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【完結】--新生--生まれ変わって山へ、宇宙へ  作者: 浅間 数馬
第二章 山へ

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13. 改革

2年生になっても俺は通学中心だ。朝、洗濯機を回してから簡単に部屋の掃除をして、その後、朝食を作って食べる。光の分を冷蔵庫に入れて、洗濯物を干したら8時前にゴミ出しをして大学に行く。

光はフレックスタイム制で、10時から19時が基本の就労時間だそうだ。だから、9時過ぎまでしっかり寝ているらしい。けっこうズボラだ。光の下着まで俺が洗ってやっている。結婚したわけじゃないし、居候しなければならないほど金に困っているわけじゃない。やっぱり失敗した気がする。


授業は専門科目が増えた。だがまだ余裕があるので図書館で古い文献を読んだり、ネットを検索して自習している。

そうした勉強で感じることがある。大学の授業で教えていることは必ずしも日本の環境や林業のためになっていないのではないか、という疑問だ。


俺は前世では純粋情報工学、またはコンピュータサイエンスという分野を専門にしていた。コンピュータの使い方ではなく、コンピュータそのものを扱う学問だ。あの世界は真か偽か、True か False か、はたまた0か1という二択の世界だった。もっと言うとそのべき乗だが。

まあ、それはおいといて。善いとか悪いとかじゃない。純粋情報工学は数学の一分野と言っても良いかもしれない。それはこの世の真理だ。まだ完璧じゃないから間違いもあるが、その誤りを正す、未知の部分を明らかにする、そうやって発展している学問だ。

ところが、数学以外の分野は判断基準が複数ある。俺に近い応用情報処理の分野だってそうだ。AIなんかは正しいか誤っているかではなく、使って良いのか悪いのかなんて基準もある。ある意味、俺はそういう面倒なことから逃げていた。


どうも林業という業界全体も逃げていたようだ。なんとなく以前からのやり方を続けていた。そんな産業のようだ。

ビジネスとして、国土の環境保全として、考えなければならないことが山積みなのに、なんとなく逃げて、問題を先送りしているようだ。

それは大学も同じかもしれない。大学での指導自体がマクロな視点を欠いていて、机上の学問になっている節がある。そう指摘している本があったのだ。

その本と大学の授業のどちらが正しいのか、今の俺には判断できないが、そういった視点で授業を、先生を検証していこうと思う。

そうそう。これは社長夫妻にも報告しなければな。


授業をリアルに受けている理由は、大学に行くことで安くて栄養バランスの取れた学食が利用できることと部活だ。リモート弓道などあり得ない。道場に行かねばならないが、リモート授業が終わってから部活のためだけに大学に行くのも面倒だ。だから朝から登校している。

今年は二段の昇段審査を受ける。大学の対抗戦とかもあるが、あまり興味がない。むしろ去年出場した神社の奉納試合の方が興味深かった。

特に、オープニングでの県連会長の射礼。鏑矢かぶらやという飛びながら音を出す矢を射たのだが、実に興味深かった。細かい部分は変化しているが、大枠は千年以上変わっていないという。深い伝統を感じるな。あれは今年も出よう。

うん、やっぱり心の底はじじいなのかもしれないな。


部活が終わって帰ると夜8時ぐらいだ。腹ぺこだ。

ちょうど時間が良いのか、たいてい光が夕食を作って待っていてくれる。風呂の支度もできている。こういうときは家に人が居ることも良いものだと思う。現金だな。

しかし、光の仕事が忙しいとデリバリーとかインスタント食品とか外食になるし、風呂掃除も俺になる。たまにだから良いが……




こうして2年生の1学期が過ぎていった。夏休みだ。


無事に弓道二段の昇段審査に合格した。ま、ここまでは真面目にやっていれば大概の人は到達できるそうだ。問題はこの上のステップだな。体幹はできてきたが、どうもメンタルが弱い。

昔の武士ならひたすら弓を引いて鍛錬で心も鍛えたのだろうが、俺は学生だ。学問が優先だから別の方法でメンタルを強化しなければならない。

そのヒントが山にある。そう思っている。根拠はないが。


さて、恒例のサカイ林業でのバイトだ。光には『また行くのか!?』と呆れられたが。

今回は光も夏休みをとって、お盆の1週間を山で一緒に過ごす予定なので否定はされなかった。

ただ、移動前日にたっぷりサービスさせられただけだ。




「以上が俺の改革案です」


サカイ林業全社員の前で発表を終えた。大学入学以来1年と4ヶ月ほどで授業で習った内容と自習で得た情報を元に、サカイ林業の業務改革を検討した。


サカイ林業の従業員は2人増えている。1人は地元高校を卒業したばかりの活発な自然人女性、丹波さん。翔先輩はこの娘ばかり見ている。逆効果だ。嫌われるぞ。

もう1人は6月に中途入社したという40歳ぐらいの脱サラおじさん。柳沢さんだ。柳沢さんは期待と不安が入り交じった表情をしている。気持ちはわからないでもない。俺も都会…… と言っても茨城だが、社会に疲れて山に来た口だからな。


