『誰そ彼時、げに美しき』1
ホラー小説に挑戦してみました。
全然怖くなかったらごめんなさいw
※この作品はフィクションです。
小説内に出てくる「山本大介」は、作者と同姓同名の別人です。
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白衣を着た人間が二人。
一人は初老、一人は若者だ。
二人はゆっくりと無機質な廊下を歩く。
初老の男が言う。
「何か質問はありますか?」
若者は答える。
「今のところはありませんね。でも・・・」
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事が起こったのは、何の変哲もないいつもの日曜日。
僕は自宅でパソコンに向かい、唯一の趣味である小説の執筆を進めようとしていた。
別に作家なわけではない、ただの素人のお遊びだ。
だが・・・どうも今日は気持ちが乗らない。
「今日はダメかなぁ・・・全っ然進まない・・・」
一息いれるか・・・と席を立った時、電話が鳴った。
携帯電話を覗き込むと古くからの友人の名前。
随分長い付き合いになる女性だが、僕は彼女を異性として意識したことはない。
「はい、もしもし」
「あ、大介くん。久しぶり・・・何してる?・・・もし、暇があったらちょっと話聞いてもらえないかな・・・」
彼女にとって僕は、本音を話せる良い相談相手といったところだろう。
「いいよ。ちょうど気分転換したかったから、今からでもいいけど」
「じゃあいつもの喫茶店で、時間は何時ごろがいい?」
「15時で」
「オッケー」
淡々とした会話で日時と場所が決まり、通話を切る。
「さて」
15時ならばまだ少し時間がある。
音楽を聴きながら時間を潰し、身づくろいを簡単にして、15分前に家を出た。
友人が待ち合わせの時間に現れたことなどない。
女性というものは、支度に時間がかかるものだ。
猛暑の真っ只中、一番気温の暑い時間帯。
立っているだけで汗が噴き出てくる。
僕は待ち合わせ場所である喫茶店の前で、10分ほど待った。
その友人は昔から他人に振り回される名人である。
良く言えば純粋過ぎて放っておけない。
悪く言えば押しに弱い、簡単に騙せそう。
そんな印象の人間だ。
強い自我がない分、他人に影響されやすく、流されやすいのだろう。
「彼氏が出来たの!」
という報告を聞くといつも悪い予感しかせず、そして大体その悪い予感は当たるのだ。
(今日は何を聞かされるのか)
その友人の名は
「ごめん!お待たせ・・・!」
走ってきたらしく、息を切らしながら僕の前に現れた。
「待ったよね?ごめん。ごめんなさい」
何か変だな。
「いつものことだし、気にしないよ」
「ごめんなさい。そうだよね。いつも私こうだよね。ごめんなさい」
「いや、そういう意味じゃなくて・・・まぁ、落ち着いて。店入ろう」
ドアを開けるとカランカラン、とベルが鳴り
カウンターにいた店主がチラリとこちらを見て「いらっしゃい」と言った。
僕らは窓際の席に腰かける。
チェーン店ではなく、個人経営の喫茶店だ。
レトロな内装、パイプオルガンのBGM、それはそれは濃いコーヒー。
全てが僕の好みだった。
「ご注文は」
店主がテーブルの横に立ち聞いてくる。
僕はアイスコーヒー、友人はクリームソーダを頼んだ。
客は僕らの他に一組の老夫婦がいたが、狭い店内であれど、よほど大声で話さなければお互いに会話など聞こえない。
