4、何者ですか?
室内でフードを被ったままというマナー違反をやらかし、取ったリリーだったが、何故か、フォルティス王子は固まってしまった。
(何故、そんなじっと見つめるの……?)
リリーも震える。王子がイケメン過ぎて、リリーは別の意味で激しく緊張した。こういう若い異性から凝視される経験が、リリーにはなかった
自分の顔に何かついているのか――そう思った時、ようやく王子はハッとしたような顔になった。
「し、失礼しました。レディーの顔をそんなマジマジと見つめるものではありませんね」
「え……ああ、はい。そうです、ね」
まだ胸がドキドキしていた。王子様が素敵過ぎていけない。リリーは料理を指し示しながら、早口になる。
「じっくり煮込んだコーンスープとパン、あと果汁を絞ったジュースになります」
わなわな……。
「あぁ、これはご丁寧に。……シチューかな? 変わっていますが……ああ、匂いがたまりません。いただいても?」
「ど、どうぞ」
王子様のお口に合うのか? 不安でたまらない。料理人でもないリリーである。アーカイブで知った料理は美味だが、王子が気に入るかは別問題。身分を隠して騎士と名乗ってはいても、気に入らなければ、首を跳ねられるということもあり得る。
フォルティス王子は、トロトロに溶けた黄色いスープをスプーンですくう。湯気をたてるそれを一口。
(あ、そういえば、王子様は食べる前に毒味とかしなくてよかったのかしら?)
なにも言わなかったが。注目していると、フォルティス王子は目を見開いた。
「これは……美味しい。トロリとしていて、温かくて、優しい味ですね」
「あ、ありがとうございます」
どうやら、お口に合ったようだ。リリーは無意識のうちに息をついた。
よほどお腹が空いていたのだろう。パンもスープもどんどん食べていく。リリーは王子の食事を見守る。
(いいなぁ、私の用意したものを美味しそうに食べてくれるなんて……)
ほんわかした気分に浸っていたら、フォルティス王子は食事を終えて、ふぅ、と小さく息をついた。
「大変美味しかった。温かい食事というのは、あまり食べたことがなくて。いいものですね」
「お粗末さまでした」
リリーは頭を下げるが、フォルティス王子は苦笑した。
「ああ、そこまで畏まらないでください。私は、一騎士ですから」
あくまで王子ではありませんと白を切るつもりのようだった。
(騎士だろうと、平民からしたら『様』付けで敬うものなんだけど……)
リリーとて、あまり経験がないので、騎士というものはイメージで語っている部分も大きいが、記憶違いでなければ、農民が『騎士様』と呼んでいたはずだ。
「ところで、リリーさん、よろしいですか?」
「はい、何でしょうか?」
さん付けをされて、こそばゆいものを感じる。呼び捨てでいいのに、と思うが、身分を隠していても王子様。迂闊なことを言う度胸はなかった。
「単刀直入に言います。あなたは何者ですか?」
(っ……)
ヴェンデラー伯爵家の娘です、とは答えられなかった。森の外では神官殺しとして手配されている可能性が高い。
迷いの森とヴェンデラー伯爵領は離れていると記憶しているが、この近辺にも手配書が出回っているかもしれない。
教会の勢力は国全土に及んでいるから、神官殺しともなれば国中の教会関係者の耳に入るに違いない。
「迷いの森に住んでいる魔術師――」
フォルティス王子は言った。
「しかも黒き魔の呪いすら解除できてしまう実力者。只者ではないでしょう」
(聖女で、勇者で、賢者です……)
これも言えない、とリリーは視線を逸らす。
(何と言って誤魔化せばいい……?)
この森で過ごして、初めて遭遇した人間だ。家にまで招いてしまった以上、さすがにだんまりはできない。
(……どうしよう、何か言わないと怪しまれるぅ)
「わ、私は――」
焦る心。声が震えないように、何とか踏みとどまる。
「お恥ずかしながら、人の多い場所が苦手でして。……こうして深き森にて隠者をしているのです」
嘘は言っていない。ここ数年、伯爵邸でも引きこもりだった。
「では、私の身柄はどうなるのでしょうか? リリーさん」
「はい……?」
(身柄……とは?)
怪訝に思うリリーに、フォルティス王子は言った。
「私はこの森から出られず、呪いで死を待つのみだった。そこを助けたのは、あなたですリリーさん。私はあなたに拾われた。つまり、私を生かすも殺すも、あなた次第ということです。……私をどうするおつもりですか?」
どうするとは――急に言われても困惑するしかないリリーだった。
(これは彼を助けたお礼に対価を要求していいということかしら……?)
普通だったならどうだろうか? やはり、助けたのだからお礼しろというのが正しいのか? 外部の人間との経験が少ないリリーには、正直よくわからなかった。
(相手は王子様。困っていたならお助けするのは、当たり前じゃないの?)
どう答えるのが正解かわからず、リリーは戸惑うしかなかった。だがこのまま黙っていては、心証が悪くなるだけである。痛い腹を探られるのは避けたい。
(ええい、どうにでもなれ!)
リリーはフードを再び被ると、ニコリとした。
「別に何もしませんよ?」
(笑顔を貼り付けて。家でもシアスやフレサと関わらないように逸らしてきたじゃない。欺け。演じろ。無害を装え!)
「何も……?」
「ええ、私は騎士様に何もしませんよ」
呪いを解いて、その命を拾いはしたが、対価が欲しくてしたことではない。
「森から出られず困っているのでしたら、森の外までご案内しましょう。繰り返しますが、私はあなたから何かを求めるために、お助けしたわけではないですから」
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