4. 友
「二代目は若者文化の吸収に苦労しているな」
「夫さんは初代の時からそちらの方面は縁遠かったですね」
「ああ、若いからって浮かれる必要はないからな」
「でも、新生人と自然人の間に垣根ができてしまいますからね。ちゃんと交流して同世代としてまとまっておかないと新しい社会問題が起きてしまいます」
「実際、何人かの先輩方は自然人といざこざを起こしているようだな」
「ええ、ですから新生庁はこの研修に力を入れているんですよ」
=====
「よく会いますね」
講義室で大学受験者向けの補習授業の開始を待っていると、何度か顔を見たことのある青年が声をかけてきた。青年と言っても見た目だけで、心はまだ老人のままだ。お互いに。
「そうですね。あなたも大学受験を?」
「ええ、ジャーナリストになろうと思いまして、大学で現代社会とジャーナリズムを学ぼうと思っています。あなたは?」
「私は以前は大学で情報工学を教えていたのですが、研究職はあまり向いていなかったようです。今は環境問題に興味がありまして、林業をやってみようかと考えていますので、そちら方面の学科に進もうとしています」
「なるほど、崇高ですね」
「いや、そんなに大層なものではないですよ。今度は都会ではなく、自然の中で生きたいなと、その程度です」
「いえいえ、重要なお仕事だと思いますよ。あ、私、カワチと言います。さんずいの河の内側です」
「留浦です。田んぼが付く留にさんずいの浦です」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「かつ丼、最高の食べ物ですね」
「まったくです。新生前は控えていたので尚更そう思います」
河内さんと一緒に昼食を食べることにした。
「ところで河内さんはなぜジャーナリストに?」
「呼び捨てにしませんか。若返ったんだし、もう友達でしょ。私ら。昨日の講義でも言葉使いを崩せって言われたじゃないですか」
「そうですね。じゃ、私のことも呼び捨てにしてください。で、河内はなんでジャーナリスト?」
「お、早速良い聞き方! それで行こう。えーっと、新生ってすごくアピールもされてるし、事前の説明も結構してるけど、実際やってみると『聞いてないよ』とか『そうなんだ』って思うことがいろいろありましたよね。その辺りをフォローして、後に続く方々のお役に立ちたいと考えたんですよ」
「なるほど。解ったけど後半言葉がジジくさいよ」
「うっ! む、難しいな」
「そうだな。お互い突っ込み入れるようにしよう。そしたら早く慣れるんじゃないかな?」
「ああ、それ良いね。遠慮なく突っ込むよ」
「おお! 望むところだ」
こうして俺は言葉遣いとか態度も10代らしくしようと努めることにした。なかなか上手くいかないからよく突っ込まれるが。
「留浦! カラオケ行こうぜ」
「河内、カラオケはジジくさくないか?」
「何言ってんだよ。ただのカラオケならジジくさいけど、VRカラオケだぜ。ARもあるぞ。ステージに立ったり、プロモーションビデオの中に入ったり。昔とは違うのだよ、昔とは」
「そう言えば噂には聞いたことがあったな。俺はそういうの興味ないから行ったことなかったけど。ところで最後の言い回しは古典じゃないの?」
「若者が受け入れていれば古典でも良いのだよ」
「ふーん、あのアニメって今も確固たる地位を保っているのか?」
「ああ、ようやく居住型宇宙ステーションの建設が始まったけど、完成はまだまだ先。俺たちの2回目の人生が終わる前にできるかどうかも解らん。そしてだ。巨大人型ロボットはまだできてない。あのアニメの世界は今でも未来の話だ。話の展開が雑だとか、物理法則が間違っているとか、いろいろあるが、今でも好きな奴にはたまらんのだよ」
「L1か。熱いな。お前、アニメオタクか?」
「お、ラグランジュポイント知ってるのか。流石だな。って、アニオタな。悪いか? アニメだけじゃなく、実写と言われるCGも好きだぞ。宇宙とか物理も興味あるぞ」
「じゃ、そっちの勉強すれば良いじゃん。物理学者とかロケット技術者とかにでもなれば?」
「もうやったよ。実は前世はHIのエンジニアだったのだよ」
「重工か。もうやらないのか?」
「胃が保たんのだよ」
「イ?」
「ああ、俺は衛星の姿勢制御エンジンの開発をやっていた。ロケット打ち上げの度に祈ったもんだよ。『打ち上げ失敗してくれ』ってな」
「はぁ!? なんだそれ?」
「だってよ、打ち上げ成功したら次は俺の番なんだぜ。もしエンジン不具合で衛星の姿勢が安定しなかったらどうなる? 同僚のロケット屋から『やっちまったなぁ』って言われるんだぜ。いくら損害が出ると思う? お客さんが保険に入ってたって、次から保険料上がるんだぜ。その後、お客さんからメッチャ指導が入るしよ。
姿勢が安定すれば良いけどな。それまではめちゃくちゃストレスが掛かるんだよ。種子島は良いところなのにな。成功するまでは景色を見ていても全然心が安まらないんだよ」
「そういうものか」
「ああ、衛星本体とか、搭載機器とかの会社でも、気の弱い奴らは成功するまで青い顔してたよ。『ソラが好き』ってだけじゃやってられないのさ。強靱な胃袋を持ていないとな。結局、俺は20年前に開発現場離れて事務方に回ったからな。今やってるラグランジュポイント1の居住型宇宙ステーションの建造には関与してないのさ」
「苦労したんだな」
「ま、今となっちゃ昔の話さ。今度は叩く側の仕事に就くよ」
「叩かれたのか?」
「ああ、ちょっとな。ちゃんとリカバリーして正常に運用できているっていうのに、少々のトラブルをつついてくる奴がいるんだよ。だいたい、日本のマスコミはおかしいよな。公平性がないと言うか、正義がないと言うか。俺が改革してやる!」
「まあそうだけど、マスコミは闇の世界だからな。首は突っ込まない方がいいぞ」
「何言ってんだよ。若いんだからもっとチャレンジしなきゃ」
「その視点がジジくさいぞ」
「うるさい! ……って、何の話だっけ? ……そうだ! カラオケだよ。カラオケ。早く行こうぜ。宇宙空間で古典アニソン歌うぞ!」
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「どうも、こんにちは」
「あなたは初代河内さんの魂さん!」
「はい。これからお世話になります」
「ご苦労されましたね」
「いえ、私の二代目はちょっと話を盛っていますね。実際は好きでやっていたんで、そこまで酷くはなかったです。マスコミだって恨むほどのことはありませんでしたよ。もう心は落ち着きました」
「そうですか。それなら良かった。私の二代目がお世話になります」
「いえ、こちらこそ。どうぞよろしくお願いします」
「夫さんも河内さんも、こちらの世界でも仲良くしていきましょうね」
「それにしても、私の二代目はずいぶん元気が良いというか、ハッチャケているというか......私の若い頃はもう少し落ち着いていたと思うのですが」
「河内さんの二代目さんの魂が活発だということですよ」
「そうなんですね」
「DNAと記憶が同じでも魂は別です。過去を受け入れつつも、別人として歩むことになりそうですね」
「そういうものですか」
「私の二代目は変わりないように見えるが」
「そうですね。二代目夫さんの魂も別ですけど、初代夫さんの魂と似ているところが多いですね」
「そういうものか」
「ええ、タイプが似ていて記憶が同じですから同一人物に見えますけれど、別人ですからこれから違いが出てくると思いますよ」
「ふーん。複雑な気分だ」
「直ぐに穏やかに見守れるようになりますよ」