飲み物がテーブルに置かれ、まず一口。
うん、いいね。やっぱり濃い。最高。
「で、今日はどうしたの?」
僕が問うと、友人はおどおどしながら下を向き
「あ、あの・・・あのね」
「うん」
「良太が。あ、私の彼氏なんだけど」
「ふむ」
最後にこの子と会ったのは1か月ほど前だっただろうか。
その時は、彼氏にフラれたーー!と言いながらピーピー泣いていたが。
また新しい恋人が見つかったのだろう。
「えっと・・・私って、連れて歩くのが恥ずかしい女だと思う?」
「・・・・え?」
話が見えない。いや、なんとなくわかる。
「良太が、言うの。友達に見られたら恥ずかしいから一緒に歩きたくないって・・・それで」
友人はクリームソーダを一口飲み
「私を見てるとすごく汚したくなるって」
なるほど。
「汚すっていうのは具体的にどういう意味?」
友人は相変わらず下を向きながら言う。
「私が精神的に未熟だから、未熟なうちに腐らせたい、汚い現実を無理矢理突きつけて、壊したいって」
あぁ。
「ふむ。それで?」
「自分好みに壊れなかったら、私のこと捨てるって」
うん。
「捨てられるの嫌なの?」
「やだ・・・。私は出来損ないだけど、彼は私のこと必要としてくれるし、彼の期待に応えられるとほめてくれるんだよ」
また、クズを捕まえたのか。
いや、クズに捕まってしまったのか。
モラハラ気質な奴なんだろうな。
だから「ごめんなさい」が口癖になってしまっている。
「僕は、もっと一緒にいて幸せになれる人が他にいると思うけどなぁ」
「イヤ!!良太じゃなきゃダメ!!良太も私じゃなきゃダメなの!!」
いきなり大声を上げたので、老夫婦が驚いてこちらを見る。
僕は老夫婦に向かって軽く頭を下げた。
「じゃあ、どうしたいの?そのまま精神壊されるの?」
もうだいぶ壊れてきているように見えるが。
「違うよ、違う違う違う・・・精神の壊れた部分こそが・・・本当の私だって・・・良太の言うことは絶対だもん・・・」
友人は俯いてぶつぶつと呟く。
まるで胡散臭い宗教にでもハマってしまったかのようだ。
「ん~と・・・とりあえず落ち着」
「ねぇ、トワイライトゾーンって知ってる?」
僕が発言しようとすると、彼女は急に顔を上げ話題を変えた。
「あぁ・・・夕暮れ時のことだろ?」
「そう、そう。あのね、ここの近くに神社あるじゃない?」
閑散とした無人の神社が確かにある。
「その神社の近くの十字路、異世界へ行けるんだって。夕方だと」
彼女の目は真剣そのものだった。
「そ、そうなんだ・・・。行きたいの?」
「うん、良太を連れて行きたい。だから、大介くん、手伝って」
少々の沈黙の後
「・・・えーと、まぁその異世界へ行けるとして、僕が何を手伝えるの?」
「今から私が良太を呼ぶから。その十字路へ3人で行こう?異世界への扉が見えたら、良太を思いっきり中へ突き飛ばして!私だけじゃ無理だから」
顎に手をやり、考える。
きっと都市伝説のような、学校の七不思議のようなものだろう。
「その彼氏は、来てくれるの?」
「うん、来てくれる。絶対よ」
友人はちらりとバッグを見て、中からある物を取り出した。
それは、小さなゲーム機だった。
「彼の大事なSwicch、持ってきちゃった」
『人質』ならぬ『物質』というわけか。
「良太に電話するね」
友人は携帯電話を片手に通話を始めた。
あ、良太?私・・・うん、Swicch?
