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【完結】--新生--生まれ変わって山へ、宇宙へ  作者: 浅間 数馬
第二章 山へ
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7. 困惑

「学生生活か。私ももう一度やりたかったなぁ」

「人生はやり直しがききませんからね」

「いや、やり直せると思っていたから尚更残念なんだよ。概念として」

「そうですね。新生した初代さん達は皆さん同じようなお気持ちのようですね。そこは共有していますよ」

「まあ、二代目君には楽しんでもらおう」

=====



もう6月だ。大学生活も大分馴染んだ。山に行きたいという気持ちもあるが、学問もきちんと修めなければ本末転倒なのでグッと堪えている。


入学して驚いたことは、森林科学科は定員割れだったと言うことだ。年々志願者が減っていることは知っていたが、ついに定員割れか。教授会でコース再編が議題に上るな。

そして、どうやら同級生の半数が新生者のようだ。互いに何も言わないが、そぶりとか言葉遣いでなんとなく解る。おそらく、前世で都会の生活に疲れたのだろう。

だが、一次産業は厳しいぞ。新生していない自然人学生が少ないこともその表れだ。俺も気を引き締めなければならない。


とはいえ、1年生は一般教養がほとんどなので退屈だ。まったく気が引き締まらない。そこで部活に参加することにした。

選んだのは弓道部だ。材質はカーボンファイバーとかグラスファイバーとかが増えているが、弓の形は二千年も変わっていない。今でも上級者は竹の弓を好んで使用すると聞いている。そんなところが山に通じるものを感じたのだ。

入部してから知ったが、小笠原流とか日置流とか、世間には流派にこだわる人が多いそうだ。だが、うちの大学の弓道部は全日本弓道連盟の基本形だ。何しろ外部から招いている師範がうちの大学のOBで、さらに県連の役員だからな。歳は70歳を超えているそうだ。この師範はあえて新生せずに天寿を全うするつもりらしい。俺とは異なる考え方にも興味がある。


道具は道着と『かけ』、消耗品の弦を買った。かけは『ゆがけ』ともいう右手に着ける手袋のような道具だ。鹿革製で、親指は硬くなっている。親指の付け根付近にちょっとした突起があって、そこに弦をひっかけるようになっている。上級者は手のサイズに合わせてオーダーメイドするそうだが、俺は初心者なのでもちろん既製品だ。弦は切れにくい丈夫な合成繊維だ。

弓と矢は歴代の先輩が卒業時に置き土産としていったものの中から、体格と筋力にあったものを先輩が選んでくれた。新入部員全員が初段になる頃まで一人ずつ占有する。もちろんカーボン弓とジュラルミン矢だ。

初段をとったら弓と矢を買うように言われている。そのときもカーボンかグラスが良いそうだ。なんでも初心者が竹弓を使うとすぐに痛むと先輩が言っている。四段を受審しようというぐらいのレベルになったら竹の弓と矢を購入しても良いという雰囲気が周囲にできるそうだ。その前に買うと『身の程知らず』のレッテルを貼られるそうだ。


ようやく基本を一通り覚えて時々的の前に立たせてもらえるようになった。まだ的に当たったことはない。それなのに夏休み前には初段の審査を受けろと言われている。

3,4ヶ月で初段が取れるというのは簡単すぎる気もするが、門戸を広げるという意味もあるようだ。その先、三段はちょっと難しく、四段になるとちょっとやそっとでは合格できないという。

実際、学部生の先輩の最高段位は三段だ。4年生の3人が7月の審査で四段に挑戦するそうだ。そのうち一人合格すれば良い方らしい。普通は在学中に三段までとって、できれば一生続けると良いという。社会に出ると続けることが難しくなるだろうがな。

そうそう、院生には四段の人も居るらしいが、あまり会わないなのでよく解らない。


そんなわけで学業よりも弓道の方に力を入れている。今は体幹のトレーニングをしている。弓を持ち上げても引き分けてもまったくブレない体が理想だ。

俺の体は培養中に少し強めの刺激を与えてもらったのでヒョロヒョロというわけではない。だが、負荷をかけたトレーニングをしていないのでスポーツマンとは言えない体型だ。

弓は筋力で引くものではないが、体幹はとても重要だ。そこで足腰と体幹を鍛えている。


そして、余計なことを考えると矢が逸れる。体のどこかに微妙なズレが出るんだろうな。俺は雑念が多いからなかなか的に当たらない。心の鍛錬が必要だ。




ところで、たいていの大学は二期制だが、うちの大学は三期制だ。雪国なので1月から3月の第三期はほとんど休みなのだ。集中講義などはあるが、第一期と第二期で単位が足りていれば選択せずに丸々休める。三年生までは。四年生になると卒論があるから正月返上だそうだ。

冬休みが長い代わりに夏休みが短めで小学校のようだ。そういうわけで7月中旬と12月中旬は学期末試験だ。6月上旬と11月中旬に中間試験する科目もある。

大学院生は研究があるから年中無休だ。昔は俺もそうだった。昔に比べると土日祝祭日は休みとか、夜は帰っても良いとか、常識が通じるようになったがな。院生は頑張るしかない。




そんなわけで、いくつかの科目の中間試験も終わり、もっぱら初段の審査に向けて弓道のトレーニングに勤しんでいる。

体が若いからな。すぐに腹が減る。今日も授業が終わって部活に行く前、売店でパンと牛乳を買ってロビーのソファーで食べていた。もうちょっと体に良いものを食べるべきだが、なぜかこうなってしまう。学生あるあるなのか?