いきなり大改革をしようなんて提案はしない。ただ、山の状態があまり良くないことに気がついた。

今までは、先輩達と山に入ると薄暗いほど生い茂った森を好ましいと思っていた。だが、文献によるとそんな森は不健康なのだという。健康な森は明るく、下草が生い茂るものだそうだ。込み入った森は木が日光と栄養を取り合って、上へ上へと伸びていき、すべての木が痩せ細ってしまう。太くて強い木にはならない。


「今まで通り、普通に間伐しただけじゃダメなのかい?」


倉沢さんの質問はもっともだ。


「いきなり全部変えようとは言いません。今まで通りの間伐もやっていきましょう。ただ、その中で新しい『巻き枯らし間伐』という方法を試してみてはどうか、と言うことです」

「そのメリットをもう一度説明してくれ」

「はい、社長。巻き枯らしは、不健康な木の幹の周囲に切り込みを入れたり、樹皮を剥いで木を枯らせます。切り出しはしません」

「切り出さないと腐って倒れて危ないだろう」


翔先輩。良いね! 上手く意見して格好いいところ見せてやれ。


「いえ、10年以上倒れないようです。例えば、ダム湖とか公園の池で半分ぐらい水没して枯れた木を見かけることがありますけど、あれ、何年経ってもなかなか倒れないですよね。木は枯れると水分が抜けて硬くなるんです。天然の柱の様なものです」

「枯れただけじゃ意味がないんじゃないのか?」


翔先輩、まだ食いついてくる。良いよ良いよ。


「いえ、まず葉が落ちます。これで周囲が明るくなって下草が生えやすくなります。枝も徐々に萎縮していきますから、周りの木が枝を張りやすくなります。その分、周りの木は太く成長できます」

「普通に間伐したって同じじゃないか」


今度は倉沢さんだ。


「いえ、普通の間伐の場合、そこにぽっかり空間ができてしまいます。すると、強風や雪がそこに集中して周囲の木に被害が出やすくなります。枯れていても立っていれば、風や雪から周囲の木をある程度ガードしてくれます。枯れた木が朽ちる頃には周囲の木は大きく育ってガードが必要なくなるんです」

「そんなに上手くいくのか?」

「いくつかの山で取り組まれていて、一定の効果は出ているようです。ただ、林業は長い時間をかけて観察しなければならないので結論を得てはいません。逆に言うと、結論が出るまで待っていて良いのか? ってことですよ。暗い森はどんどん弱っているんです。俺たちに助けを求めているんですよ。放っておいて良いんですか?」

「そうだね。あれこれ言ってないで試すことが大事だね。まずは何カ所か選んで小規模に試そう。それで台風と雪の影響を観察するよ。試す価値ありって判断したら範囲を広げる。それで良いね?」

「「「「はい」」」」


ここで奥さんが締めてくれた。


「で、どこで試すんだい?」

「間伐材を搬送しにくいところ、風が強いところ、雪が多いところなんかですね」

「よし、倉沢、翔、候補地を選定しておくれ」

「「はい」」

「しかし、間伐材が減ると売り上げが減ってしまうぞ」


今まで黙っていた日原さんだ。あれから大分経営の勉強をしているらしい。売り上げは気になるよな。


「そうですね。間伐材をそのまま売っていると儲からないので付加価値を付けましょう」

「具体的には?」

「うちで集成材に加工して販売できませんか? 集成材は規格に合わない多くの間伐材を利用できますし、耐火性や断熱性に優れていますから需要も増えています」

「集成材ならそれなりの価格で安定的に売れるだろうな。だが、生産設備を導入する金はないぞ」

「そうだね。いきなり自力で作るのは難しい。製材業者と協業を考えよう。あと、組合と役所から支援が得られないか考えてみるよ」


助け船を出してくれたのはやっぱり奥さんだ。


こうしてサカイ林業の改革が始まった。



=====

「二代目の奴、大分勉強したな」

「そうですね。林業改革は大変な事業ですし、結果が出るまで時間がかかりますからね。行動を起こす前に十分調べることは良いことですね」

「あの策で上手くいくかね?」

「あれだけでは不十分です。でも、第一歩としては十分評価に値しますよ」

本作はフィクションです。林業に対して批判や提言をするものではありません。


参考文献

「日本のリアル 農業、漁業、林業そして食卓を語り合う」PHP新書、2012年、養老孟司著。第四章『「林学がない国」の森林を救う』対談相手 鋸屋茂おがやしげる

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