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【完結】--新生--生まれ変わって山へ、宇宙へ  作者: 浅間 数馬
第二章 山へ
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10. 相談

2学期が始まった。二期制の大学に長く居たからな、三期制はまだ慣れない。一つの学期が短いから一気にトップギアに入れて授業が進んでいく。

いけね。この表現は死語だな。今時ギアなんて付いてるのはスポーティな自転車ぐらいだ。気をつけないと。


2学期になると専門教育がそろそろ始まる。まだ基礎だけだが、測量、生態系、土質、水理などを学ぶんだ。ある程度予習しているけど、前世では全く手を付けていなかった分野なので新鮮なんだ。

そして演習が始まる。最初の内は大学と県の実験林とか農場の見学とかだけみたいだけど、サカイ林業とは異なる体験ができるんじゃないかと期待してる。


部活では9月下旬の日曜日に試合に出ることになった。学生の大会ではなく、少し離れたところにある由緒正しい神社のお祭りで行われる奉納試合だ。一般の部として数十年のキャリアを持った人達とハンデなしで競うんだそうだ。部員全員が参加する。初段や二段の部員は勝てるわけないから参加することに意義がある。3段以上になると順位を気にするようだ。

そして、弓と矢を買った。もちろん既製品の初心者向けカーボン弓とジュラルミン矢だ。道具が変わると感覚が全然違う。たくさん練習して早く慣れたい。

そんなわけで、新しい道具での試合まであと3週間しかないから毎日特訓だ。大勢の一般客がいるから、先輩からは大学の名を汚さないように言われている。要するに、的に当たらなくてもいいから作法と射法だけは恥ずかしくないようにちゃんとやれってことだ。当たらなくても良いとはいえ、隣の的に当たるような大はずれもだめだ。射法がある程度できていればそんなに大はずれはしないはずだが、道具が変わったのでちょっと不安だ。


そんな忙しい毎日を過ごしていると、忘れていたあの人に呼び止められた。原先生だ。


「そんな嫌そうな顔しないでよ」


前世では無表情で『感情がない』とか言われたけどな。新生したら感情が顔に出るようになってたか。ちょっとした発見だ。


「何かご用ですか?」

「用がなくちゃいけない?」

「いや、先生。俺もそんなに暇じゃないんですけど」

「お昼食べた? まだでしょ。一緒に食べようよ。忙しくたって食事ぐらいするでしょ」

「まあ、そうですけど……」


結局、学食で一緒にランチすることになった。大食堂じゃなくて、喫茶コーナーの方だ。と言っても学食だからな、そんなにオシャレな料理じゃない。考えるのが面倒なのでコーヒー付き日替わりランチだ。原先生も同じものを注文した。

お、イカリングか。美味そうだな。一口食べて驚いた! オニオンリングだった。どうでも良いけど。


「夏休み、全然話できなかったね」

「はあ、山に入ってましたから」


この先生、前は俺のことを先生とか呼んで敬語使ってたよな。いつの間に立場が逆転した? まあ、今世ではこの人が先生で俺が学生ではあるが。


「大学って厳しい世界だよね。好きなこと研究できて良いかと思ってたけど……」


ああ、その手の悩みか。俺も経験がある。

この人、今、講師だったな。講師って、会社で言ったら契約社員だ。いつ契約終わるか不安だよな。USだと予算が切れると成果や契約期間に関係なく簡単にクビになる。日本では契約期間はちゃんと守られるが、その先は解らん。講師を続けたければ研究で成果を出して周囲に認めさせなければならない。

准教授になれば正社員と同じだから簡単にはクビにならない。だが、准教授になるためにも研究成果が必要だ。そのプレッシャーは苦しいだろうな。

俺は前世では准教授までは順調に昇格できた。妻を失った後ボロボロになったが、正社員に相当する准教授だったし、周囲が同情してくれたから最低限の成果で最後まで勤め続けさせてもらえた。辞めさせろって声もあったがな。

