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12、守ってください


 お礼をさせて欲しい、とフォルティス王子は言った。


 ここしばらく、屋敷でも引きこもりを通していたリリーにとって、貸し借りというのはいまいちピンと来ず、お礼どうこうというのもよくわからない。


 だから王子様からお礼をと言われても、返答に困ってしまうのである。


(お金もいらない、特に欲しいものもない)


 唯一の心配は、自分に着せられているだろう神官殺しの罪。これについては、無実を証明できるものがない限りは、口に出すべきではないだろう。


 下手に出してしまえば、たとえ命の借りがあろうとも、犯罪者として突き出されて処罰される恐れがあった。


(でも何も言わないのは、王子様のご厚意を無駄にしてしまうわ)


 幼い頃、両親に言われたものだ。貴族同士のやりとりの中で、相手の厚意を断るのは、面子を潰す悪手になりかねないから注意するように、と。


 そして今の相手は、王族なのだ。これは断るのはむしろ自分の身が危ういかもしれない。


「……では、私からお願いをよろしいでしょうか?」

「どうぞ」


 フォルティス王子はホッとしたような顔になる。


(やはり、恩返しの機会を断るのは王子様の面子を潰すところだったわ)


 内心安堵しつつ、リリーは言った。


「私を、守ってくださいますでしょうか?」

「……と、言いますと?」


 フォルティス王子は聞き返した。リリーは頷いた。


「私は迷いの森で隠者をしておりました。その……あまり目立ちたくないわけです」


 後妻やその娘、神官などに見つかるのは望んでいない。


「故に、今回のことで……少々目立ってしまったといいますか」

「あぁ、女神様」

「っ……!」


(そのムズがゆいのやめてぇ!)


 リリーは途端に赤面した。この城では、呪いを解いたところを大勢の人間に目撃されている。誰が言い出したか、女神などという始末。フードが取れただけで、女神呼びもどうかと思うが。


「目立ちたくないのです。死んでしまいます」


(有名になりすぎると、私を追っている人たちに見つかってしまうかもしれないので)


 リリーが言えば、フォルティス王子は頷いた。


「わかりました、リリーさん。あなたの身柄は、私、フォルティス・ゲオマリーが命を賭けてお守りいたします」

「あ、はい、ありがとうございます」


 命を賭けなくても、とリリーは思った。


(でも、これで有名になり過ぎないで済むわ。王子様がその気になれば、この件も揉み消してくださるはず)


 思わずニッコリするリリー。フォルティス王子は言った。


「他には、何かありますか?」

「え? あ、いえ大丈夫です」


 これ以上何を望めばいいのか? リリーが言えば、フォルティス王子が席を立った。どうしたのだろう、と見ていると、彼は机から回り込んで、リリーの眼前に膝をついた。


(ええっ……!?)


「私、フォルティス・ゲオマリーは、リリーさん、いえ、リリー様を全身全霊を懸けてお守りすることを誓います」


 突然の『様』付けに、リリーは驚愕した。フォルティス王子は続ける。


「我が命は、あなた様のもの。あなた様に拾われた命。たとえ世界があなたを狙おうとも、それで家族兄弟、国を敵に回そうとも、必ずあなた様をお守りいたします」

「フォルティス様!?」


 さらりと恐ろしいほどの重い言葉に、リリーは思わず席を立った。フォルティス王子は、リリーの手を取った。


「我が主。どうぞ私のことは、フォルティスと呼んでください。私は、あなた様のもの。あなた様をお守りする騎士、どうか――」


 あわわわ――言葉にならなかった。美形の王子様に跪かれ、リリーの頭の中は煮えたぎる鍋のように沸騰していた。熱が出てしまったと思うくらい顔が熱く、胸も痛いほどドキドキしている。


 どうしてこうなったのか? わからない。本当にわからない。



  ・  ・  ・



『私を、守ってくださいますでしょうか?』


 そのリリーの言葉の意味を、フォルティスはすぐに理解できなかった。


 聞けば、ここにきて周りから『女神様』などと形容されたことが、大変居心地が悪いとのことだった。


 迷いの森などという魔境に住んでいた隠者である。おそらくただの人間ではあるまい。魔法とは言っていたが、背中に翼を生やしたり、高位の治癒術士ですら解除できない封印の魔物の呪いを解いてしまった。


(そういえば、あの白馬も大変素晴らしかった……)


 願わくばあのまま自分用の愛馬にしたいくらいだった。大変足が速く、そしてタフだった。あのような馬は、一生に一度巡り会えるかどうかに違いない。


(彼女が隠そうとしているのは、きっと天の使い――天使だからではないか?)


 あの癒しの力の発動。シャーロットの治癒の模様を見れば、誰が言い出したかは知らないが、確かに女神と見紛う光景だった。翼を見ていただけに、フォルティスには彼女が天使だと思い描くのも難しくなかった。


 心奪われた。女神? そうきっとそうなのだ。癒しを発動させたリリーの姿は、神々しく、美しい……!


(きっと、天の神々から何らかの使命を帯びて、地上に降臨なされたのだ……)


 もしかしたら、つい最近現れた魔族や、封印の解かれた魔物による攻撃を予見した神々から派遣されてきたのかもしれない。


 呪いで死にゆくフォルティスの命を拾ったのも、大いなる神の導きなのだ。


(であるならば、我が命はリリー様のもの。彼女を攻撃する者は、すべて俺の敵だ)


 守る以外に何かいるかとリリーに尋ねれば、彼女はいらないと答えた。


(さすが天使様。そこらの俗物と違い、金銭や物品、爵位などを求めてこない!)


 そうと思ったら、フォルティスは自然に席を立っていった。そしてリリーの前に、何の躊躇いもなく片膝をついた。


「私、フォルティス・ゲオマリーは、リリーさん、いえ、リリー様を全身全霊を懸けてお守りすることを誓います」


 この命尽きるまで。


 彼女の力や能力に目をつけ、狙ってくる輩がいても、それで世界を敵に回そうとも。この命を捧げることが、救われたことへの最大の恩返しだと、フォルティスは考えた。


(そう、この命は俺のものではない。リリー様のものだ……!)


 あの日、迷いの森で助けられたあの時から。

不定期更新となります。

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