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7、森の外へ


 迷いの森で闇の眷属と戦った。


 リリーの力を目の当たりにしたフォルティスは、彼女に『強い』ですねと言葉を掛けた。


 ただこれには、リリーの正体を探る牽制も込めていた。並の人間が苦戦する敵を瞬殺したあなたは何者ですか、と。


 ダークストーカーは、そこらの騎士でも苦戦する相手。それを森に住む可憐な少女がいとも簡単に倒してしまったのだ。これが普通とは考える難い。


 少しは戸惑って、ヒントが得られるかと思ったら、リリーの反応は、フォルティスの予想と違った。まさか逆に賞賛してくるとは。


 フォルティスは、常人のそれより遥かに強い剛力を持っていた。それこそ重装備の装甲を叩き切り、魔獣の強靱な外皮さえ簡単に切り裂いてしまうほどの。


 そしてその力を、周りが恐れていることも知っている。


 だがこの剛力を、リリーは褒めてくれた。それはとても珍しいことで、他人から――特に王子と知らないはずの人間から言われるのは驚きであり、心を弾ませた。


 それに――


(ひとつ、確かなことは、彼女は魔族とは関係ないし、邪悪な存在ではない)


 リリーは、フォルティスに対して敵意がない。この迷いの森というアウェーで、敵ではないものの存在がはっきりしたのは、少し気分が落ち着いた。


 そう。ここまで、フォルティスは敵かも知れないリリーとそばにいて、ほぼ緊張をし続けていたのだ。助けてくれた恩人と、心から思えるようになれたのは前進である。


(とはいえ、人間なのだろうか?)


 ダークストーカーを退けた力。おそらく光の魔法だろうが、これはますます森の精霊――それも高位の存在ではないかと思えるのだ。むしろ、そうでなければ、いくら魔術師とはいえ少女が、闇の眷属を倒せるはずがないのだ。


 迷いの森を進む。リリーは、そこらで拾ったようなボロい木の枝のような杖を使って、どんどん進んでいく。


 若干モヤがかかり、不気味ささえある迷いの森を、こうも自信ありげに進めるのは本当に出口がわかっているのだろう。


 頼もしくはあるが、だからこそ人間とは考えにくかった。森の精霊説が、ますます強くなっていく。


「あ、フォルティス様。もうそろそろ森の境界ですよ!」


 リリーが声を弾ませた。モヤだった白いものが、日の光に変わっていた。漂っていて気配も変わり、普通の森に見える。


(あぁ、とうとう森から出られる……!)


 嬉しさが込み上げ、ここまで案内してくれたリリーへの感謝の気持ちもよぎる。だが同時に別の緊張が脳裏にちらつく。


 次の関門だ。何とか彼女を、屋敷に連れて帰ること。助けたい人がいるのだから。



   ・  ・  ・



 迷いの森を出た。


 リリーは思わず伸びをした。


 十日前にこの森に飛んで実に初めて外に出た。どこまでも広がる平原。そして遠くに村らしきものが見えた。


「フォルティス様、お疲れ様でした」

「ああ、うん……。ありがとうございます、リリーさん」


 一瞬妙な間があったが、フォルティス王子は、ペコリと頭を下げた。王子であることを隠しているとはいえ、その身分を知っているリリーとしては、やはり慣れないものである。


「いいえ。お送りできて、よかったです。それでは無事にご帰還できることをお祈りしております」


 リリーは頭を下げる。案内は済んだ。外の世界では、自分のことがどう伝わっているかわからないので、迷いの森に引き返すのが吉なのである。


「あぁ、リリーさん。その前に――」


 フォルティス王子が引き留めた。


「リリーさんには、本当に助けられました。ぜひお礼をさせていただきたい」

「お礼、ですか……」


(いやー、別にいいですよ、そういうの)


「もしよろしければ、私の屋敷に来ていただけませんか? お金も出しますし、それ以外にも何か欲しいものがあれば、可能な限り手配致します」


 真剣な顔のフォルティス王子。呪いを解いて命を助けたのだから、お礼がしたいというのはリリーも理解はできる。


(……でもお金は、別にいらないのよね)


 森に引きこもって間、お金が必要になったことは皆無だった。そもそも他に誰とも会わなかったから、商売や交渉も発生しない。


 アーカイブと魔法があれば、必要なものは全て揃うから、不足もなかった。


「ぜひ、お礼をさせてください、リリーさん」


 フォルティス王子の真剣な眼差しが突き刺さる。その綺麗な瞳で凝視されて、リリーは体中の血液が沸騰するような熱を感じた。


(刺激が強すぎる……!)


 美形の王子様の熱心な視線は、こうも人の心を掻き乱すのか。親しい異性との付き合いがほぼないリリーには、免疫がなかった。


「それとも、森から出られない理由があるのでしょうか……?」


 森を離れられない理由――そんなものはない。たまたま、気づいたらこの未開の森にいた。それだけなのだから。


「いえ、別に理由は……」


 そう口にして、しまったとリリーは思った。理由があれば、この王子様の誘いを断る口実ができたかもしれなかったから。


 とはいえ、理由を尋ねられたら答えがすぐに浮かばなかったから、そこで余計困ってしまっただろうが。


「そうですか。でしたら、ぜひに私の屋敷に来てください」


(どうして、フォルティス様は、私を熱心にお屋敷に誘おうとしているのかしら?)


 一目惚れ……はあり得ない。リリーは自分の容姿については、悪くはないが良くもないという自己評価を持っている。


 父はかつては『可愛い』『美しい』と言ってくれたが、親馬鹿な意見は参考にもならず、後妻のシアスやその連れ子のフレサなどは、貶すことはあっても褒めることはなかった。仕えていた人々からも取り立てて何か言われたこともなく、引きこもりだから、それ以外の人とまず接触したことがない。


 社交界も、シアスとフレサが行くばかりで、他の貴族のことも名前くらいしか知らないくらいだ。


(もしかしたら、私がヴェンデラー伯爵の娘であることを気づかれた?)


 フォルティス王子が、封印の魔物と戦い、迷いの森に来た話を考えると、神官殺しの件を知っていたかは微妙なところではあるが、万が一にも知っていたなら……。


「フォルティス様。聞いてもよろしいでしょうか?」

「何でしょう、リリーさん」


 一瞬、王子の表情に緊張が走った。そのわずかな変化をリリーは見逃さなかった。


「どうして、私をそれほど招きたがるのでしょうか? ……命の恩人だから? それはわかりますが、それとは別の何かが、あるのではないですか?」


 リリーの言葉に、フォルティス王子は完全に固まった。

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