静かな砂漠
バラトレストへと向かうためサウザートの北東の海岸目指してアスカたちは歩みを進めていた。道中にサウザートの住人に会わないよう所々で<探知>を使いながら進んでいたが、これまで人どころか小動物の一匹にも遭遇することがなかった。
ミサオは運が良いと言っているが、俺はそうは思っていなかった。大概、こういう時は何かが起きる前の静けさというものだ。心配をしながら進み、やがて、俺たちは海岸沿いへと辿り着く。
「ここが海岸か。崖でもあるかと思っていたけど、本当に砂漠と海が接しているんだ。俺たちの世界じゃ考えられないな」
「え? アスカ、何言っているの?」
「うん? 俺、変な事言った?」
「私達の世界にだって砂漠と海が面している地域はあるよ」
「嘘。知らなかった」
「アスカ、本当に大学生なの?」
「うるさいな。ミサオに言われたくない」
「何それ、失礼ね」
他愛のない話をしながら、海沿いにそって北上を始めたが、ミサオに聞いていた海のモンスターが現れる事も無かった。
「なあ、おかしくないか?」
「何が?」
「何がって、お前の話だとこの海岸沿いは海のモンスターが襲ってくるから、水辺だというのに、街や村が無いんだろう?」
「そう聞いたよ」
「だったら、ここなら遭遇してもおかしくないよな」
「確かにそうだね。こんなにモンスターとも会わないのはおかしいね」
「でも、前に来た時も出会わなかったよ」
「それはブラッドさんが一緒にいたからじゃないの?」
「そうかもっ!」
ちょっと待て。つまり、海のモンスター達が出てこないのは、ブラッド並の力を持った何かがいるからということにならないか?
流石に俺たちがそこまでの力を持っているとは思えない。でも、<探知>には何も見つからない。まさか、俺の<探知>に引っかからないように距離を保っているのか? 嫌な予感しかしない。
「ちょっと急ごう。それと<感知>を……」
<感知>を使うと、背後に巨大な何かが居るのを察知する。
「やっぱり。何かデカいのが後ろに居る。これは、砂の中か? 二人共、走るぞ」
「うん」
「えぇ、走るの?」
「走るんだ。直感が言っている。こいつは絶対ヤバい。戦ったら駄目だ」
走るのを嫌がるミサオだったが、俺の険しい表情を見て、渋々頷く。
「ミコト、気休めかもしれないけど<アドバンスギア>を」
「分かった」
ミコトが俺たちに<アドバンスギア>を掛ける。これで多少とはいえ、少しは早く砂漠を抜けることが出来るはずだ。デカいのは、付いてきているようだ。
ただ、一定の距離を保ったままだ。ギリギリ<感知>で捉えられる位の位置。何故、この距離を保っているのかは分からないが、好都合だ。距離を保っている間に出来るだけ走ってバラトレストへと向かう。
このまま無事にバラトレストまで行くことが出来れば良いけど。走り始めてから一時間は経っただろうか。流石に疲れてきた。走る速度が遅くなってくる。
「はぁ、はぁ、ねぇ、アスカ……」
「ミサオ、黙って、走れ」
「つ、疲れたよ。ちょっと、休憩は?」
「駄目だ。ずっと、付いてきている。俺たちを、完全に獲物として、認識しているな。死にたくなかったら、走れ」
「ぶぅっ。疲れたぁ」
「お前だけじゃないんだぞ」
「ミコトの<ホーリーバリア>でガードしてから、休憩しようよ」
「そうね。流石に私もそろそろ限界かも」
「分かった。でも、モンスターが近付いて来たら、すぐに逃げるぞ」
「うん」
「ありがとう」
立ち止まり、ミコトが<ホーリーバリア>を張る。モンスターは、止まっていない。走っていた時よりもゆっくりだが、こっちへ近付いて来ているみたいだ。
すぐにはこっちに来そうに無さそうだ。声が聞こえる訳ではないとは思うけど、小声で二人に話す。
「少しずつこっちに近付いて来ている。まだ大分距離はあるから、息が整ったらすぐに行こう」
「うん。でも、何なのかな? そのモンスター」
「あたしはそんな危険なモンスターが砂漠に居るなんてのは聞いてないなあ。アスカ、本当にヤバそうなの?」
「今もこうして休んでいるのに、辺りにはモンスターの影すら無いんだ。あの巨大な反応のモンスターが近くにいるからだろう。間違いなく。そして、ブラッドが居た時も同じだったというなら、アルの本体に力を返す前のブラッド並の強さを持っている可能性が高い」
「ブラッド並……」
ミサオが唾を飲み込む。ブラッドの強さを十分に知っているからだろう。
「それは、駄目だわ。絶対敵わない」
「まあ、ブラッドと同等とは限らないけど、海のモンスターより強いというのは間違いないんじゃないか。そんなの相手にしていたら、死んじまうぞ」
「そ、そうね。うん。早く逃げよう」
息を整え、再び走り出す。モンスターの進行速度は変わらず、俺たちとの距離は休憩していた間に大分縮まってしまった。
「<探知>の範囲まで距離が縮まったか。正体を調べてやる」
俺は<探知>を使い、モンスターを調べる。モンスターの種族は、デザートドラゴン。
「な、デザートドラゴン! ドラゴンなのかよ!」
「アスカ、何を叫んでるのよ」
「今、後ろから追い掛けて来ているモンスターが分かった。デザートドラゴンって名前だ。ドラゴンなら強くて当たり前か」
大した力を持たない子竜もいるが。このサイズ、二十メートル位はある。あのカオスドラゴンよりは小さいかもしれないが、それでも俺たちから見たら、かなり巨大だ。この間のロックバードが子供のように思える。
どれだけ走っただろうか、周りがずっと海と砂漠しかないから、距離感が全く分からない。
「ミサオ、あとどれ位だ?」
「ハァ、ハァ、し、知らないわよ」
ミサオもあとどれ位でバラトレストに着くのか分からないようだな。このままバラトレストまで、追い掛けっこが続くのだろうか。日が暮れてきた。
いい加減疲れてきた。だけど、ここでまた休憩を挟むとデザートドラゴンとの距離が縮んでしまう。
「アスカ、流石にもう限界……」
「あたしも……」
二人の体力、いや、気力もか。限界みたいだ。そういう俺も、もう走れそうにない。
「そうだな。俺もそろそろ限界だ。動けなくなった所を襲われて、何も出来ないで死ぬなんてのはゴメンだな。少し休憩しよう」
「「賛成」」
俺たちは足を止め、その場に崩れるように座り込んだ。
「ふぅ、もう、何なのよ。何でこんなに疲れなきゃいけないの……」
「私達に力が足りないから。生きるためには逃げるしかないよ。でも、正直、こんなに走ったことはないって位、走ったね……」
二人共疲れ切っていた。今日はもう走れそうになさそうだ。
「二人共、もし、デザートドラゴンに追いつかれても戦わないで、逃げることに専念するんだぞ」
「うん」
「分かった。アスカの言い方だと、アスカは逃げないように聞こえるんだけど」
「勿論、俺も逃げるよ」
二人が十分に逃げた後にな。俺の最後の小さな呟きは、二人に聞こえなかったのだろう。俺も逃げるという事で納得した二人はウトウトし始めた。
「寝ていいよ。二人共。<感知>を使える俺が見張りをしておくから」
頷いた二人は静かに目を閉じて、眠りについた。