私が持ってる・・・ごめ・・・ごめんなさい、ごめんなさい
・・・でも・・・お願い、迎えに来て・・・ごめんなさい、ごめん・・・
「電話、代わってくれない・・・?」
友人は涙目で僕にスマホを差し出す。
僕はため息をついて携帯電話を受け取り店の外に出た。
「君の交際相手の友人だけど、彼女を引き取りに来てくれないか。
僕もそろそろ帰りたいんだ。来ないと大事なデータ全消しするけど、どうする?」
とりあえず発破をかけてみた。
もちろん何をダウンロードしてるのかもわからないから、効果は期待できない。
電話の向こうで低く唸る声が聞こえ
「わかったよ、行けばいいんだろ」
意外に効果はあったようだ。
場所を伝え、電話を切り店内へ戻る。
上目遣いで見つめてくる友人に「今から来るってさ」とだけ言った。
友人の表情はパァッと明るくなる。
打って変わってずっとにやにやそわそわし始める様子は、気味が悪い。
「良太ってね、ギター弾いてる時が一番かっこいいんだ!いつもかっこいいけど・・・あと結構乱暴だけどたまに優しいし・・・」
恋は盲目とは、よく言ったものだ・・・。
20分ほど経った後だったか、一人の男が店内に入ってきた。
黒いタンクトップに緩めなズボン、色白ではあるが引き締まった筋肉の大柄な男。
アウトローでも気取っているのだろうか。
随分身だしなみが悪い男だ。
「良太!」
友人が立ち上がり手を振る。
良太と呼ばれた男はズカズカと近寄ってきて・・・
いきなり友人の頭を殴った。
「さっさと返せよ」
頭を押さえて顔を伏せる友人。
老夫婦が会計を済ませ、怯えた表情で帰って行った。
「・・・あのさ、交際相手なんだろ?なんで殴るんだよ」
僕は冷静に言ったつもりだが、多少はいらついていた。
友人が目の前でこんな目にあえば、怒りが沸き上がって当然のことだろう。
『良太』は、色ムラだらけの中途半端に長い茶髪をかきあげ言った。
「ワリィけど、こいつ調教中だからアンタ黙ってて。ほら、俺のSwicch返せ」
良太は彼女のバッグをひったくり、中からゲーム機を出した。
全く、なんて計画性が無いんだ。
こんなに簡単に奪われては、さらってきた意味が無い。
「じゃあな」
ゲーム機を片手に帰ろうとする男に
「あ、もうそのSwicch起動しないよ。さっき水没させといたから」
僕は彼の目を見据えながら言った。
「は?」
良太は僕に食ってかかる。
動揺した隙にゲーム機を取り上げ、店内から飛び出した。
一瞬、店主とhhhhゥ死gt 目くばせしたから大丈夫だろう。
「おい、待て!」
背後で良太の声が聞こえる。
しかし、追ってくる気配はなさそうだ。
あの店主のことだrgdろtw、きっと足止めしてくれてるのだろう。
思い切り走って、神社の前で立ち止まる。
下を向いて膝に手を置き、肩で息をする。
顎まで流れてきた汗をシャツの襟で拭った。
携帯電話を取り出し、友人に電話をかける。
「・・・大介、く・・・ん・・・」
数回のコール音の後、か細い声が聞こえた。
「今神社の前にいる。十字路へ向かうぞ!ちゃんと二人で来いよ!」
我ながら、なんてお人好しな人間だろうか。
眼鏡をクイと上げ、呼吸を整え再び歩きだす。
十字路はすぐそこだ。
ちょうど夕暮れ時。
空は淡く、水色とオレンジ色のグラデーション。
まさかあんな話が本物なわけないだろうし、二人の姿が見えたらゲーム機を渡して帰ろう。
これで友人も満足だろうし、納得するだろう。
全く、いい運動になった。こんな休日冗談じゃない。
「ここか・・・」
僕は十字路の真ん中に立った。
そしてしばし待つ。
遠くから二人の姿が近づいてくるのが見えた。
「・・・あ・・」
友人の顔が次第にはっきりと見えてくる。
瞼は腫れ、口から血を流し、引きずられながら・・・・
良太が言った。
「おい。お前さぁ、何がしたいの?」
僕は眼鏡の真ん中に中指をあて、言った。
「たかがSwicchごときで振り回されてご苦労様」
そして
ゲーム機を地面に落とし、足で踏みつけた。
モニターに細かくひびが入る。
偶然だった。
時刻は逢魔が時。
僕ら3人は十字路の真ん中にいた。