13、帰れません
外は真っ暗だった。
今日は遅いので、我が城にお泊まりください、とフォルティス王子は言った。
リリーは、とても豪華な部屋にいた。
おそらく国賓を迎えるための部屋だろう。ベッドも大きく天蓋尽き。実家の伯爵家と比べものにならない豪華な家具や装飾に目が眩みそうである。
「どうしてこうなったのかしら……?」
守って欲しいとは言ったが、それがまさかここまで扱いが変わるなんて。
「どうして王子様が、私を目上のように扱うの……?」
王子様である。それより上は、兄王子と国王など王国でも数えるほどしかいないはずである。
「たかが伯爵家の娘に、『様』付けはないでしょ……」
ずぅん、と気分が落ち込んだ。王子は、リリーを誰と勘違いしているのだろうか。
(それとも、私が聖女で勇者だとバレた……!?)
その可能性もある。並の人間では解除できない黒き呪いを解除してしまったのだから。
(でもまあ、目立ちたくないって言ってあるし、守ってくれるって言ったから……)
いざとなったら逃げよう。リリーはそう言い聞かせて、落ち着ける。
(……)
落ち着かない。明日になったら帰るつもりではいる。しかし、フォルティスの言動がどうにも引っかかった。
(まさか、私を守るためについてきたりは……しないわよね?)
あの人は、この国の王子であり、同時にガイスト領の公爵でもある。本来ならこの土地に留まり、務めを果たさなくていけない。
だがリリーの傍に常にいるような口ぶりだった。彼は、自分のことをリリーを守る騎士と言ったのだ。それは生涯忠誠を誓った騎士が、どこまでも主君に付き従うが如くの振る舞いである。
(いや、フォルティス様が騎士として付き従うとか……!)
リリーは悶え、ベッドに倒れ込む。素敵な人。あんな容姿端麗な男子が傍にいて守ってくれるとか、まるでお伽話の騎士みたいだ。
引きこもりリリーは、読書と空想を糧に生きてきた分、その手の想像力は豊かである。
「でも――!」
繰り返すが、彼は王子なのである。個人に仕えるなど言語道断なのである。つまり、あり得ないのだ。
だから、心配しなくても、フォルティスはリリーに同行することはない。
『我が命は、あなた様のもの。あなた様に拾われた命』
(まるで私のモノみたいな言い方だったわ……)
王子として、公爵としての義務も捨てて、恩を返すつもりなのか。思い返せば、主従関係が出来上がっていないだろうか?
追放伯爵令嬢が主人で、王子が臣下――
「あり得ない」
リリーは額に手を当て、天蓋の裏を見上げた。考えれば考えるほど、モヤモヤしてくる。毛糸が絡まり、解けないように。
「ベッドがふかふかだわ……」
どれくらいそうしていたか、唐突に扉がノックされた。
「はい」
リリーはベッドから降りて、背筋を伸ばした。
「失礼致します」
入ってきたのは、メイドだった。二十代くらいの背の高い女性だ。
「リリー様、お食事の用意ができました。食堂へご案内いたします」
「あ、はい」
そういえば、お腹が空いてきたリリーである。メイドの丁寧な案内に従い、食堂へ。
てっきり、お城にいる人間が利用する大食堂を連想していたのだが、ついた先は王族専用の食卓だった。
(わお……)
細長いテーブルには、主であるフォルティス王子がいた。
「リリー様。今夜はこちらでお食事を用意致しました。コックたちも腕によりをかけております。森で、あなた様に頂いたお食事には劣るかもしれませんが、私たちの感謝の気持ちをどうかお受け取りください」
「まあ、ありがとうございます」
リリーはニコリと笑みを貼り付けた。幼い頃から貴族の令嬢として表情作りは鍛えてきた。心ない笑顔を即座に作り出すことなど容易い。最近でもシアスとフレサに絡まれた時も、それでやり過ごしてきた。
本音を言えば、堅苦しいのはごめんだった。伯爵邸での引きこもり生活でも、冷めた食事をひとりで食べるのには慣れていたから、果たして今とどちらがマシだろうか、などと考えてみる。
なに、比べるまでもない。伯爵邸では嫌がらせでしばしば不味い食事だったが、少なくとも今は、王族がふだん食べるような美味しいものが提供されるのだ。
・ ・ ・
冷めた食事ながら、やはり品がよく調理人の腕がよければ、それなりに美味しいものだとリリーは思った。
この冷めた食事は、毒見のせいだろう。王族は毒物の混入に備えて、食事にも気をつかう。国王や王子様となると、毒で倒れたというだけで国がひっくり返る騒動になるかもしれないから余計にである。
ただ、ここ十日間、アーカイブを参考に作った出来たて熱々料理を食べるようなっていたため、リリーの少々舌がこえてしまっていた。
食事中、リリーは今後の話をした。迷いの森に帰るつもりだと言ったら――
「では私も参ります」
フォルティスは真顔で言うのである。
「あなた様をお守りすると言いました。騎士として、一度口から出た言葉、違えるわけには参りません」
「あの、王子として、公爵としては、それでよろしいのですか?」
「……よろしくありません」
苦渋の表情を浮かべるフォルティスだった。
「ですが、すでに私の命はあなた様のもの。王子としての私は死んだものとしても、考えましょう」
(いいわけないでしょう!)
それを本当にやったら、王国から何を言われるかわかったものではない。王子が役目を放り出して、迷いの森の隠者のもとへ行った、なんて、これ以上なく目立つ。
(黙って逃げる? いや、この人、絶対私を探して追いかけてくるわ、きっと)
国中に、王子とリリーが指名手配されるわけだ。余計によろしくない。
「では、私がここに留まれば……フォルティス様は――」
「フォルティス」
「……フォルティスは、ここで仕事ができると?」
王子を呼び捨てにするなんて慣れない。フォルティスは頷いた。
「そうしていただけましたら、王子として、公爵としての務めも果たせます。もちろん、私は全力をあげてリリー様をお守りいたします」
「わかりました。ではまだしばらく、ここでお世話になります」
何かいい方法が思いつくまでは、そうするしかない。リリーは覚悟を決めた。しかし、彼女の中でそう悪いものでもなかったりする。
『国を敵に回そうとも、必ずあなた様をお守りいたします』
そう言ってくれた王子様に、悪い気はしなかったのだ。正直に言えば、リリーの中の乙女が守られたいという気持ちに満たされていたから。
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