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2、リリー、王子様を拾う


 フォルティス・ゲオマリーは王子だ。


 王城にでもいて、優雅な生活を送っていてもおかしくない王族が、どうしてこんな森の中で倒れているのか?


 それはともかく、鑑定結果に見逃せない表示が見えた。


『呪い』


 闇の魔物と戦い、倒した代償に黒き呪いを受けるとある。


「……」


 リリーは、倒れている王子の傍らに膝をつくと、うつ伏せのその体を仰向けにする。多少土がついたが構わない。


 確かに、フォルティス王子の肌に黒い染みのようなものが広がっている。放置しておくと、呪いが全身に広がり、魔物化するか、あるいは死を迎えるという。


(苦しそう……)


 かすかに息がある。黒髪に美麗な顔立ち――しかし今呪いによる苦痛のためか歪んでいる。その痛みを取り去ってあげたい……その思いは、今のリリーならば叶えることができる。


(何といっても私、聖女だから!)


 彼を膝枕しつつ、リリーは両手を合わせて祈りの姿勢を取る。


(私に流れる聖女の力。悪しき呪いの血を取り除け……!)


 十日前、リリーは儀式で、聖女、勇者、賢者の適性を持っていることがわかった。そしてそれは自身の心に呼びかけることで、力を引き出せる。


 リリーの体から、淡い緑の光が溢れる。緑は癒しの力。生命に溢れ、自然が踊る。その力は闇を取り除き、失われていた活力を呼び戻した。


 フォルティス王子の体に浮かんでいた黒き呪いも浄化され、苦痛に歪んだ表情もまた安らかなものに変わっていく。


(これでよし)


 このまま何事もなく立ち去ろうか、とも考えたが、そこで気づく。ついうっかり膝枕してしまったことに。


 これはよろしくなかった。


(眠っている彼を起こしてしまわないかしら……?)


 安らかな寝顔。リリーの胸の奥がドクンと跳ねた。


(っ……! この王子様)


 素敵な顔立ちだと思った。思い返してみれば、リリーはこれほど異性と接近したこともなく、当然、膝枕なども本で知った架空の行為でしかなかった。


(まるでお伽話みたい……)


 王子様を助ける、だなんて。勝手がわからず、どうしたものかとあたふたしてしまう。リリーはここ最近まで引きこもりも同然だったので、こういう事態にはどうすればいいのか思いつかなかったのだ。


「アーカイブ!」


 なので、賢者の知恵を借りることにした。賢者の能力、万能知識書を異空間から引っ張り出すと、よい対処法がないか探す。


「ん――」

「!?」


 王子の頭が膝の上で動いた。思わず見た時、彼の瞼がうっすらと開き、緑色の宝石のような瞳が、リリーの目と合った。……合ってしまった。


 あわあわ――


「マリー……」


 ついて出てきたのは女の名前だろうか? いきなり何を言い出すのか。たぶん寝ぼけているのだ、と思った。


「いいえ、リリーです」

「……」


 これは恥ずかしい。王子が、ではなく、リリーが。真顔をされてしまい、リリーは赤面してしまう。


(やっぱりこの距離、近い……!)


 しかし、相手は王子なので頭をどけてください、とは言えない。そもそも彼の頭を膝に載せたのはリリーである。


「あ、すまない……!」


 王子もそれに気づいたが、上半身を起こした。おかげで膝が軽くなった。


「助けてくれたのか、君が……?」


 君――さっきはお前だったような、と思いつつ、リリーは頷く。王子様とお話など初めてなので緊張した。


「ない! 俺の体の呪いが……?」


 慌てて、自分の体を見る王子。ちら、とリリーを見たので、その時になって彼女も頷いた。


「わ、私が呪いを解きました。苦しそうだったので……」

「君が、呪いを……?」


 怪訝な顔をする王子。これは何かやってしまったか――リリーが理由なき後悔をした時、彼がズイと顔を寄せた。


「君は呪いが解けるのだな? 魔術師のようだが……?」

「は、はい……」


 聖女の力で、とは言えなかった。何せ、今この国に『聖女はいない』ことになっている。いや、十日前の事件と結びつけられると非常に立場が危うくなるので言えない。


「俺はフォルティス・ゲオ――」


 王子は言いかけて、急に口をつぐんだ。リリーは首を傾げる。


「あーあー、すみません。私はフォルティス。王国に仕える騎士です」


(騎士と名乗った!?)


 本当は、ゲオマリー王国の第二王子なのに。鑑定でそう出たのだから嘘だとわかるのだが……。


(つまり、正体を隠したいということね)


 何故、嘘をついたのかは知らないが、そちらがそのつもりならば、リリーも鑑定結果などおくびにも出さず言った。。


「これは騎士様。私は、リリー……」

(しまった……)


 今度はリリーが詰まる番だった。フォルティスは眉をひそめる。


「リリー?」

「はい、ただのリリーです。見ての通り、魔法使いです」


 ヴェンデラーの名前を出すわけにはいかなかった。リリーを陥れたフレサと、彼女の母シアスがどんな悪評をばらまいているかわかったものではない。神官殺しとして捕まれば、ただでは済まない。


「そうですか。まずは、リリー。助けてくれてありがとうございます」


 王子は礼儀正しかった。ファミリーネームなし――つまり庶民と思われただろうリリーにも、このような態度で接するのだから。


 伯爵家にいた頃、シアスもフレサも、家にいる使用人や出入りする商人や一般人に、ひどく横柄な態度を取っていたのを見てきた。貴族とは偉いのだ、と絵に描いたような態度を、冷ややかに見ていたリリーではあった。


(それがどう、この王子様の態度。素敵じゃない?)


 ただ身分を隠したところは、何か含みがあるのだろうが。

 その時、ぐぅ、とお腹の虫が鳴いた。王子のお腹が。


「あぁ、これは……失礼。携帯食もなく、昨日から何も食べていないので」


 どれくらいこの森にいたかは知らないが、土と泥だらけのブーツを見れば、かなり長く森にいただろうことは想像できる。


「よろしければ、近くに家があるので、何か食べていきますか?」

「食べ物があるのですか? それはありがたい! 呪いが解けて、急に食欲が湧いてきましたから」


 フォルティス王子は穏やかに言ったが、やや表情を堅くする。


「しかし、リリー。ここは『迷いの森』という異界……こんな場所に家が住んでいるなんて――」

「へ? 迷いの森?」


 知らなかった。リリーは愕然とした。十日前、儀式から転移し『どこか』へすっ飛んだ彼女は、気づいたらこの森にいた。そして誰とも会わなかったから、ここがどんな森なのか、まったく知らなかったのである。

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(※この物語は、皆様の応援で投稿ペースが変わります)

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