『誰そ彼時、げに美しき』3
あれから翌週の日曜日、僕はまたパソコンに向かい執筆をしていた。
リズミカルにタイピングが続く、今日は脳みその調子が良いようだ。
しかし、それを遮るかのようにインターフォンが鳴る。
ドアを開けると、そこには車椅子に乗りうなだれた良太と、体格のいい男性が立っていた。
この体格のいい男は健康そうに日焼けしており、服装も頭髪も整っている。
さわやかな好青年、といった印象だ。
「山本さんですか?あ、自分は介護士です」
男は首から下げている身分証を僕に見せた。
『〇〇介護ステーション 介護士 川井博之』
僕が唖然としていると良太は
「悪かったよ・・・返す。中身は手を付けてないから・・・」
川井と名乗る介護士は「どうもこれをお返ししたいそうで」と言って、トートバッグから取り出し、財布をすっと目の前に出した。
あの日渡した、僕の財布だ。
良太は完全に力が入らない足で、車いすから前のめりに落ち
「俺が悪かった・・・!!もう一度、あの神社へ連れてってほしい・・・!!そうしたらきっと腕と足治ると思うんだよ!!」
土下座のように額を地面にこすりつけながら、謝罪をしてきた。
僕は驚きのあまり無言で彼の様子を見ていた
すると
「あの神社なら、もう何度もお参りに行ったじゃないですか。用事が済んだならもう帰りましょう」
男性は軽々と良太を抱え、車いすへ座らせた。
「そうじゃない!!変な十字路を何度も曲がって、ババァとかガキの集団とか」
良太はあの時のイキった小僧ではなく、まるで狂人のようだった。
「わかりました、わかりました。夕方ですね~。もう何度も行ってるから、意味ないと思うけどなぁ」
介護士が喚く良太をなだめる。
「あの・・・」
「あ~、何も言わなくて大丈夫ですよ。その財布は山本さんの物で間違いないですよね?」
「あぁ・・・はい」
「一年にいっぺんかなぁ。いるんですよね、こういう・・・。さぁ、帰りましょう」
車イスに乗せられた良太は、もうギターが弾けないんだ!バンドも追い出された!ダチもいなくなって、バイトも・・・などと騒ぎ
最後に
「謝るから!謝るから!!峰子に会わせてくれええええ!!」と、泣きじゃくった。
「すいません、お邪魔しました!」と介護士は会釈し、車椅子を押して去って行った。
僕は、何もお咎めは無しなのだろうか。
無論、何も考えず財布を渡すわけがない。
これを渡せば、良太は確実に周囲を散策しだす。
あの時刻、十字路に立てば一定の確率で異世界へ迷い込み
そして太陽が沈む前に一歩でも踏み出せば、無事では済まされないのだろう。
何故だろう?僕にはそれがわかったから
僕だって、罠にはめた一人なのだ。
そしてかなりの月日が流れたが・・・。
峰子は
あのメールを受信した日から、未だ行方不明のままだ。
__________
「こんにちは、黒島先生から引き継ぎ、僕が今日から担当になります。
ノgァ嗚呼t@タs・・・と言います。よろしくね。
パソコン得意なんだ?タイピング随分早いね」
急に話しかけられた相手は、はぁ、とだけ答えた。
「何を書いてるの?」
・・・小説です。
「そうなんだ。見せてもらってもいい?」
・・・どうぞ。
「ふむふむ・・・すごい!内容が深くて面白いね!!」
・・・ありがとうございます。
「この作中の主人公は君自身?」
はい。
この質問だけ返答が早かった。
「そうなんだ。この助けてあげた峰子という友人は・・・」
黒島医師にひじでつつかれた。
黒島は数回咳払いをした後
「問診が長いと疲れてしまうだろう。話の続きはまた明日に・・・」
「ごめんね、今日の問診はもう終わりだって。
また新しい小説書けたら読ませてほしいなぁ。いいかな?」
・・・いいですよ。
『彼女』は下を向きながら答えた。
白衣姿の二人は病室を出る。
自分を傷つけた相手をモデルに悪役を作り、作中でじわりじわりと苦しめ復讐する。
まぁ、陰険ではあるがよくある話だ。
山本大介は朝食を済ませたのにモーニングセットを二人分頼むのはなぜ?
会社員の出勤時間はおおまか7時が多いのに、早朝から個人経営の喫茶店が開いているのはなぜ?
結果だけで言えば喫茶店で無銭飲食したのに、何も言われず翌日来店できたのはなぜ?
出勤途中に会社に電話して簡単に休みをとれるのはなぜ?
なぜ喫茶店のマスターが、良太と峰子の足止めなどしてくれる?
彼女の小説には矛盾がたくさん転がっている。
「黒島先生、彼女は自分をどう把握してるんです?」
「山本大介だと、思い込んでいるよ。君も言動には注意してほしい」
「過去の男に、つらい目に合わされたんですねぇ・・・」
黒島は答えなかった。
病室の名札を見た。
201号室 中村峰子
二人の医師は去り、彼女の病室はまたタイピングの音が規則的に鳴り始めた。
窓の外は、綺麗な夕焼けが広がる。
うーん・・・?
話、わかりづらいですかね?