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恋愛学園のアンテロース  作者: 宗真匠
第二章
28/30

28.亀裂

「で、何してたんだよ祈織」


 とばっちりで3組の生徒たちに絡まれた喜一は呆れた様子でため息をつく。

 よく俺を見つけられたものだと感心はするが、巻き込まれたのは喜一の自業自得だ。嫌味な態度は無視して答える。


「暇潰しだ。うちはほぼ崩壊していると言える状況にあるが、他のクラスはどう対処しているのかと思ってな」


 同じ1年生のクラスでも、練習風景は四者四様だった。

 2組はミニゲームを中心に遊びと練習を混じえて、あくまで体育祭を楽しむことに重点を置いていた。3組は言わずもがな、誰かの情報統制により勝ちを目指して完全な密閉空間で練習に打ち込んでいる。

 4組は少し異質ではあったが、何やら作戦会議に注力していた。練習の様子こそ見られなかったが、1組よりはまとまっているのは事実だ。

 やはり問題があるのは俺たちのクラスのみか。

 喜一がここに居るということは、1組の練習は依然まとまりを成していないのだろう。


「3組の奴らはなんかすげえ秘密主義みたいだったけどよ。そこまで隠して意味があんのか?」

「何事においても、情報は重要なアドバンテージだ。例えば、3組が他クラスの練習風景を盗み見て、良いとこ取りの練習をしておいて、他クラスにはその情報を秘密にしていたらどうなる?」

「そりゃあ、3組が勝つんじゃね? 個人種目はそいつの地力が試されるけど、団体競技は練習しなきゃどうにもなんねえし」

「そうだ。配点が高い団体競技で全勝することは、優勝争いに大きく関係してくる。恐らく3組は最初から他学年と交流し、その勝ち筋を全員で共有していたんだろう」

「1年だけじゃねえのか?」

「ああ。2年3組は練習場所にすら居なかった。第1体育館の裏手は人通りも多いし、練習するには不都合だったんだろうな」


 ついでに言えば、3年3組は練習場所にこそ居たが、話し合いばかりで体を動かす様子はなかった。

 3学年全ての生徒を統率するのは簡単なことじゃない。

 しかし、それをやってのける生徒が少なくとも1人は存在しているはずだ。

 その人物が俺の想像する生徒──美能副会長であれば、いろいろと辻褄も合う。

 ネオンの言う『あの人』と『あの子』。わざわざ三人称を使い分けるのだから、これらは別の人物であると見ていい。

 前者は彼が上と見ている人物で、後者は逆に下に見ている、或いは同等の相手と思っている人物だと推測もできる。

 であれば、美能先輩から情報の秘匿を提案され、3組の中心人物である誰かがその提案を受け入れた、と繋がってくる。

 そして、3年生が練習場所に居たのは、後輩である美能先輩の提案に乗るべきか迷っていた結果なのだろう。

 ただの推測でしかないが、得られた情報から完成されたパズルにしては綺麗な出来だと思う。多少のズレはあれど、ほぼ間違いないと見ていい。

 やはり美能先輩は他の生徒より頭1つ抜けている。学力だけでは測れない戦術眼や未来思考とでも言うべきか。彼はそれを持っている。

 実際のところは相対してみなければわからないが、期待だけが膨れ上がっていく。彼と会うその日が少しだけ楽しみな自分がいた。

 ふと、喜一が不思議そうに俺の顔を覗き込む姿が見え、意識を彼に戻す。


「なんつうか……たかが体育祭にガチになり過ぎじゃね? 確かに負けたら悔しいかもしんねえけど、その日の一喜一憂で終わる話だろ」

「それほどMVPには価値があるということだろうな」


 MVPの特典はたかが体育祭の景品としては豪華にも程がある。

 俺はあまり興味がないが、欲しがる生徒は少なからず居るだろう。

 わからないことがあるとすれば、MVPになれば『生徒会へ入会する権利』という特典を得られるにも関わらず、生徒会のメンバーである美能先輩が率先して3組を勝たせようとしている点だ。

