ティバル族
爆発音のした方向へと向かった俺たちの目に入ったのは、十人規模の小隊同士の戦いだった。
「あれは、サウザート軍。もう一方はバラトレスト軍なのか?」
片方の小隊はついこの間戦ったサウザート軍の来ていた鎧と同じもの。そして、もう一方は見たことがない格好をしている。
鎧は着ておらず、上半身は胸に布を巻いただけ、下半身も腰布を巻いただけの軽装をした女の兵士だ。異様に大きな大剣、いや、大きな鉈を振り回している。
「凄いな。あんなバカでかい鉈を振り回して、木を一本も傷付けずに戦ってるぞ」
「いや、アスカ。感心してる場合じゃないでしょ!」
ミサオが女兵士の戦いに感心している俺にツッコミを入れる。
「どうする?」
「どうするって、たぶんこれは戦争の中の諍いだろ。あまり関わらない方が良い気もするけど……」
「このまま放っておくの?」
俺は首を横に振り、否定すると、
「今から会おうとしている女神デイジーの国民を見殺しには出来ないかな。それに、後々、サウザートもセドニーを説得して、戦争を辞めさせるんだ。向こうの兵も死なないに越したことはない。行ってくるよ」
右手のキマイラブロウをトントンと軽く叩けば、ミコトとミサオが成程と俺の言いたい事を理解してくれた。俺は<フラッシュムーブ>を使い、俺たちから一番遠いサウザート兵の目の前へと一瞬で移動する。
「な、貴様どこから……」
「寝てろ!」
右拳を鳩尾に叩き込めば、キマイラブロウの効果で眠りにつく。このサウザート兵と斬り結んでいたバラトレスト兵は一瞬、唖然として傍観していたが、すぐに正気に戻ると俺に質問してきた。
「あなたは、私達の味方? それとも敵?」
「もちろん、味方です。俺は他の奴らも同じように寝かせてくるので、こいつをお願いします。寝ているだけなので、拘束を!」
そのまま俺は他のサウザート兵に駆け出し、次々と殴っては眠らせていき、十五分程で戦闘を終わらせた。すると小隊の隊長らしき人が俺の下へとやって来て巨大な鉈を俺に向ける。
「君は何者だ。何故このような事をした。場合によっては斬り捨てる!」
その様子を離れていた所で見ていたミコト達が駆けつけてくる。
「仲間がまだ居たのか。おい、こいつらを拘束しろ!」
「しかし、この人はサウザート軍を片付けてくれましたよ。手荒な真似はどうかと」
俺は隊長に戦う意思がない事を告げると、アルを呼ぶ。
「俺たちはあなた達の敵じゃないですよ。争う気はありません。おい、アル!」
「呼んだぁ?」
アルが<空納>の中から出てくると、バラトレスト兵達が驚きの声を上げた。
「救世主と共にいると言われる子竜? 噂には聞いていたが、まさか……」
「おやぁ、アスカ。ここってバラトレストなのぉ?」
俺は溜息を吐くとアルの頭を軽く小突く。
「痛い! 何するんだよぉ!」
「お前、俺たちが苦労して砂漠越えしていた時、<空納>の中でずっと寝ていたな」
「だってぇ、あそこに居たら暇なんだもん」
俺達のやり取りを見てバラトレスト軍が呆気に取られていたが、隊長が俺に向けていた鉈をアルへと向ける。
「それで、子竜を出してどうする? こいつが居るから自分達は、問題ないとでも言いたいのか?」
鉈を突然向けられて、アルが俺の後ろに隠れた。
「何、何なのぉ。一体、どういう状況なんだよぉ」
「この子竜が救世主と共にいる子竜という事は、認識したんだよな?」
「だから、それがどうした?」
「俺たちは魔王ブラッドの依頼で女神デイジーに会いに来たんだ。あなた達はバラトレストの兵で良いんですよね?」
「ああ、確かにそうだが。魔王ブラッドから使者が送られるという話は聞いていない」
疑い深い人だなと内心思いはしたが、小隊を任されている者としては、これくらい慎重な方が良いのかもしれない。
「隊長、嘘を言っているようにも見えませんし、こいつら捕虜もいます。まずは、集落に戻りませんか?」
最初に手助けした兵が隊長に提案をすると、暫く考え込み、首を縦に振る。
「分かった。確かにサウザート兵をこのままにしておく訳にもいかない。お前達も付いてこい。妙な真似をしたらすぐに斬り捨てるぞ」
隊長は漸く鉈を背中に納め、俺たちは兵達に付いて行った。三十分程歩いていくと、木々の中から少し開けた空間が見えて来た。
そこには十棟のログハウスのような木で作られた家が建っており、兵達が帰って来ると数人が出迎えてくれ、俺たちは出迎えてくれた人を見て驚いた。
「「え?」」
「かわいい」
ミサオだけ反応が違うが、そこに現れたのは頭に兎の耳が生えた人だった。
「お帰りなさい。どうやら、皆さん無事なようですな。良かった」
「戻ってきました。ありがとうございます。ところで、捕虜を一か所に集めておきたいのですが、どこか空いていますか?」
「うーん。捕虜を捉えておく場所ですか。このような小さな集落では、空き家もそんなにありませんからな……」
「私の家を空けましょうか?」
「良いのか?」
家を空けると言った男が頷く。
「私達のような戦う力を持たない者を守って下さっているのですから、協力しますよ。少し待っていてください。家を空けて来ます」
そう言うと男は自分の家に帰って行った。
「すまないな」
「いえ。あの者が言った通り、戦えない私共を守って下さっているのですから、出来る事はいくらでもご協力致します。ところで、そちらの方たちは? サウザート兵とも違うようですが?」
集落の住人を見て、驚きを隠せずにいた俺たちに気付き、質問してくる。
「こいつらは、魔王ブラッド様の使いだと言っている。何だ? お前たち、その様子から見て、ティバル族の者を見るのは初めてか?」
俺たち三人同時に頷く。
「おや。そうなのですね。まあ、私達のような亜人族は、ここバラトレストにしか居ませんからな。ここに来た事がなければ見る事も無いでしょう」
このうさ耳の人達はティバル族というのか。流石、異世界。亜人と呼ばれる種族も居るんだな。
「お三方、ここはティバル。私達、ティバル族の集落です。どうぞ、ごゆっくりしていって下さい」
「いや、こいつらは、これから取り調べをするところだ」
「そうなのですか? 悪い人には見えませんが?」
隊長が、参ったという表情をしている。何を困るのだろうか。俺たちの方が困っているのだが。
「あなたがそうおっしゃるなら、ふむ。嘘は吐いていないということか……」
「どういう事ですか?」
俺は傍に居た女兵に尋ねると女兵は答えてくれた。
「あのティバル族の族長は、人の嘘が分かるらしいのよ」
「へぇ」
人間うそ発見器ということか。何かのスキルで嘘を見抜けるという事なのだろうか。これは族長さんのおかげですぐに解放されそうだな。




