15、その頃の母と娘
ヴェンデラー伯爵家に残っていたシアスは、娘フレサが聖女で勇者になったことを殊の外喜んでいた。
元々、贅沢三昧に慣れた女である。ヴェンデラー伯爵家にやってきた後も、伯爵家の財を使い潰してきた。
かくて十年の月日が流れ、そろそろ伯爵家での贅沢にも限度が見え始めた頃の、聖女発覚である。
伯爵の実子であるリリーが儀式で聖女を引き当てたが、それをフレサに横取りさせた。もしかしたら、という想像がまさか現実になるとは、シアス自身も思っていなかった。
だが、予め打ち合わせにしていた通り、フレサは、その万が一の事態に上手く対応した。これを聞いた時、シアスは喝采したものだ。
よくも果たしたものだ。万が一、億の一が発生したとして、想定した通りの結果になるとは限らない。
同じく儀式の場に赴いたフレサは、リリーが何事もなく儀式を終えた後、自分はあどう神官を言い含めて儀式を回避するかに意識を向けていたはずだ。
また、状況に対応して、よく神官を一撃で殺害した。よほど剣を振り込んだ脳筋令嬢でもなければ、貴族の娘が人を殺すなどそうそうできるものではないのだ。
ともあれ、フレサはまんまと聖女となり王都に向かった。聖女となれば、一生にお金に困ることはない。国が保護してくれるし、聖女がへそを曲げないようにあらゆる便宜を図ってくれる。
それだけ、ゲオマリー王国において、聖女は大きな存在だった。
……なに、聖女の力などなくても、ここ100年、聖女が必要になるような事件も起きなかった。この王国は平和だ。バレはしない。
シアスは、聖女の母として、聖女の力の恩恵を得ようとする者たちからの貢ぎ物を得る。フレサは王都で贅沢ができるだろうが、遠くヴェンデラー伯爵領にもその恩恵がくるのである。
聖女誕生の光は、夜だったこともあり王国のかなり広い範囲で目撃されていた。そしてフレサ・ヴェンデラーが聖女だったという話も、あっという間に広がった。それだけ聖女誕生は一大事だったのだ。
フレサは王都へ旅立ったが、シアスを訪ねて、近隣貴族や商人たちが贈り物を持って、ヴェンデラー伯爵領に相次いで訪れていた。
「シアス様、ご機嫌麗しゅうございます」
あからさまなご機嫌取りにかかる来訪者たち。聖女と関係を作っておけば、重病を患っても助けてもらえる――そう言った魂胆であろう。
この世界には魔法があり、治癒、回復の魔法はあるが、主に教会が独占していた。また必ずしも全ての病を治療できるわけではなく、しかも謝礼に法外な値段を要求されることもしばしばあった。
故に、同じく金はかかろうとも、ほぼ確実に治すことができるだろう聖女にコネを作っておこうというのだ。
浅ましいと思う。しかし、貢いでくれる分には、シアスも愛想笑いのひとつも浮かべてやるのだ。
だが先触れで、来訪者の数が日ごとに増えていくのを知ると、シアスもあっさりと方針を転換するのである。
つまり、えり好みとお土産の質を見るようになったのだ。
まず、シアスはやってきた来訪者を男のみに限定した。特に若くてハンサムな男子の場合は、あからさまに贔屓をした。場合によっては、肉体関係さえ強要した。聖女とのコネが欲しければ一夜を共にしろ、というのである。
次に貢ぎ物の高価さ、ないし高額な『寄付金』を強要した。あからさまに低い、安いと感じれば、そんなことでは聖女は来てくれませんよ、と脅し、高額なら高額で、そのように『王都にいる聖女に働きかけましょう』と何となくぼかした言い方をした。必ず取り次ぎましょう、などと約束はしなかったのである。
そして噂は広がる。とかく聖女のコネを得たいなら、聖母のご機嫌を取れ。見た目のよい若い男子を使者にするとよい。貢ぎ物を増やせ、などなど。
これによって、シアスは巨額の『寄付金』を得たが、これを傾きつつある伯爵家に、ビタ一文使わなかった。
すべて、自分の懐に納めて、豪華な食事に買い物、男漁りに散在したのである。
もちろん、この手の悪い噂というのは広まるのも早く、シアスに対する評判は目に見えて悪くなった。
また、長年のヴェンデラー伯爵領での、シアスとフレサの贅沢のツケを支払ってもらおうと、古くから伯爵家と付き合いのある商人たちが清算に集まった。
彼らは十年前にやってきた後妻親子のことを、好ましく思っていなかったのだ。金があるうちに今までのツケを取り戻そうという魂胆である。
それに対して、シアスは即金で清算した。どうせ聖女の加護目当ての者たちが、後から後からやってくると思っていたのだ。放っておいてもお金が貢がれるのだから。
お金は消えたが、すぐにまた贅沢ができるほどお金が得られると思った。
だが、ある時から急に来訪者が減った。
平和なヴェンデラー伯爵領にいてはわからなかったのだが、王国の至るところで、封印の魔物の復活や魔族の攻勢が発生。それぞれの領地で、これらの敵の対処に追われることになったためである。
結果、シアスの思惑が外れるのだが、さらなる問題が彼女に降りかかることになるなど、この時は微塵も想像できなかったのだった。
・ ・ ・
その頃、ゲオマリー王国王都、レーヴェン城。
フレサは青ざめていた。今日も顔を見せた大将軍と大司教が頭を下げた。
「聖女様、お加減はいかがですかな?」
「ええ、実はまだ……」
声を振るわせるフレサに、大司教は頷いた。
「顔色がよろしくありませんね。真っ青ですよ? 大丈夫でしょうか?」
「あまり、よろしくないです……」
ここ数日、ずっとベットで仮病を演じている。当初思い描いていた贅沢三昧など、幻想であったかのような日々。真実が露見することを怯え、いかにやり過ごすか、そればかりがフレサを責め立てていた。
真実が明るみになれば、命はない――だから自然と震えが止まらなくなるのだ。
「しかし、異なことをおっしゃる」
熊のような大男である大将軍は、眉をひそめる。
「あなた様は聖女であらせられる。そのお力で、自らをお癒しになられればよいのではありませぬか?」
「っ……!」
フレサは言葉に詰まる。大将軍の目はどこまでも真っ直ぐ、フレサを見つめていた。疑っている――フレサは予感した。大司教は黙って、成り行きを見守っている。
早く聖女に役目を果たしてほしいのだ。この場に、フレサの味方はいない。
「実は……」
フレサは静かに口を開いた。ずっと考え、何とか思いついた誤魔化す言い訳を。
「私は聖女の力を授かったのですが、まだその使い方がわからないのです」
「なんと……!?」
「ええ、授かって、その力の使い方を覚える前にこちらに来させられたので」
暗に自分のせいではない。王都に呼ばれたから馳せ参じただけ、とフレサは言っている。大将軍は頷いた。
「なるほど。確かに急な話ではありました。でしたら、早く力が使えるようにトレーニングしませんとな。……いかがですかな、大司教殿」
「左様で。時は待ってはくれませんからね。聖女様がお力を使いこなせるよう、我ら全力でサポートさせていただきますれば……」
フレサは益々青ざめる。やはり小手先の言い訳が通用しないのである。
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