 3組の中に生徒会へ入会させたい人物がいるのか。いや、そうであれば直接交渉すれば済む話だ。副会長直々に勧誘すれば、断る相手はそう居ない。

 こればかりは美能先輩の思惑が図れない限り、真実にはたどり着けそうもない。

 喜一とともにグラウンドへと戻ると、そこは異様な空気に包まれていた。

 学年やクラス問わず、練習に励んでいたはずの生徒たちの足が止まり、ほぼ全員が1箇所に視線を集めている。

 その視線の先に居たのは俺たち1組のクラスメイト。遠目からではわからないが、1人が地面に倒れ、1人が数人がかりで押さえつけられている。

 明らかに普通ではない光景だ。


「おい、あれやべえんじゃねえか?」


 焦りを見せる喜一に同意し、俺たちはクラスメイトの元へと駆け寄った。

 他クラスが動揺を見せる中、淡々と練習を続ける3年1組を横目にグラウンドを大回りに走り抜け、張り詰めた空気の中心へと近づく。

 顔が認識できるようになった距離で、2人の生徒たちの正体がはっきりする。

 倒れていた男子生徒は数名の女子生徒がその周りを取り囲み、頬に受けた傷の心配をしていた。周防邦好。クラスの中心人物の1人だ。

 そしてもう1人。彼を殴ったと思われる人物は、今や周防と並ぶ1年1組のリーダー的存在、君下篝だった。

 体育祭のシーズンに入ってからというもの、2人は度々意見が分かれていた。いずれこうなるだろうと予想はしていたが、思っていたよりも早かったな。

 周防を観察する限り、彼は他者との争いを好まない。自分の意見を心に押し込めてでも他人を優先してしまう。

 そんな人物像を立てていたが、俺の見立ては間違っていたのかもしれない。

 或いは、暴力行為を始めとして他者の尊厳を損なう行為に厳しいこの学校で、早々暴力沙汰など起こらないと楽観視していた見通しの甘さか。

 いずれにせよ、この状況は少し面白い。

 周防と君下。この2人の対立によって、クラスはさらに二分される。


「君下、謝りなさいよ。こんなことしてタダで済むと思ってんの?」


 女子の中でも気が強い……確か平野だったか。彼女は周防を庇うように2人の間に入り、自分よりも随分とガタイの良い君下にも臆せず立ち向かう。

 対する君下は相手が女子であるせいか、どこか様子がおかしい。怯んでいると言うべきか、少したどたどしい口調で「うるせえ」と吐き捨てる。

 クラスメイトであってもその性格について俺はよく知らない。

 ただ、意見の相違によってカッとなった、という単純な話にも見えなかった。

 こんな時、以外にも女子は強かなもので、平野に便乗していくつもの声が君下を責め立てる。

 分が悪いと思ったか、周防を殴ったことへの罪悪感からか、君下は舌打ちを鳴らすとそのまま校舎の方へと歩き出す。

 彼を慕っている様子だった取り巻きたちも君下を追って姿を消した。


「なんか、聞いてた話と違えな。思ったより大人しいっつうか……いや、殴ってる時点でキレやすい性格なのは間違いねえんだけどよ」


 喜一の意見には同意だ。俺も喜一に聞いた話から彼の人物像を勝手に想像していたに過ぎないが、『怒らせるとヤバいやつ』というレッテルにはどうにも見合わない。

 とは言え、今の君下に俺が話しかけたところで相手にされないのは目に見えている。

 今は取り巻きたちに任せて俺は周防から情報を引き出そう。

 この場に残ったのは女子全員と君下グループにに属さない男子たち。要はクラスのほとんどが周防側についている。

 体育祭の練習が始まって君下の立ち位置が上がったとは言っても、これまでの功績を考えれば周防を慕う人間の方が多いのは当然のことか。俺や喜一のようにどちら側でもない生徒もここに居るだろうけどな。

