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見 ャ ノト 火  作者: 山本大介
8/9

『オクリビト』5

父は今、あの頃の思い出を見ている。

これが死ぬ前に見る走馬灯・・・。

ならば、このまま父の生まれるまでの記憶をさかのぼるのだろう。


しかしその時、時田は予想だにしなかった一言を言う。


「お父様の闘病。そして死。峰子さんの反抗期。

お母様の死。お姉様のうつ病・・・。家庭崩壊。

そしてご自身の闘病・・・。

大変でしたよね。


ですが大城さん・・・わかりますか?

見えますか?皆の笑顔が。


今まで体感していたものは、全部『悪い夢』だったんです。」



峰子は驚いて顔を上げた。

顔を歪ませ涙を長し、鼻水を垂らしていた峰子だったが

あまりに予期せぬ一言に、一瞬真顔に戻った。



「長い長い悪い夢から、あなたは目覚めました。

今見える皆の笑顔が、現実なんです。」



ただの走馬灯を見せる職業ではない。

つらかった現実の記憶を

一番幸せだった頃の記憶に上書きして見送る・・・。



「長い長い苦痛は、全て偽物だったんです。

今、あなたは解放されました。

わかりますか?」




そう か




「!!」


峰子は、あっ、と声を上げそうになるのを必死で抑えた。


父の口は動いていない。

だが、はっきりと聞こえた。




  なぁんだ

全部 夢だった のか




「そうです。全部夢だったんです。

あなたには、温かい家族がいます。幸せがあります。」



心電図の音が、少しずつ、ほんの少しずつだが、ゆるやかになっていった。



時田はポケットから携帯電話を取り出した。

そして、ある音楽を流す。



ビートルズの『There’s A Place』。



これにも峰子は驚いた。


ビートルズが好き、と言うと、だいたいの人は

『Let it Be』や『Hey Jude』を連想する。


しかし父が好きだったのは前期のアイドル時代のビートルズだ。

しかも、その前期の中でも『There’s A Place』はマイナーな曲に入る。


次々と、父の好きな曲が流れる。


峰子が事前に教えたわけではない。

死にゆく者の、全てがわかる。

これが『オクリビト』の能力だった。



「さぁ・・・疲れたでしょう。

夕食の後片付けは峰子ちゃんがやってくれるそうですよ。

少しゆっくり休みましょうか。」




峰子に 出来るかなぁ




「大丈夫ですよ。

峰子ちゃんはお父さんの事が大好きなんですから。

安心して、今は休みましょう?」



心電図の音は、増してゆっくりとなった。


だが。




あのさ




「え?」

本来ならば、このまま意識が途絶えるだろう。

しかし突然声をかけられ、武明は少々驚いたようだ。




あのさ

アンタがどこの誰かわかんないけどさ




「・・・。」

武明は沈黙した。




峰子が 俺の事を好きなわけないだろ?




時田の目には、少しの狼狽が見えた。




もうちょっとうまくやってよ

俺 峰子に対しては随分怒ったよ?

俺が死んで せいせいするんじゃないかなぁ




もう限界だった。

父の最期、峰子の心は悲しみで埋め尽くされていたが・・・

いや、悲しみで埋め尽くされていたからこそ

この言葉を許すことが出来なかった。


「そんなわけないじゃない!!」


峰子は勢いよく立ち上がり、大きな声を上げた。

すると、父の体は一瞬ピクリと動く。


「そんなわけないでしょ!?

大好きだから、お父さんの事、大好きだから」


目から大粒の涙がぼろぼろとこぼし


「怒るお父さんは怖かったし

私の考える事なんて知ろうとしてくれなかったけど

困った父親だって思ったこともある、だけど」


せき切ったように、峰子は思いの丈をぶつける。

峰子の声が聞こえた瞬間、どんどんゆるやかに落ちていった脈が

ほんのわずか持ち直した。


「いっつもいっつも・・・

『峰子の考える事なんて手に取るようにわかる』なんて言って

ほとんど当たってなかったんだから!


お父さん、お父さん、お父さん

馬鹿な事言ってないで、いつもみたいにクールに笑ってよ。

いつもみたいに、・・・いつもみたいに」




そうかよ




呆れたような

だが微かに安心を含んだような声が聞こえた。




悪かったって 泣くなよ みっともない

最後に 話が出来て良かったよ

先に行って 待ってるからさ




「うん・・・うん・・・」

峰子は泣きじゃくりながら、何度も頷き

立ち上がって父の顔を覗き込んだ。




父さんと母さんに言ってやろ

お前がビャービャー泣いてたって




相変わらず、口は動かない。

だが茶化すような声ははっきりと聞こえた。




まぁ 元気でやってよ

じゃあね




ピッ・・・      ピッ・・・

もう脈拍は相当遅くなっている。





あぁ・・・ 長い人生だった・・・





医師や看護師が病室へ入り、ベッドを囲む。


父は最後に大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。



「・・・20時43分。ご臨終です。」


医師が腕時計を見て、冷静に告げる。


峰子が怒鳴り始めた時から、驚いて目を丸くしていた時田だが

その場で一部始終を見守り終え



「では、僕はここで。」



小さく苦笑しながら看護師にそう告げ

部屋から去っていった。

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