1、聖女儀式を受けたら、運命激変したお話
貴族の娘は18歳になると、聖女適性を見る儀式を受ける。それがゲオマリー王国における法のひとつ。
ヴェンデラー伯爵家の娘であるリリーもまた、その伝統に従い、成人を迎えたこの年、祝福の祠にやってきた。
王都近くにある大森林地帯。そこにある大昔の神殿――もはや遺跡としか言いようのない洞窟の先に、祭壇がある。
当然、ふだんから人が来るような場所ではなく、儀式を受ける娘と、見守る神官、そして警備の騎士や兵しかいない。
神殿には儀式を受ける娘と神官しか入れず、騎士たちは外で待つことになる。
今回の儀式は、リリーと、フレサ・ヴェンデラーが受ける。フレサはヴェンデラーと名乗っているものの、リリーの父ヴェンデラー伯爵家にきた後妻の連れ子であり、実のところ血は繋がっていない。
ただ、後妻であるシアスは子爵家の出なので、フレサにしても貴族の娘であることに間違いはないのだが。
「では、ヴェンデラー伯爵令嬢、祭壇の前へ」
見届け人である神官が促した。リリーは頷くと、ゆっくりと祭壇へと近づいた。
それを見つめる神官と、後妻の娘フレサ。神官は仕事で来ているだけだが、フレサのリリーを見る目は、蔑みに満ちていた。
彼女はリリーが嫌いだ。ヴェンデラー伯爵家を母シアスと自分のものとして好き勝手する。……そのためにリリーが邪魔だから。
もう十年以上の付き合いになるが、リリーもまたこの血の繋がらない姉妹を好きになれず避けている。
(さて、生きるか死ぬか……)
リリーはひっそりと重い息を吐いた。
この聖女儀式、実は大変人気がなく、できれば避けたいという貴族令嬢が大半だった。
何故ならば、この儀式、命を落とす可能性があるから。
儀式と言っても、娘側ですることは祭壇の前で膝をつき、祈るだけである。祈ると言っても、決まった呪文や文言があるわけでもなく、ただ膝をついているだけでいい。
もし聖女適性があると、祭壇の上、ぽっかり開いた穴に、天から光が差し込む。その光は遠く王都やその他多くの場所から観測されると伝説に残っている。儀式は夜に行われるので、そりゃあよく見えることだろう、とリリーは思った。
しかし、ここ百年近く聖女は見つかっていない。大半の娘は普通はここで何事もなく終わる。
だが、一部の娘は、この儀式で死ぬ。
どういう理由かはわかっていない。神を冒涜した、とか、罪深い娘だから、とまことしやかに噂はされているが、とにかく、膝をついたが最後、突然命を奪われるのである。
それが毎年ひとりふたりは出るというのだから、貴族令嬢にとって18歳でくるこの儀式を蛇蝎の如く嫌がるのも無理もない話だった。
処刑台に立たされる気分である。だがリリーは家では冷遇されていて、引きこもり同然の生活をしていたから、たとえ命を奪われたとしても、これ以上家族に悩まされなくて済むと、ある意味楽観的だったりする。
祭壇の前で膝をつく。頭上を見上げれば、天井の大穴から星が輝いてみえた。よく晴れた夜である。
静かに目を閉じ、祈りを捧げる。――あぁ、大いなる神よ。我を守りたまえ。
柔らかく、温かなものを感じた。何だろう、とリリーは小さく首を傾げる。
「おおっ!?」
神官が大きな声を出した。
(んん……?)
「す、凄いっ、この光の色は! 聖女だけではない、何か別の適性も……!」
(まさか光が差し込んでいる……?)
目を閉じてはいたのだが、瞼の向こうがにわかに明るい。
(まさか、私、聖女――!?)
その時、リリーの脳裏によぎった。
『聖女』
『勇者』
『賢者』
(え――?)
聖女だけではない。勇者に賢者なんてものも見えたような。
「ゲオマリー王国に100年ぶりの聖女……おおおっ!?」
突然、神官の声が途切れた。リリーは目を開けて振り返る。光はなかった。
だが衝撃的な光景が飛び込んだ。
神官が背中から剣で刺されているではないか! しかもそれをやったのはフレサ。
「まさか、あんたが聖女になるなんてね、リリー」
フレサは表情を歪めた。
「あんたはあたしの身代わりだったはずなのに……。まあいいわ。あんたが引き当てた聖女、あたしが玉の輿に乗るのに使わせてもらうわ!」
そう言うと、フレサは神官を蹴り飛ばして逃げた。リリーは困惑する。どうして神官を彼女は殺したのか? それよりもまだ神官は生きている。手当を――
リリーは慌てて神官に駆け寄る。頭の中に、聖女の癒しの術が浮かぶ。これを使えば――
だが神官の手が力なく落ちた。駆け寄ったが、すでに彼は事切れたのだ。
「ああ、なんてこと……」
『――こっちです! リリーが、あの娘が、神官様を刺しました!』
フレサの声。そしてドタドタと表にいた警備の騎士たちが駆け込んできた。
「彼女、私が聖女になった途端、いきなり襲ってきて……。神官様を――」
(ちょっと待って! フレサ、あなた――)
リリーは愕然とした。刺したのはフレサなのに。殺したのは彼女なのに。
「おのれ、よくも神官様を!」
騎士たちが剣を抜いた。絶体絶命――リリーは頭の中が真っ白になった。
いや、視界も白に覆われて――?
眩い光に包まれた。
・ ・ ・
――十日後。
リリーは深い森の中にいた。ドレスではなく、魔術師のローブ。フード付きのマントをつけ、鬱蒼と生い茂る森の中を進んでいる。
だいぶ慣れた森を行くことしばし、それに遭遇する。
「……人?」
久しぶりに人に出会った。が、惜しむらくは地面に突っ伏している。
「まさか、死体……?」
魔獣が徘徊する森である。森の獣に襲われてしまうこともある。だがどうやら倒れているのは、若い騎士のようで。
「何故、こんな森に騎士様が……?」
黒い髪。同じく黒い鎧を身につけた青年のようだ。近づいてみれば、かすかに動いている。まだ生きているのだ。
(鑑定!)
リリーは賢者能力である『鑑定』を使う。すると、フォルティス・ゲオマリー。王国第二王子と出た。
「王子様!?」
この日、リリー・ヴェンデラーは、ゲオマリー王国の王子を拾った。
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