『オクリビト』2
その後、祖母も亡くなり
峰子は父と叔母の3人で暮らすようになる。
「・・・あの頃は、父のいう事を聞かず、随分迷惑かけました。」
峰子は瞼を伏せ、しみじみと言った。
髪を派手に染め、チャラチャラした恰好をしていたというが
目の前の女は内気を越え、根暗そのもの
その頃の姿を想像する事は難しい。
「あと、そう、私ギターを購入して練習し始めたんです。そしたら父が」
語り続ける峰子を、彼・・・時田は手で制した。
「思い出話はもう結構です。
お父様はどういう経緯でご入院されたんですか?」
峰子は、あっ、と声を出し、手で軽く口をおさえた。
「あれは・・・」
それから年月が経ち
峰子は適当な職に就き、家を出て一人暮らしをしていたそうだが
ある日、叔母から電話がくる。
「栄則が具合が悪いのよ。様子を見に来てくれない?」
峰子が一室借りているアパートと、実家は
スープの冷めない距離だ。
具合が悪いといっても所詮、風邪でも引いたのだろう。
大した事はない。
そう思えたのは、日頃からそこそこの頻度で実家に顔を出していたからだ。
何も考えず実家を訪れ、父のいるダイニングへ足を踏み入れたところ
げっそりと頬がこけ、元気の無い父の姿があった。
これは只事では無い。
直感でそう感じ取った峰子は、住処としていたアパートを解約し
実家に帰り看病をする事を決めたようだ。
「私、随分迷惑をかけちゃったから・・・
恩を返せるのは、今しかない、って思ったんです。」
「病院へは連れていかなかったんですか?
看病も、あなた一人で?」
「父は病院へ行く事をひどく拒みました。
きっとわかってたんです。
今病院へ行ったら二度と家に帰ってこれないと。
父は家で死にたいと思っていたんです。
看病は、その・・・
父が、衰えた自分の姿を、『他人』に見せたくない、と言って。」
時田は、ふむ・・・と呟いた。
栄則にとって、自分の遺伝子を継いだ娘以外は
『他人』という認識だったのだろうか。
その疑問を察したかのように、足らない部分を補足する。
「父と叔母は姉弟仲が悪かったんで・・・。」
叔母は祖父や祖母が亡くなった喪失感から
最初は過食に逃げた。
小柄だった体型は、あっという間に変化をとげ
でっぷりとした腹を突き出しながら
その次はテレビの通販でジュエリーを次々と買う事で
現実逃避をしていた。
そんな実の姉を見て、栄則は随分頭を抱えたようだ。
「看病は決して簡単なものではありませんでした。
私は医療なんかさっぱりわからない。でも、そんな事より
父は毎日機嫌が悪くて・・・。
体調不良が続くと誰だってイライラしますよね。
でもそれだけじゃないと思うんです。
自分の体の変化、原因はわからない
でも知ってしまったら引き返せない。
そんな恐怖もあると思います。」
そんな父に寄り添う娘。
家で死にたい・・・そんな想いも虚しく
限界が来て救急搬送された。
「で、今に至る、と。」
「はい。一週間に一回面会に行ってます。
でも流行りのウイルスのせいで面会時間が10分に限られてて
父はひどく不満のようです。
祖父の時はみんなで病室で寝泊まりしたのにって思ってるのかも・・・。」
時田は、なるほどね、と小声で呟いた。
「最高気温40℃近い時もありました。
それでも、面会に行きました。父に会いたい。その一心で。
でも私の顔を見ると怒り、看護師さんには優しいの・・・。」
峰子の発言は現状を物語るものから
愚痴や、賞賛を求めるようなものへと変わった。
だが時田はそれを無視し、努めて事務的に応えた。
「わかりました。この依頼引き受けましょう。」
「本当ですか!?」
「はい。報酬は・・・・ 」
自然と小声になる。
「・・・わかりました。是非、よろしくお願いします。」
峰子は武明が用意した書類にサインをし、喫茶店を後にした。
それからちょうど半月ほど経った後、携帯電話が鳴った。
「ふむ。」
峰子からの着信だ。
「もしもし、時田です。」
「あ・・・あの、大城と申します。あの・・・」
「はい、わかりますよ。『その時』が来ましたか?」
小さく、はい、と聞こえた。
「担当の先生から電話が来ました。
前はいろいろと話をしたみたいですが
昨日は話しかけても、目を開ける、頷く、くらいしかしないそうです。
でも今朝から、話しかけても反応もなくなっちゃったみたいです。
覚悟しておいてくださいと言われました・・・。
それと・・・」
「それと?」
「『家族に会いたい』・・・昏睡状態に陥る前に
そう、一言だけ、言ったそうです・・・。」
峰子は鼻をグズグズといわせた。
「わかりました。では、今すぐF病院へ向かいましょう。」
武明は通話を切り、手早く支度を済ませ車に乗り込んだ。
F病院までは車で30分ほどかかる。
もっと近い搬送先は無かったのか、と思ったが
今のご時世、どこの病院も流行のウイルスで満床らしい。