解る。その苦しみは解るぞ。だがな、自分で選んだ道だ。多少弱音を吐いてもかまわんが、自分の力で解決しろ。それから、愚痴をこぼすなら別の人にしろ。俺じゃなくて。


「そうですね。研究職を続けるなら成果を出さなきゃいけませんよね。永遠に」

「永遠に!?」

「ですね。現役でいる間は」

「……」

「価値観を転換してみたらどうですか?」

「価値観?」

「ええ、何を重視するかってことです」

「と言うと?」

「職を守ったり昇格することを重視するのか、純粋に研究を楽しむのか、ってことですよ」

「?」

「講師とか教授とかの職位にこだわるなら、楽しい研究ではなく成果が出やすいとか評価が得やすいテーマを選ぶと良いですよ。楽しくはないかも知れませんけどね」

「……」

「楽しい研究をしたければ、転職して別の仕事で生計立てて、余暇に好きな研究すれば良いんですよ」

「それじゃ発表できないじゃない」

「学会に入っていれば誰でも論文出せますよ」

「でも、一人じゃ難しい。論評とかアドバイスしてくれる人が居ないと…… 留浦先生、一緒にやってくれる?」

「お断りします。俺、農学部の学生ですし」

「つれないなぁ」

「うちの大学の教授か准教授に共同研究してくれる人は居ないんですか?」

「居ないことはないけど」


一つ例示してやるか。


「DH法は知ってますか?」

「ディーフィーとヘルマンの鍵交換法のこと?」

「そうです。そのヘルマンは在野の研究者ですよ。彼はリベスト、シャミア、エーデルマンの3人と同時期にほぼ同じ公開鍵暗号をディーフィー先生と組んで研究してたんです。でも、最後の詰めの部分で行き詰まっていたらRSAの3人に先を越されてしまったんです。その結果、ネットの暗号通信に広くRSA公開鍵暗号が採用されちゃったんですよ。在野の研究者が歴史に名を残せるチャンスだったんですけどね」

「ふーん、で?」

「でも彼はへこたれずに、今度は秘密鍵暗号の鍵配送問題に着目した。で、今度は上手くいってDH法を世に出して、名前を残したって訳です。彼の成果は大きいですよ。DH法を採用した通信機器やシステムはとても多いですよ。全人類が知らないところで恩恵を受けていると言っても過言じゃないですよ」

「ふーん」


あまり良い例じゃなかったかな。興味を引かないようだ。


「まあ、在野っていう言い方が大学が上、それ以外は下っていう差別的な表現ですけどね。逆に奮起したくなる人も多いんじゃないかな。『大学を喰ってやる』ってね」


ウーン、失敗したな。ここらで切り上げて逃げよう。


「じゃ、午後の授業がありますんで、俺はこれで」




なんだか相談を持ち込まれることが多くなった気がするぞ。まだ19歳の小僧だっていうのに。まあ、人生経験はそれなりにあるがな。


同級生から突然『君、新生者でしょ?』って聞かれることがある。どうも、言葉遣いとか、嗜好とか、会話の内容でバレるらしい。名前がキラキラしていないっていうのも一つのヒントらしい。自然人が全員キラキラネームって訳じゃないが。

バレたときは相手が差別的な態度でなければ正直に話している。隠す必要もないからな。


「秘密じゃないが、わざわざ言い触らさないでくれ」


と一言添えて。


そうは言っても前世で情報工学を教えていたということも結構知られてしまった。

そんなわけで、同級生とか先輩からも勉強とかプログラミングとかの質問やら相談やらいろいろ持ちかけられるようになってしまった。

お陰で顔が広くなって友人が増えた。学生生活も大分馴染んだ。くだらない集まりで時間を無駄に過ごすこともある。全く無駄なことだが、これはこれで居心地が良い。前世ではあまり人と関わらないようにしていたが、上手く関係が作れれば周りに人が居るっていうのも悪くないな。



=====

「あいつは学生生活を謳歌しているな」

「そうですね。初代夫さんより明るい感じです」

「私は暗い人間ではない。軽薄ではないと言うだけだ」

「はいはい。そうでしたね。でもやっぱり二代目夫さんの魂は初代夫さんよりも明るくて活動的みたいですよ」

「まあ、比較で言えばそうなるかな」

「初代夫さんとは違う人生を歩んでいくんでしょうね。楽しみです。概念として」

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