バラトレスト
魔王ブラッドの依頼を受け、女神デイジーに会うため漸くバラトレストへと辿り着いた。途中、デザートドラゴンなんていうとんでもないモンスターに襲われた時はどうなることかと思っていたが、何とか着いたな。
「それにしても、落ち着いてよく見てみれば……」
「サウザートと隣国とは思えないよね」
「ああ。この境界は、正に異世界って感じだな。砂漠の隣がすぐ、樹海? ジャングル? そこら一体、木しかないぞ」
「女神デイジーの力がそれだけ強いってことかな? ミサオ。デイジー様のいらっしゃる所はどこ?」
「このジャングルの中心にある首都フォレストパレス。そこにいるよ」
「中心ねぇ……」
サウザートは見渡すばかり砂だったが、ここ、バラトレストは見渡すばかり木。それもかなりの密度で生えている。
「これまた、方向がよく分からないよな」
「そうね。ミサオ、大丈夫?」
「任せてよ。それはそうと、アスカ、えっと、あのアーツだっけ? 火が出るのと雷が出るの」
「<紅蓮>と<雷迅>のことか?」
「そう。それ。ここじゃ絶対に使ったら駄目だよ」
「まぁ、こんな木だらけの所で使ったら燃え広がるからな。流石に俺もそれくらいは分かるぞ」
「あと、木を絶対に倒したり、傷付けたりするのも駄目」
「倒すって、よっぽどの力が無いと、これ倒れないだろ」
立派な木の幹をコンコンと叩いて確認する。うん。普通に殴ったくらいじゃ倒れないな。
「魔術とかなら倒しちゃうかもしれないでしょ。絶対に駄目だから」
「どうしてなの?」
ミコトの質問に人差し指を立てて、ミサオは答える。
「いい。女神デイジーは、この国の木を物凄く大事にしているの。傷付けたり、倒したりしたら、本人が出てきて、話なんか聞いて貰えなくなるわよ。問答無用でぶっ飛ばされちゃうから」
「モンスターに襲われたりしたらどうするんだよ?」
このジャングルだって、モンスターは居るはず。
木を傷付けずにモンスターを倒すなど、スライムくらいの雑魚じゃないと無理な話だ。
「それは、少し位は大丈夫らしいよ。自己防衛だからね。でも、それが故意だったり、過剰過ぎるのは不味いって、ブラッドから聞いたよ」
「うーん。とりあえず分かった。気を付けるよ」
「私も気を付けるね」
「よし、じゃあ、フォレストパレスまでレッツゴー!」
ミサオを先頭に女神デイジーの居るバラトレストの首都フォレストパレスへと歩き始めてから、一時間後、ミサオの動きが妙にそわそわし始めた。キョロキョロと右、左と頭を振っている。
「ミサオ、どうしたの?」
ミコトもミサオが挙動不審になったことに気付き、心配そうに声を掛ける。
「え? あ、大丈夫よ」
「まさか、道に迷ったんじゃ」
ずっと同じような木ばかりの風景だ。迷ったとしても仕方がない。だが、ミサオの返答は全く違うものだった。
「え? 道には迷ってないよ」
「だったら、何でそんなにキョロキョロとキョドっているんだ?」
「あぁ、実はその、お花畑に……」
「なんだ。う○こか」
「違うわよ! 小の方よ! って、女の子に何言わせるの!」
ミコトも俺の方を見て、首を横に振っている。
「ごめん。デリカシーがなかったか? 行ってきて良いぞ」
「いや、丁度良さそうな場所が無いから、探しているんじゃないのよ」
「そこらの木の陰ですればいいじゃないか」
「くぅっ。もう! ちょっと待っていて! 限界」
ミサオが少し離れた木の陰に隠れるように走っていった。
「ミコトも行ってきても良いよ」
「私は大丈夫だから」
ミコトは恥ずかしそうに俯く。暫くすると、ミサオの叫び声が聞こえてきた。
「きゃああああっ!」
「どうした!?」
「いや、アスカは来ないで!」
