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3、森の一軒家


「不思議な人だ。ここがどこだか知らずに住んでいるなんて」

「はは……」


 フォルティス王子から、そう突っ込まれては苦笑するしかないリリーである。


「案外住んでしまえば、普通の森ですよ」

「変わってますね」


 ぐうの音も出ない。迷いの森――人を惑わす森で、入ればほぼ出るのは不可能という大森林である。


(家の書庫で読んだわ……)


 引きこもりリリーの趣味は読書である。


 草を掻き分けて、やがて森の中に一軒家が現れる。フォルティス王子は驚いた。


「本当に家がある……!」

「さあ、どうぞ」

「リリー、あなたはひょっとして、隠者なのですか?」


 都会や集落を離れて、山や森にひっそりと暮らす者。隠れ住む者とも言われるが、犯罪を犯して隠れている者たちとは、また別の存在として見られる傾向にある。


「え、ええ、まあ……そんなところです」


 誤魔化すしかないリリーである。フォルティス王子は言った。


「呪いが解ける魔術師……。世に知られていれば、引く手あまたでしょうに……」

「いや……まあ……」


 そういうのが嫌で引きこもっている、ということで認めてくれないだろうか、とリリーは思う。


 さて、肝心の家である。造りはしっかりしているし、見た目も手入れがされていて綺麗だ。少なくとも貧乏人の家には見えず、王都でも中流家庭の家っぽさはあった。


 扉を開ける。家財道具もまた一般家庭に比べれば、アンティークがかって豪華ではあった。

 というのも、これら全部、リリーが魔法で作ったからだ。そこらにある土や砂、岩、木などを変換の魔術で作り替え、賢者の知恵『アーカイブ』を用いて一軒家を建ててしまったのである。


「正直、王――い、いえ騎士様をお迎えできるほどのものではありませんが……」


 危ない。つい口を滑らせてしまうところだった。フォルティス王子は、騎士を名乗り、その本当の身分を隠すつもりだ。名乗っていないものを当ててしまったら怪しまれて当たり前である。


「どうぞ」


 リリーは、王子に椅子を勧めて、自身は奥へと引っ込む。フォルティス王子は物珍しさにキョロキョロしている。見られていないのを確かめて――


「アーカイブ、料理」


 リリーは小声で唱えて、万能知識書を引っ張り出す。


「一日くらいなら、何を出しても大丈夫かしら」


 めくるたびに様々な料理が出てくる。それも色のついた絵もついていて、完成型がわかるのも素晴らしい。最近のリリーは、毎食アーカイブに記載されているものの中から選んで食べている。


「あまり待たせるのもよくないよね……。パンはいいけど、固いパンを出すのは失礼だよね。王子様なんだから柔らかな白パンが普通だろうし……」


 フォルティス王子が待っているとなると、急かされているわけでもないのに急いでしまう。どうしたものかアーカイブと睨めっこの末、ようやく魔力を集めて、材料の具現化。そして調理を開始した。



  ・  ・   ・



 いったい何者だろうか?


 フォルティスは、奥へと消えていくリリーを見送り思った。


 庶民の家に見えて、調度品は案外整っていて、かつて訪問した騎士や下級貴族の家にもありそうなものに見える。


 一見質素に見えて、汚くない。不潔感がなかった。これまたかつて平民の家を拝見したことがあったが、正直、家にあるものに触れたいと思わなかった。


 わからないのは、リリーと名乗った娘だ。


 迷いの森は魔獣も生息する。入った者が出てこない理由は、単に迷子になっただけではなく、生息する獣にやられてしまったのでは、という説も根強い。


 事実、フォルティスも呪いを抱えて、この森を進んだが、何度も魔獣と遭遇していた。


「……」


 そんな環境にも関わらず、リリーは生き残っている。魔術師らしいから、相当な実力者なのだろう。そうでなければ、この過酷な森を生き抜けるわけがない。


(もしかして、森に棲む邪悪な魔女なのでは……?)


 フォルティスはドキリとした。自分は、森を彷徨うものを引き込む魔女の根城に、まんまと連れ込まれてしまったのでは?


「……いや、それはないか」


 少し考えればわかる。邪悪な魔女が、呪いに冒された人間を助けたりするだろうか?


 呪いを解く代わりに何かを要求する、という悪魔の如き交換条件もあるが、すでに解いてしまっているのだから、それもない。


(助けたことで、何かを要求してくるかもしれないか)


 彼女が呪いを解いてくれたことは間違いない。であるならば、その恩を返せと言ってきてもおかしくはない。


 正体がわからないから、王子であることは黙っていたが、仮にフォルティスの本当の身分を知れば、法外な代価を請求してくるかもしれなかった。


「あるいは……」


 いま用意している食事に、何か毒物を混ぜてくる可能性もあるか? 疑い出すと切りがない。


 しかし何だろう。とてもいい匂いが漂ってきた。これはスープだろうか。


「お待たせしました、騎士様……」


 彼女が戻ってきた。



  ・  ・  ・



 作ってみて、あまりに質素だったので、軽く絶望しながらリリーは、フォルティス王子が座る席へ、料理を運んだ。


「ああ、先ほどからいい匂いがしていました」


 心底待ちきれないというような顔を向けてくるフォルティス王子。


(ああ、王子様の気遣いが痛い……!)


 ここまで来たら逃げることもできない。リリーは木製のトレイをテーブルに置いた。


「失礼ですが、リリーさん?」

「は、はい?」


 何か粗相をやらかしたか――リリーの背筋が伸びた。


「室内ですから、フードは外されては?」

(ああ、被ったままだった……!)


 ようやくそれに気づき、リリーは被っていたフードをはずした。隠していたわけではないが金髪がこぼれ出る。


「大変、失礼しました。……あの、騎士様?」


 リリーの顔を見て硬直しているフォルティス王子。はて、どうしてそんな凝視をするのか?

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