11、女神様と呼ばないで
シャーロット姫の呪いを解いて差し上げたら、リリーは、室内にいた者たち全員から跪かれていた。
状況が呑み込めず、リリーはおろおろしてしまう。
「あの、これは……いったい?」
「女神様」
いかにも老家臣という雰囲気の男性が、頭を下げたまま言った。
「姫様の呪いを祓ってくださり、実にありかとうございます!」
一同さらに頭を下げた。
「何を言ってるんですか? 私は、ただの魔法使いですよ……?」
困惑である。どこをとった、フードを被ったままの女を神のように――と言いかけ、ふと自分の頭に触れる。直接、髪に触った。フードがない! 取れている。
あわわ――リリーは慌ててフードを被り直した。
(なんでー!)
そういえば治療中。魔力の風が起きたような。その時か。
「リリー」
フォルティス王子が立ち上がった。
「少し、二人で話をさせてくれ」
「あ、あ、はい――」
動揺したままリリーは頷く。
(妹姫様とお二人にするのですね。退出します)
「シャーロット、すぐ戻る。休んでいてくれ」
「はい、お兄様」
(ん……?)
身内以外出て行け、だと思ったのだが、フォルティス王子はリリーと個別に話がしたいということだった。
「シャーロットの具合は大丈夫なのだな?」
「はい、それはもちろん。鑑定で確認しましたので」
「そうか……。ありがとう、リリー」
フォルティス王子は改めて礼を言った。ついてきてくれ、と彼は姫様の寝室を後にする。
廊下に出れば、『姫様が助かった!』『女神様が降臨された!』などと、人々が口々に言って、城内に話が拡散していっているようだった。
(どうしてこうなった!)
穴があれば入りたい気分になるリリーだった。
そこでふと、王子は足を止めた。後ろについてきた家臣たちを見て言う。
「グレン。他に呪いを受けた者はいるか?」
「はい、殿下。呪いを受けたのは姫様を除いて5名。うち2名が昼までに死亡。残りもおそらく――」
「……」
「次はその方たちですね!」
リリーは、フォルティス王子に言った。女神云々は知らないが、呪いを解くためにここに来たのだ。シャーロット姫を助けて、他の人を助けないわけにはいかないだろう。
「すまない……」
フォルティス王子は謝った。何についてかわからないリリーだったが、グレンと呼ばれた老家臣に確認した王子は、呪いで苦しんでいる人たちが収容されている部屋を訪れた。
部屋の外には兵士たちがいて、フォルティス王子とリリーが現れると、パタリと口を閉じて道を開けた。
兵員用の病室だろうか。広い室内には無数にベッドが並べられていて、その一角に呪いを受けて、今にも死にそうな男性たちがいた。
(これはいけない……!)
周りに何か言われる間もなく、リリーはすぐに呪い解きと回復魔法を織り込んで発動させた。問答している間にひとりが死にそうだったのだ。
加減も何もなく光が照らし、緩やかな風が待った。呪いの闇が取り除かれ、みるみる血の気が戻り、回復していく
(よかった。あの人、ギリギリ間に合った……)
ホッとするリリー。
「何だ、傷が治った?」
「体が軽い」
部屋の端、呪い以外の理由で休んでいただろう者たちから驚きの声が上がった。
(あー、加減しなかったから、周りにいた人全員に回復効果を掛けてしまったみたい……)
理由に思い至るが、ああしなければ呪われている人の中に死人が出ていた。タッチの差で死亡とか洒落にもならない。
「腰の痛みが――」
「膝が痛くない――」
(何だか、全然別のものも治してしまったような……)
リリーは閉口する。すでに一部では『女神様だ……』とまた例のひれ伏し行為が始まっていた。
(違うのにぃ……!)
声に出したいのに言えなかったのは、人の多い場所が苦手な引きこもり故か。
・ ・ ・
改めて場所が変わり、王子の執務室にリリーは通された。
椅子が用意され、リリーは、フォルティス王子と対面する格好になる。家臣や従者らを全て退出させたので、部屋にいるのはふたりだけである。
「リリーさん、本当にありがとうございました」
フォルティス王子は改めて礼を言った。また『さん』付けに敬語である。
(落ち着かないわ……)
普通の口調の王子を見ているから、敬語付けがいかにも余所行き、猫被りっぽくて鼻につくのだ。
「あなたのおかげで、シャーロットも、他の呪いを受けた者たちも救うことができました。このご恩、決して忘れません」
「はい、ありがとうございます。……そのために来ましたから」
ただ、女神呼びはまったく想像していなかったが。体がムズムズしてくる。早く帰りたい。
「それで、あなたには報酬が支払われます。そして何か希望があれば、私、フォルティス・ゲオマリー第二王子の名のもとに叶えましょう。……何か、ございますか?」
(……特にない)
リリーは言葉に窮する。ここに来る前も考えていたが、特に欲しいものは浮かばなかった。
(強いて言うなら、教会に、私が神官を殺していないって言ってもらうこと……?)
追放された原因の事件。無実の証明。
(でも、私が言ったというだけで、無実の証明ができるわけじゃないのよね。王子様だって、私の証言だけでどうこうできないだろうし)
それが通るなら、言った者勝ちの世の中になってしまう。……実際、リリーの神官殺しについては、まさに言った者勝ちだったわけだが。
「リリーさん。私にお礼をさせて欲しい。命を救われ、大切な妹も助かった。私はあなたに返しきれないほどの恩があるのだから」
フォルティス王子の視線は、どこまでも真っ直ぐだった。そういう熱い視線に、リリーはさらにムズムズとしてきた。
免疫がないのだ。
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