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【完結】--新生--生まれ変わって山へ、宇宙へ  作者: 浅間 数馬
第二章 山へ
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5. 新しい生活

「もう研修生活も終わりですね」

「これから何かか起きるのかい?」

「それは見てのお楽しみ」

「ずるいな。自分だけ先に未来を見てきているなんて。私もちょっと見てきても良いだろう?」

「ダメですよ。皆さんと一緒に見ていきましょ。先を知ってしまったら面白くないでしょ」

「まあ、確かにそうだが。こちらの世界ではそういう感情はないんじゃなかったかい?」

「でも、夫さんはまだ慣れていないから」

「いやいや、こちらの世界に来てもうすぐ半年だぞ。大分心も落ち着いて、情報もいろいろ入ってきて慣れたと思うのだが」

「4次元空間で言うところの半年を移動してきただけですよ。5次元空間では一瞬と同じようなものです。四の五の言わずに、4次元空間の人達に合わせてゆっくりいきましょう」

「四の五のって、妻さん、そんなダジャレ言う人だったか? まあ良いか。時間軸を自由に移動できるから、急ぐ必要もないということか」

「そうです。そういうことですよ」

=====



まだ9月上旬だというのに、日が暮れると肌寒い。秋の気配だ。

生活拠点に長野を選んだのは志望校があるからだ。農学部 森林科学科が志望だ。

受験勉強は新生前に十分した。記憶もしっかり残っている。まだ入試まで4ヶ月ある。念のため予備校に入ったが、時間が余るのでアルバイトをしようと思う。


まずは生活拠点づくりだ。新生センターのケースワーカーさんに手配してもらった長野市郊外のアパートは大学まで徒歩20分。時間帯にもよるが、バスだと10分。自転車ならもっと早そうだ。近くにコンビニもある。立地は良い。大学卒業までの4年半をここで過ごす計画だ。


「留浦さん。おはようございます」


県のケースワーカーさんだ。新生センター研修施設の人でじゃない。こっちに来てから、頼んでいないのに頻繁にサポートに来る。どうも過疎化と一次産業従事者不足から、俺のような地方移住希望者は、県が手厚くサポートする方針らしい。


「今日は生活必需品の買い物ですね。長野の冬は厳しいですから、暖房とか防寒着とか、ノウハウを知らずに買うと大変ですよ」

「はあ、でもこのアパートは新築だし、鉄筋コンクリート外断熱だからあまり心配していないですけど」

「確かに最近の建物の防寒性はとてもいいですけどね。東京とは違いますよ」

「僕は茨城ですけど」

「気候は似たようなものでしょう?」

「はあ、大差ないですね」

「こっちでは冬に除湿機が必要ですよ」

「そうなんですか。茨城の冬は乾燥するから加湿器を使います」

「でしょ。こっちは雪が降りますからね。市内は少なめですけど、ちょっと行けば豪雪ですよ。スキー場もたくさんあります。冬の間はずっと湿度が高いんです。だから、窓とか扉とか、場合によっては壁まで結露でびっしょり。暖房で温めるとカビも生えますよ。こういう新しい建物は気密性が良いから逆にカビが生えやすいんです」

「そういうものですか」

「それと靴ですね。東京さんは雪道でよく転びます。必ず靴底に滑り止めがあるものを履いてください。若い人はスノートレッキングが良いんじゃなでしょうかね」


いや、茨城ですが…言っても無駄か。




ケースワーカーさんに案内されるままに、とりあえず必要なものは買うことができた。人生経験豊富な新生者なので、他人に言われるがままに買うなんてことはない。すぐには必要ないものは後で買う。雪の備えも2ヶ月後で間に合うだろう。今は情報だけ頂いておく。そして、今すぐ必要なものも勧められたものではなく、吟味して自分でグレードを決めて購入した。


次はアルバイトだ。PDAで検索すると、飲食店や販売店のバイトがたくさん見つかったが、それでは面白くない。もっとやりがいのある仕事がしたい。

県のケースワーカーさんとはあまり関わりたくないと思っていたのだが、つい口を滑らせてしまった。


「将来、林業に就かれるご希望でしたよね? ああ、良いアルバイト先があります。任せてください」




アパートから路線バスを乗り継いで1時間。オンデマンド無人小型バスとは言え、待ち時間も30分。合計1時間半だ。タクシーよりはずっと安いが、乗り合わせた人の目的地によっては遠回りすることもあるので、移動時間には余裕を持たなければならない。

