プロローグ
この小説はフィクションです。実在する人物、団体、施設等とは一切関係ありません。また、本作に記している物理法則等は極めて不正確で、創作も多くあります。
本作の舞台は異世界ですが、転生ものではありません。読者の世界とよく似ていますが、最初から最後まですべて異なる異世界の話です。
ただ、その異世界から現実世界の読者に呼びかけています。
そのとき、何が起こったのか私には解りませんでした。
気がついたら私はこの5次元空間に居たのです。ここ、この空間こそが俗に言う死後の世界だということはすぐに受け入れられました。
人が暮らす4次元空間は縦、横、高さと時間という4つの軸から成り立っています。そして、縦、横、高さ方向には移動できるけれども、時間方向には移動する術がない。ただ流されるだけ。元の世界はそんな世界でした。
本当は時間は流れていないのですけれど、流れているように感じているのです。でも、そのことは物理学を修めた人たちしか知りません。それと、一般には移動できない時間軸を除いて3次元空間ということもあります。それはさておき。
死後の5次元空間には肉体がありません。意識だけがあります。意識も粒子でできています。その粒子は、元の世界ではダークマターと呼ばれてるものの一種です。物理学の世界で存在が予言されるものの未発見の粒子です。
ダークマターは電磁波に全く反応しません。光や電波では観測できないので、見えないモノ、ダークマターと呼ばれています。1種類の粒子ではありません。とてもたくさんの種類があります。
実は、ダークマターはどこにでもあるのです。ただ、質量があるのに重力に反する反重力の性質があるため、人の暮らしの中では見つけられていません。
私たちの意識、言い換えると魂はこのダークマターでできています。人が生まれるときには既に体の中に含まれていて、食事や呼吸によって体内に取り込まれたダークマターを基にして、成長とともに意識も大きくなっていきます。
そして、人が死ぬとバランスが崩れて、意識を構成していたダークマターが体から離れて5次元空間に移動するのです。元々反重力の性質がありますからね。このとき、通常物質が若干質量を失うので『人が死ぬと体重がわずかに減る、その減った分が魂の重さだ』という説もあります。当たらずとも遠からずですね。
その5次元空間では縦、横、高さ方向だけでなく、時間方向にも自由に移動できます。体がないのでどの方向に移動するにも一瞬です。量子テレポーテーションのようなものですね。
そして、あらゆる現象を感じることができます。体がないので見たり聞いたりするのではなく感じるのです。
私はこの世界に来てから旅をしました。未来にも行きました。過去にも行きました。宇宙の果ても見てきました。そしてまた、私が死んだ時と場所に帰ってきたのです。そして、なぜ、どのようにして私が死んだのかを理解しました。
交通事故でした。私が乗っていた自動運転車に、高齢者が自分で運転する自動車で突っ込んできたのです。大変な高速で。
その高齢者本人も今、この空間に居ます。対話するように互いの意識を交流させることができました。特に意識せずに、ごく自然に。
その人は自動運転が嫌いだったのです。自分で思うがままに自動車をコントロールしたい。そのために自動運転機能をオフにして、さらには事故防止アシスト機能までオフにしてしまったのです。自分を過信して。そして成るように成ったのです。
気持ちは共有できました。元の世界に居たならば決して許せなかったでしょう。でも、この世界では怒りとか悲しみといった感情が存在しないのです。この世界は悟りの世界でもあるのです。
事故のことは仕方がありません。ただ、私はまだ36歳で結婚して2年しか経っていなかった。そろそろ子供を産みたいと考えていました。子供が産めなかったこと、それが残念です。感情ではなく、概念として残念です。感情はあくまでも穏やかなのです。
それと、概念として心残りなのは5歳年上の夫です。私が死んだ後の取り乱し様はひどいものでした。普段は感情が無いのではないかと疑ってしまうほどクールな夫が泣き叫んでいました。私の葬儀の後、仕事も休んで誰にも会わない日々が2週間も続きました。私は愛されていたのだとよく解りました。
私はそんな夫のこれからの半生を見ていこうと思います。本当は、生まれる前から亡くなるまで、さらにはその後のことまで既にすべて感じてしまっています。でも、元の4次元世界の人たちにもお伝えしたいと思うので、時間の流れに沿って、改めて見ていこうと思います。もちろん元の世界の人たちに伝える術なんてないことは知っていますけど。
でも、もしかしたら、元の世界に、ひょっとしたら別の世界にも、私が居る5次元空間を感じられる人が居るかもしれません。ほら、あなた。あなたですよ。私の声が聞こえるでしょ。私の夫の半生を私と一緒に見てあげてください。