PDAで林業関係の情報を閲覧しながらパンを食べていると女性から声をかけられた。


「11番さんですよね」


30歳ぐらいの女性がそばに立っていた。11番? 何のことだろう。


「何のことでしょう?」

「あ、ごめんなさい。留浦先生ですよね?」

「えっと、今は学生ですが、留浦です」


前世の俺を知っている? 誰だっけ。さっぱり思い出せない。


「………」

「あ、ごめんなさい。私、あの新生者との対談に居たEです」

「あ!」


思い出した。新生制度の説明セミナーの3回目だっけ、4回目だっけ? 新生者と対談したことがあったな。そうだ! この人をパニックにしてしまったんだった!


「その節は大変ご迷惑をおかけいたしました。あの後何か不都合はありませんでしたか?」

「いえ、私が勝手に取り乱してしまって、逆に私の方がご迷惑をおかけしたと思っています。お詫びが言いたく。ごめんなさい」

「とんでもない。お元気そうで良かったです」


あれから10年は経ったか。すっかり大人の女性になっている。

本当のところは何かあったかもしれないが、普通に話しかけてくる程度のことなら良かった。まさか恨みを晴らしに……!?


「えっと、あのときは受験生だとおっしゃっていましたね。今ここにいらっしゃると言うことは教員になられたのですか?」

「ええ、工学部で講師をしています」

「それは良かったですね」


すっかり忘れていた胸のつかえが…… 忘れていたのだからつかえていないか…… まあ、事なきを得て良かった。


「私、ハラヒカルっていいます。原っぱの原に光です。AIの研究をしています。

あの後、大学に入って情報工学を専攻したんです。それで修士の1年の時に論文調査していたら留浦先生の論文を見つけたんです。写真付きだったからすぐに解りましたよ。『あ、11番さんだ』って。

それから留浦先生の論文、全部読みましたよ。今の私の研究にすごく役に立っています。

それで、今年の入学生の名簿を見てたら先生のお名前があるじゃないですか。珍しい名字だからすぐに解りましたよ。そういえば、去年新生されているはずだから計算ぴったりだし。

時々お話を伺っても良いですか?」


一気にまくし立ててくる。結構な圧を感じる。10年前とは大分雰囲気が変わったな。


「え、あ、ああ、構いませんが…… 私はもう情報工学はやりませんよ」

「ええ、農学部でしたよね。良いんです。時々お話が伺えれば」

「はあ、そうですか」


PDAで連絡先を交換させられてしまった。




「部創設以来、初段審査に落ちた人はいないからな」


その日の部活の練習はボロボロだった。雑念に支配されて全く集中できない。先輩の叱責が痛い。


どうも原先生のことが引っかかる。なぜわざわざ俺に声をかけてきた?

新入生の名簿を見たって? 余所の学部の名簿なんか見るか? 普通。

なんかおかしいな。


単に懐かしくて声をかけてきた?

先生の言うとおり、俺が先生の研究に役に立つと思ったか?

情報工学の話を振られても気が進まないな。相手にしたくないっていう違和感か。これは。


いや、やっぱり女性が男に声をかけてきたって言うのが、なんかありそうじゃないか。

若い肉体に、内側から染み出る成熟した男のフェロモンが彼女をそうさせるのか……


いや、しかしな。仮にだ。彼女が俺に気があるとしても、学生に手を出したら倫理規定違反だろ? 迂闊にそんなことはしないはずだ。


俺の方か? 彼女に他意はなくて、俺が彼女に一目惚れしたからモヤモヤしているのか? どちらかと言えば美人だしな。いやいや、違う。歳も大分離れているしな。

だいたい、女性を見たら色恋で判断するなんてガキのすることだ…… ガキに戻ったのかなぁ? ホルモンの分泌量が変わっているらしいからなぁ。あまり自覚ないが。


はぁ、なんかモヤモヤする……



=====

「やっぱり出てきたな。彼女。入試の時からマークしてたんだろう?」

「ええ、そうですね。二代目夫さんの試験監督になったのは偶然ですけど、それ以来、いつ声をかけようかとずっと伺っていましたよ」

「それにしても彼女の狙いは何なんだ?」

「純粋な気持ちですよ」

「? 妻さんは知っているんだな?」

「はい、知っていますよ。でも初代夫さんにはまだ内緒です。時間は無限ではないけれど、そう感じるほど長くあります。ゆっくり楽しみましょう」

「弄ばれているような気もしないではないが…… 妻さんに付き合うよ」

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