で、着いたのは山の麓の集落だ。その集落の奥に広い敷地を持った材木店がある。サカイ林業。ここが紹介されたアルバイト先だ。


「こんにちは。初めまして。留浦と申します」

「ああ、よく来たな。待ってたよ。社長の境だ。アルバイト希望者なんて何年ぶりかな?」

「村田さんとこのたっちゃんが高校生の時だから、もう7年ぐらい前ですよ」


50代ぐらいの夫婦が出迎えてくれた。


「ご覧の通り、従業員は妻も入れて5人だけの零細企業だ。最近は機械化が進んでなんとかなっているが、まあ、慢性的な人手不足だな。来てもらって助かるよ」

「そうですか。林業はとても大切な産業なのに残念です。そこをなんとか改善できないものかと考えています」

「立派なものだねぇ。うちは仕事はきついのに給料は安いよ。本当に良いのかい?」

「はい。お金よりも経験を積みたいと思います」

「お金が要らないなんて、裕福なご家庭なんだね」

「いえ。新生者です。大学卒業まで暮らせるぐらいは蓄えがありますから」

「へー! あんた新生者かい? 初めて会ったよ!」

「ということは、あたし達より年上なんですか?」

「そうですね。通年で68歳です」

「あ、これは失礼しました」

「いえ、見た目通り若造だと思って接していただけるとありがたいです。せっかく若返ったので」

「ああ、そうか。そういうものか。じゃ、遠慮なく若造扱いさせてもらうよ。留浦君」

「あんた調子良過ぎるよ!」


ひとしきり笑ったあと、敷地を案内してもらった。

一番広い場所は材木置き場だ。細いものから太いものまで様々だ。整然と積み上げられている。

建屋では製材作業が行われていた。作業員は1人で、黒人のようだった。


「おーい。カケル! ちょっと来てくれ」


黒人男性が手袋を取って、首に掛けたタオルで汗を拭きながらやってきた。


「何ですか? 社長」


流暢な日本語だ。


「留浦君、こいつは名栗澤翔。こう見えても長野生まれの日本国籍だ。翔、こちらは来週からアルバイトに来てくれる留浦君だ。指導してやってくれ」

「えー、俺が!? って、社長! 何回言ったら解るんすか? 『こう見えて』って言うのは差別ですからね! 訴えますよ」

「おー、そうだったな。済まん済まん。じゃ、歳も近いし。頼んだぞ」

「留浦です。よろしくお願いします」

「しょうがないな。よろしくしてやるよ」


名栗澤君、いや、名栗澤先輩は22歳だそうだ。見た目以外は日本人らしい。ああ、そういう考え方はしてはいけないな。まあすぐに馴染むだろう。


「あと2人従業員がいるんだが、今は山に入っている。あとで紹介するよ」


他にも様々な資材や機材を見せてもらえた。なんだかとても楽しい。ワクワクしてくる。これも若返りの効果なのか。




事務所兼ご自宅に戻ると社長夫人が待っていた。


「一人暮らしでしょ。昼食と夕食は出してあげるよ。田舎料理で良ければ」

「ありがとうございます。とても嬉しいです」

「今日も用意してあるよ。食べていってね」

「はい、ごちそうになります」


社長夫人の料理は美味かった。食材が地元のものらしい。鮮度の違いもありそうだ。


「昔はバスなんて不便で誰も乗らなかったがね、無人のオンデマンドになってからは年寄りや子供がよく利用するようになったよ。と言っても子供は少ないがね」

「運転手がいないから深夜でも早朝でも来てくれて助かりますよ」

「今日は俺が車で送っていくよ。バスも便利だが遅いからな」

「ありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらいます」


こうして俺は月曜から金曜までサカイ林業でバイト、土日は予備校に通うという生活を始めた。



=====

「人に恵まれるということは実に幸せなことだな」

「そうですね。初代夫さんは人間関係があまりお上手ではなかったですものね」

「それは……」

「ウフフ…」

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