魔王の狙い
アスカ達がサウザード領に入る二日前、ヒデオはロックバードを追い払った後、戦力を整えるため、本拠地に残っていたサウザート軍と共に首都パグザへと戻っていた。
「モンスターに、ここまでの被害を受けるなんて……。絶対セドニーに言われるぞ……」
セドニーの下へアゲートと共に状況報告へと向かっていたヒデオは愚痴を呟いた。
セドニーのいる宮殿は戦争中で使用人達を休みに出していた事もあり、静かだった。やがてセドニーの居る部屋へと辿り着くと、部屋の中から机を叩くような音が聞こえた。
「機嫌悪いみたいだな」
「そのようですね」
アゲートがドアをノックすると不機嫌そうな声で部屋に入るように言われた。
「入れっ」
「失礼致します」
アゲートとヒデオが部屋に入ると、セドニーは椅子へと腰掛ける。
「本日のご報告に参りました」
「分かった。それで、ブラッドの奴を仕留めたのか?」
「それが、開戦間もなく巨大なモンスターが乱入してきまして、我らの軍に大きな被害が」
「はぁっ!? モンスター如きにやられただと!?」
「大声出さなくてもいいだろ?」
ヒデオが大声で怒鳴るセドニーに抗議する。セドニーはヒデオを睨みつけ、次にアゲートを睨む。
「ふん。で、それだけを報告しに来たのか」
「いえ、モンスターはヒデオ様の攻撃で撃退致しましたので、兵の補充後に再出撃をしようと思いまして」
「で、セドニーの方はどうだったんだ?」
「あのケチババアはまだ殺れていない。兵たちはそれぞれに死傷者は出たが、まあ、五分五分といった感じだ。それにしても……」
セドニーはアゲートの方を見ると、怒鳴り散らす。
「お前も付いていながら、何て様だ。兵の補充だと? そんな余裕がこの国にあるとでも思っているのか!?」
「しょうがないだろ。モンスター以外にも邪魔が入ったんだ」
「邪魔?」
「そうだ。召喚者たちだよ」
「たち……か。お前が仕留め損なったとか言っていた奴らか?」
「ああ。サウスバレンの召喚者と、エスティレに居た二人の三人パーティーだ」
「例の七人目か……」
セドニーは暫く目を瞑り何か考え事を始めた。その間、ヒデオとアゲートは黙ってセドニーが口を開くのを待っている。
漸く考えが纏まったのか、セドニーは静かに目を開き、アゲートとヒデオに指示を出す。
「……分かったか?」
「お言葉ですが、セドニー様。本当に宜しいのですか?」
「アゲート、お前、俺の指示に文句があるのか?」
「いえ、そのような事はございませんが……」
「俺は構わないぜ。寧ろ、願ってもない事だ」
「ヒデオ様!」
「アゲート、もう決めた事だ。黙って遂行しろ」
「はい……。分かりました。それでは明日より作戦を開始致します」
「頼んだぞ」
アゲートはセドニーに一礼すると退室していった。
「セドニー、本当に良いんだな?」
部屋に残ったヒデオがセドニーに作戦の実行について再確認をする。
「お前もくどいな。俺が良いと言ったんだ。何度も言わせるな」
「分かった。それじゃあ俺も行くよ。準備しないとな」
そう言ってヒデオも部屋を出ていく。二人が出ていった後、セドニーは独り言を呟いていた。
「七人目か……。どいつが召喚術を使ったのかは知らないが、こいつがきっと全ての鍵となるに違いない。くくく。俺の世界統一にも一役買ってもらうぞ……」
ヒデオはセドニーの部屋を出ると自分の部屋に戻らずに兵舎の方へと足を運ぶ。アゲートも先にこちらへと来ていた。
「アゲート、どうだ?」
「ヒデオ様、思ったよりも出陣出来る兵が少ないようです。セドニー様の作戦実行に支障が出そうですね」
「それは、まずいんじゃないのか?」
「はい。ですので、先ほど治癒術に長けた者を集め、怪我人の治癒を最優先にするように指示を出しました」
「こっちに来てからずっと思っていたけど、お前、本当に大変だよな。セドニーの我儘に突き合わされて」
ヒデオは同情の目でアゲートの顔を見る。アゲートはヒデオの同情に首を横に振る。
「大変などではありませんよ。セドニー様はこの国を、ご自身の国を何としてでも救おうと動いてくれているのですから、そのお手伝いを出来るのです。光栄な事ですよ」
アゲートはセドニーに対し、忠義の心が高いのだろう。自分なら無理だろうなと思いながらも、今、この国を救う為に自分も動いているのだったと自覚すると、ヒデオは思わず笑ってしまった。
「ふふふ。そうか。そうだよな。俺だってセドニーからこの国の状況を聞いて、手伝うと自分の意思でこれまで行動している。人の事は言えないな」
「ヒデオ様。申し訳ありません。こちらの都合で一方的に喚び出した挙句、戦争の手伝い。同郷の方たちを敵に回すようなことまでさせてしまい……」
「その話はもういいよ。この国を救った後、元の世界に戻れれば」
「…………はい」
いつもこの話になるとアゲートたちの態度がおかしくなる。だから、薄々感付いてはいる。元の世界に戻る方法をこの国に居る奴らは知らないという事を。
だが、方法を知らないから、それが無いという事にはならない。国を救った後、ゆっくり方法を探せばいいだけと考えている。だから深く考えないようにしていた。
「さあ、俺も準備をする。行こうか」
アゲートと明日の作戦準備のために兵舎の先にあるものの起動準備に取り掛かる。これがあるからこそサウザート軍は本拠地を設置しなくても兵の補充や食料の補充が出来るのだった。
「さて、今の俺のMPなら起動するだけなら十分足りるか」
「お願いします。実稼働は、明日の朝としますので、起動さえ出来ていれば問題ありません」
ヒデオは頷き、装置に手を翳すとMPを装置に送り込んでいく。
「あなたが来てくれたお陰で、この装置が起動出来るようになりました。本当にありがとうございます」
ヒデオの魔力が通り、装置が淡い光を帯びていく。光が強くなるにつれ、床にある魔術陣が姿を現してくる。一時間程、魔力を送り続け、魔術陣が完成した。
「よし、起動完了だ。流石に戦闘後にこいつの起動は疲れるな」
「お疲れ様です。それでは、今日はゆっくりとお休みください」
ヒデオは頷くと、明日の作戦のため宮殿にある自分の部屋へと戻って行った。途中、部屋で軽く食べようと台所に置いてあった果物を一つ持っていく。この果物一つだけでも一般人は中々口にする事は出来ない。
「早くどうにかしないとな。この国の人間が餓死してしまうぞ」
果物を頬張り、明日の作戦に備え眠りにつく。七人目の召喚者、アスカを捕らえ、セドニーの下に連れてくるために。




