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【完結】--新生--生まれ変わって山へ、宇宙へ  作者: 浅間 数馬
第二章 山へ
19/43

11. 転

冬が来た。長野に来て2度目の冬だ。地元の人の話によると、年々雪が増えているという。地球温暖化の影響で日本海の水温が上がり、水蒸気が増えていることが原因ではないか、という。

上空はある程度寒いから、水蒸気は雪になって降ってくる。地上が多少暖かくても積もり始めると固まって熱容量が大きくなる。なかなか溶けない。困ったものだ。

降雪量が増えている真相はまだわからない。林業もそうだが、地球環境なんてものは長いスパンをかけてゆっくり変化していく。その全貌を把握するにはどうしても時間がかかる。観測データが集まらなければ、いくら量子コンピュータで複雑なシミュレーションができても評価できない。『計算しました』『合ってるの?』『観測データが出てこないことにはどうにも……』で終わってしまう。


大学の授業で何やら気になることを聞いた。『日本の林業は根本的に間違っている』と。

サカイ林業の仕事を否定されたように感じて不快だったが、話をよく聞くと、国の政策とか産業構造とか、結構スケールが大きい話だった。日本の環境を守るためには一つ一つの山を守るだけでは不十分で、国家として真摯に国土と向き合う必要があるという。一事業者の話ではない。

先生曰く、『官僚に成れ。政治家に成れ。国全体で林業を変えていかなければ国土が荒れて災害が増加する。野生動植物にも影響が広がって農業や漁業にまで悪影響が出る』だそうだ。

そりゃ大変な話だが、俺は役人や政治家に成るつもりは全く無いぞ。それに、官僚になるなら東大にでも行かないと力を奮えるほど出世できないだろう。うちの大学から政治家になった人なんて居たっけ?

ま、この先生も実際に自分の言葉で効果が出るとは思っていないだろうが。




2学期末の試験も終わり、どうやら無事に2年生に進級できそうだ。単位が足りているから3学期の授業はとらない。同じような学生が多いから、部活も自主練のみだ。

多くの同級生は先輩から紹介されたスキー場やその近くの旅館や土産物店で住み込みバイトだそうだ。先輩から『一夜限りの恋』なんて話も聞いて盛り上がってる奴もいる。せいぜい病気や訴訟に気をつけてくれたまえ。

俺はさすがにそこまで気持ちが若返っていない。節操はある。いつも通り年末から3月末までサカイ林業でじっくり山と向き合うぞ。




朝。目覚めると知らない部屋にいた。ひどい頭痛だ。二日酔いか。

周囲を見回すと隣に女性らしき髪の長い人が寝ていた。俺、服着てない。自分の下半身をまさぐってみるとあの感じだ。やっちまったのかぁ……

なぜこうなった? 昨日のことを思い返す。


『クリスマスイブ、予定ないんでしょ? うちにおいで。おいしいもの食べさせてあげる』


そうだった。原先生に半ば強引に部屋に連れ込まれたんだった。で、乾杯したんだっけ。

成人とはいえ、まだ19歳だ。新生してから飲んでなかったからな。久しぶりというか、この体には初めての刺激で酔ってしまったようだ。その後…… 記憶がない。


そーっとベッドから抜け出してパンツを探していると、背後から爽やかな声が。


「おはよう」


ゆっくり振り返ると…… なんだ、その笑顔は! それと、ちょっとぐらい隠せ。


「なんて顔してるの! 失礼でしょ!」

「これって、倫理規定違反じゃないんですか?」

「大学によってはそうかもね。でも、うちの大学は学部が違えば恋愛OKよ♡」

「え! 恋愛なんですか!?」

「ひどいなぁ。覚えてないの? 夕べちゃんとあたしから気持ちを伝えたじゃない。それで孝が受け入れてくれたんでしょ!」

「……」


そう言われれば、そんなこともあったような気がするが、ほとんど覚えていない。本当に酒だけか? 一服盛られたんじゃないだろうか?

そうだ。女性から誘われていい気になっていた気がする。ガキのように。

しかし、いつの間にかファーストネームで呼び捨てか…


「今日はどうする?」

「え? あ、山に行きます。春まで住み込みでバイトです」

「えー! せっかく年末年始を一緒に楽しく過ごそうと思ってたのに! なんで孝はいつも山に行くのよ!」

「だって森林科学科ですから」

「悔しい~! もう1回!」


頭痛いんですけど…




昼過ぎにようやく解放された。下半身は全然元気だ。若いって凄いな。二日酔いはまだ残ってるけど、頭痛が軽くなった。取りあえず動ける。

小雪が舞う中、一旦アパートに荷物を取りに行ってからオンデマンドバスに乗ってサカイ林業に向かった。この先どうなるんだろう。学生の間、ずっとあの人に振り回されるんだろうか。