「ミサオ、大丈夫!?」
まだ服を着終わっていなかったのか、近付くのを断られてしまい、代わりにミコトが走っていくと、ミコトも大きな声をあげる。
「アスカ! ごめん、来て!」
何なんだ? 二人の慌てようは。俺はミサオが用を足している木の陰に急いで向かう。
「うおっ! 何だ、このデカい蟻は!?」
それは体長五十センチくらいの巨大な蟻がミサオの方へと十匹向かって突進してきていた。
「<鑑定>」
巨大な蟻を鑑定してみると、キラーアントというモンスターだった。
「モンスターかっ! キラーアントって名前だな」
「そんなのどうでもいいわよ! 気持ち悪いから早く何とかして!」
ミサオが俺に向かって叫ぶ。
いや、お前さっき来るなと言っていただろう。
まあいいや。手前のキラーアントに向かって拳を突き出す。キラーアントは、サッと後退すると俺の攻撃を躱した。
「こいつ、速い! <アクセルブースト>」
<アクセルブースト>を使えば、俺の方が速い。後退したキラーアントの顔面に拳を叩き付ける。
「硬っ。ダメージもほとんど入ってないみたいだ」
昆虫の甲皮は硬いというのは聞いたことあるけど、このサイズ、ましてやモンスターともなると、やはりかなりの硬度があるということか。
「これ、<紅蓮>、<雷迅>無しはかなりきついんじゃないのか? しかも十体なんて」
「もう、役立たず! FD!」
ミサオがFDを召喚し、キラーアント目掛けて拳を突き出した。ゴンッと鈍い音がすると、キラーアントが蹌踉めく。
俺よりもSTRが高いFDの攻撃は流石に効いたのか、他のキラーアント達がFDに群がり始めた。
「うわっ。ちょっと、あたしのFDに集まらないでよ!」
注意が集まってくれて動きやすくなった。右手に<毒手>を発動させ、<空破>をキラーアント達に放つ。上手く全てのキラーアントに<空破>が当り、吹き飛ばされていった。
「アスカ、ありがとう。でも、もっと早く使ってよ!」
「文句言うな。それにまだ終わっていないぞ」
吹き飛ばされたキラーアント達は起き上がると再びこちらに向かって突進してくる。だが、毒に侵されたその体はさっきのような素早さは無い。楽々と攻撃を躱し、すれ違いざまに一発打撃を入れる。
打撃には大したダメージは無いが、毒の効果は確実に現れてFDが攻撃を当てたキラーアントが光の粒子となって消えた。
「よし。一体倒したぞ。次だ!」
毒の効果と、FDの活躍で何とか10体全てを倒す事が出来たが、素材は残念ながら一つも出なかった。
「最近、モンスターの素材が落ちにくいな」
「そういえば、この間ロックバードを倒した時、何か手に入れてなかった?」
「そうだった。デザートドラゴンの騒ぎですっかり忘れていたな」
俺はロックバードを倒した時に手に入れた羽と嘴の欠片を<空納>から取り出し、二人に質問する。
「これしか手に入らなかったけど、俺が使ってもいいのか?」
「いいよ」
「うん。私達は素材は売る位だから、アスカが使って」
「二人共、ありがとうな」
俺は羽を手に<錬装>を使うが、何も変化が無かった。
「あれ? おかしいな?」
今度は嘴の欠片に持ち替え、<錬装>を使う。
「あれ? どういう事だ?」
「どうしたの?」
これまでに<錬装>を使って武器化出来なかったのは、カオスドラゴンの素材だけだ。あれは、レベルが足らず、OP不足で気を失った。だけど、この二つの素材は違う。武器化する反応が全く無いんだ。
「武器に変わる反応が無い」
「そうなの?」
俺は頷き、改めてそれぞれの素材を<鑑定>してみる。すると、<錬装>した時の武器名はしっかり出ている。ただ、不思議な事に、同じ武器名だった。




