらから送った言葉が到着して被ってしまったのだ。なんともやりにくい。
そんなわけで、樹とのリアルタイム通信は1回限りで諦めて、動画メッセージをやりとりすることになった。
そういえば家族を頼む、って言われてた。研究が暇なうちに孫を遊園地やら動物園に連れて行かなきゃ。もう少し大きくなったら山にキャンプに連れて行きたいな。
5月。連休明け。本格的に研究を再開することになった。
既に準備はできている。早速、量子スパコンでシミュレーションを開始した。その1回目の結果を解析しているときだった。白丸先生から相談を受けた。
「先輩の論文を見て、共同研究の申し入れが来たんですけど、どうします?」
白丸先生は今でも、学生の前でも公然と俺を先輩と呼ぶ。まあ、周囲の人は事情を知っているから何も疑問に思わないようだが、50代半ばの教授が見た目19歳、1年生と変わらない俺を先輩と呼ぶのは滑稽だな。
「どこの大学ですか?」
俺は白丸先生に敬意を払って敬語を使う。余計に滑稽かな。
「それが、大学じゃなくてコロニー開発機構なんですよ」
「コロ開?」
地球周辺と太陽系観測、航空技術などの開発を行う国立研究開発法人として宇宙開発研究機構JAXAがあるが、スペースコロニーの開発はあまりにも仕事量が多いので、別に国立研究開発法人がある。それが宇宙国土開発研究機構、俗に言うコロ開だ。BJスペース建設の大口スポンサーであり、指導、監督もしている。
コロ開もコロニーの環境問題を研究しているのは知っている。俺もコロ開の論文は一通り読んだ。だが、欧米的なやり方を踏襲している感があった。あれではうまくいかんだろう。去年VR映像で見たL1-1の森の二の舞になるだろうな。
その問題点に気づいていたのが当のコロ開だってわけか。
「条件はどんな感じですか?」
「あちらが持っている超大型量子スパコンを只で使わせてくれるそうです。助手も数人付けてくれるみたいですよ。それと、地上に閉塞環境の実験設備を建設中で、その中に林を作るから参加して欲しいそうです」
「どんな施設だろう?」
「送ってきた資料がこれです」
白丸先生がタブレットを見せてくれた。ざっと資料をながめると、サッカー場を長辺方向へ3個並べたような細長いドームを作るようだ。幅100m、長さ500m、高さ60m。結構でかいな。外部とは完全に遮断されていて、空気と水は内部で循環させるようだ。
閉塞空間林野研究設備。まもなく完成か。
場所は、70年ほど前の富士山噴火のときに溶岩で埋め立てられた旧本栖湖か。地盤は大丈夫なのか? そんなところに建設できるほど技術が進歩したってことかな?
長野からだと距離は意外と近いが、山を迂回するから道のりは結構遠い。微妙な場所だな。
「やってみたいですけど、俺の身分はどうなるんですかね?」
「招聘職員として有期で雇用してくれるそうです」
「それって、引き抜きじゃないのなか?」
「私は別に構わないですよ。先輩は内の学生でも職員でもないですし。今まで通り連名で論文出せれば私の実績が増えますから」
白丸先生もちゃっかりしている。俺はこういう所が欠けているから、前々世では准教授止まりだったのかもな。
組織だからな、研究の主導権は握れないだろうが、わざわざ呼ぶんだから無碍にはされないだろう。やりたい研究は空き時間に勝手にやらせてもらえば良いか。
よし、光に相談してみよう。
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留浦1「ようやく三代目のエンジンがかかったな」
留浦2「エンジンって、20世紀ですか!?」
紗綾香「あなたたちはすぐに漫才を始めてしまいますね。息が合いすぎているのも考え物ですね」
光2「私は楽しいから良いですよ。二代目孝は生きていたときよりも楽しそう。私も楽しくなります」