 周防は女子の肩を借りて立ち上がると、残った生徒たちに言う。


「空気を悪くしてごめんね。練習を再開しよう」


 この状況においても大したリーダーシップだ。この状況だからこそ逆効果だけどな。

 案の定、女子たちからは周防を心配する声が上がる。


「でも周防くん、怪我が……」

「大丈夫だよ。僕は何ともないから」

「大丈夫じゃないよ! 保健室に行こう?」

「そうだよ! 練習なんて後から取り返せるよ! 今は怪我を診てもらった方がいいよ!」


 確かに内容次第ではたった1日の練習くらい他の時間で補えるだろう。

 しかし、既に他クラスから大きく離された現状ではそれも難しい。勝利のためを思うなら、一分一秒も惜しいところだ。

 周防もそれは理解しているらしく、首を横に振った。


「今日できることは今日しておかないと、絶対に後悔するよ。僕はちゃんと参加できないかもしれないけど、みんなにアドバイスくらいはできるから」


 周防がどれほど勝利に貪欲なのかはわからないが、少なくとも彼の言葉からはチームの勝利を願う気持ちが見て取れる。

 クラスメイトたちもその気持ちはしっかりと伝わったようだが、やはり迷いが見られる。

 俺自身は勝利にこだわりはないが、これはチャンスかもしれないな。

 この状況に至った経緯を知るには当事者に聞くのが一番だ。俺はこの機を逃さず、スっと手を挙げる。


「よかったら俺が保健室まで連れて行こうか」


 まさか俺がそんなことを言うとは誰も思わなかったようで、この場にいる全員の視線が集まる。居心地が悪いったらないな。


「天沢君……でも、君の練習は?」

「俺が出るのは棒倒しと借り物競争だからな。今できることもほとんどないし、練習に支障が出ないのは俺かと思ってな」

「それは……でも……」


 納得しかけた周防だったが、まだ懸念があるようでクラスメイトをぐるりと見渡す。

 彼の心配も織り込み済みだ。喜一の背中を押して、無理やり彼に注目を集める。


「周防が抜けている間は喜一が代わりに仕切る。これでも運動神経は良い方だし、これでも案外頼りになる男だ」

「これでもこれでもって一言余計なんだよ」


 文句を言いつつも俺の提案は否定しない。

 周防のように積極的にクラスを牽引する性格でもなければ、君下のように突出した能力を持っているわけでもないが、こういう不測の事態に頼れるのが岩下喜一という男だ。

 喜一の身体能力のステータスはBとそれなりにあり、クラスの中でも人間関係を良好に築いている。

 特別目立つ人物ではないが、彼に悪い印象を持つ生徒はそういない。周防が抜けた穴を埋める代理人としては最適と言えるだろう。

 俺の提案に対し、残された彼らは多少不安げに近くの人間と目配せし合うが、提案をひっくり返すほどの代替案も出ないのだろう。最終的には首を縦に振り、賛同の意思が示される。


「そういうことだ。頼んだぞ、喜一」

「……ったく。わかったわかった。じゃあ早速だけど、今日はグラウンドの利を活かして──」


 喜一はひらひらとこちらに手を振りながらクラスメイトたちへ指示を出し始める。

 ここは任せて先に行け、というやつだ。違うか。何を言っても無駄だろうから好きにしろ、だな。

 ともあれこの場は喜一に任せて問題ない。俺は自分の仕事をこなそう。


「肩、貸すか?」

「ううん、1人で歩けるよ。だから、天沢君も残った方が」

「いや、怪我人を放っておくわけにはいかない。周防を放ったらかしにしたと知れれば女子に何を言われるかわかったものじゃないしな」


 その光景が容易に想像できたのか、周防は困ったように笑う。

 周防はその人柄の良さと整った顔立ちから女子の人気が高い。

 自分で提案しておいてその責任を放棄すれば批難を浴びることになるだろう。

 それに、周防には聞いておかなければならないこともある。そのために2人きりの状況を作ったんだ。

 周防の背中に手を当て、誘導するように保健室を目指した。

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