もう本格的な冬だ。サカイ林業に着いたときにはすっかり暗くなっていた。


「孝君! 遅かったじゃない。待ちきれなくてみんなパーティー始めちゃってるよ」


奥さんが迎えてくれた。事務所からは大きな笑い声が聞こえる。そうだった。サカイ林業のクリスマスパーティーだった。


「済みません。遅くなりました」

「遅ぇよ! 取りあえず乾杯だ」


翔先輩が右手にワインボトルを持って左手でグラスを差し出す。


「いえ、俺まだ19だから」

「何言ってんだよ。どうせ夕べも飲んだんだろ? 顔に書いてあるぞ! 二日酔いで遅くなったんじゃねぇの?」

「「「ああ、そんな顔色だな」」」


みんなに笑われた。仕方がないので取りあえず乾杯だけ。

迎え酒って何年ぶりだ? 前世だって若いときだけだよな。


デリバリーもあるそうだが、奥さんの手作りが中心の豪勢な料理を頂いた。二日酔いでなければもっと食べられたのに、申し訳ない。


「で、留浦君。大学の方はどうだい?」


社長に聞かれた。


「はい、少し専門科目が始まりまして、林業とかの概論はやりました」

「ふーん、大学じゃぁ林業のことをどう言ってんだい?」


と翔先輩。


「いろいろ課題や問題があるとは言ってました」

「具体的には?」


日原さんが突っ込んでくる。明治以降の林業のやり方とか、戦後の政策とか、20世紀末からの輸入材の話、欧米とのやり方の違いなんかを紹介して、そこから現在の問題点をざっくり説明したつもりだったが、話が長くなっちゃったな。

みんな黙っちゃったよ。やっぱり不愉快な内容だよな。間が怖い。


「それじゃ何かい? あたし達のやり方が悪いって言うのかい?」


奥さんの声が低い。男性陣の顔色が変わった。え!? 何? この雰囲気。不愉快を通り越して怒らせちゃった?


「いえ、そういう訳じゃなくて…… えーっと、そう! 政治が悪いってことですよ」

「政治のせいであたし達が無駄なことをしているって言うのかい?」

「いや、無駄って言うわけじゃ……」

「で、先生はどうしろって言ってんの? どうしたら林業が良くなるの?」

「えーっと、その先生は官僚か政治家になれって言ってました」


沈黙が続く。横目で周りを見るとみんなおとなしく奥さんの反応を待っている。ここって誰も奥さんに逆らえないのか?


「よし、決めた!」


長い沈黙の後、奥さんが決断した。何を?


「あたしゃ新生して農林省の官僚になるよ。その後政治家に転身する」

「「「「えーーー!!!」」」」

「政治やって山を守る! 日本の環境を守る! あんた! あんたも新生してあたしの秘書やりな」

「え? か、会社はどうすんだ?」

「日原!」

「はい!」

「あんたが次期社長だ。数年で譲るからしっかりやりな…… 返事は!?」

「は、はい!」

「倉沢、あんたは次期専務だ。しっかり日原を支えるんだよ」

「はい。頑張ります」

「奥さん、俺は?」

「事業規模も拡大する。飛び地になってる山と山の間の使用権とって広域で事業するよ。まず人を増やすよ。5年で最低7人。あたし達が抜けた後、10人でやっていくんだよ。翔! あんたが新人の指導するんだからね。もたもたしてないでさっさと一人前になりな」

「は、はい!」

「金はどうするんだ?」

「あたしが役所を回って助成金を取ってくる。政治の練習だね。それと、木材の新しい販路開拓と付加価値の高め方を研究する。孝! 手伝いな」

「は、はい!」


呼び捨てにされた。ま、それは良いか。

なんか凄い展開になった。てっきり、奥さんは事務とか納品先との調整とかを手伝ってるだけだと思っていたが、まさかこんなに決断力と行動力があったとは。実はサカイ林業のブレーンだったのか!? 結構政治家に向いてるかも。


「それと、孝」

「はい」

「あんたはこれからも大学で習ったことをあたしに教えておくれ」

「はい、わかりました」

「それから、新生したら大学に行くから、今からあたしとこの人に勉強を教えておくれ。家庭教師だ」

「え! 俺もか?」

「学歴のない秘書なんて使い物にならないだろ。孝、頼んだよ」

「はい、頑張ります」

「権力が必要だから、農林省で出世するために東大に行くからね。しっかり仕込んでおくれ」

「え! あ、はい! って、と、東大ですか!?」

「受験までまだ15年ぐらいあるからね。余裕だよ。あ、は、は、は、は!

よし、そうと決まったら乾杯するよ。みんなグラス持ちな」


奥さんが立ち上がる。皆も立ち上がった。


「サカイ林業と日本の林業の未来に、乾杯!!」


こうしてサカイ林業の長期経営計画が決まった。


なんて一日だ……



=====

「あの奥さん凄い人だな。ちゃんと政治家になるのか?」

「ええ、大物になりますよ。後でゆっくり見てください」

「そいつは楽しみだな。それにしても二代目の奴、恋人はもっとよく考えて選ばなきゃ如何だろう」

「初代夫さんはいつも考えて行動する人ですからね。でも、二代目夫さんは結構流されてしまうようですよ」

「いかんなぁ… 叱責してやりたいが何か方法はないのかい?」

「それは無理ですね。5次元空間と4次元空間は互いに干渉していないので、こちらからは何もできません。ただ、4次元空間にはなぜか私たちの声が聞こえる人が居るようですけど…… 二代目夫さんはそういう人ではないですね」

「見ているしかないのか」

「心配要りませんよ。原さんは悪い人ではありません。二代目夫さんは幸せになりますよ」

「そうか。ならば良いか」

「それに、私とは別の女性と幸せになることが初代夫さんの望みでしたよね?」

「な、なぜそれを?」

「私のお墓の前で、私に向かって宣言したじゃありませんか。しっかり聞きましたよ」

「……」

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