異世界人
ヒデオ率いるセドニー軍に追い付かれ、いよいよ三人対千人の無謀な戦いが始まろうとしている。先手必勝を狙い、ミサオにMDを召喚させ攻撃魔術を放とうとした時、上から無数の矢が雨のように降り注いでくるのが見えた。
「先手を打たれた!? ミコト!」
「<ホーリーバリア>」
雨のように降り注いでくる矢をミコトの張った障壁が全て弾き、俺たちは無傷であった。
「くそ、あいつらに俺たちの事がバレていたみたいだな」
これは向こうにも<感知>持ちが居たとしか思えない。まだ俺たちからは姿を目視する事が出来ないにも関わらず、正確に攻撃してきた。こっちの様子が分からないとこんな攻撃は到底出来るはずもない。
それをしてきたという事はつまり、そういう事なんだろう。出来ればそいつを最初に片付けておきたい所だが、それを知る術は無いのだから、無駄に考えるのは止そう。
「ミサオ。行ってくる。援護頼むぞ」
「Ok」
ミサオがMDに<ダークアロー>を空中に十本出現させると、ヒデオ達が居るであろう方向に撃ち出した。
「いっけぇえええ」
闇の矢がセドニー軍へ真っすぐ飛んでいくのを見た後、俺は<アクセルブースト>を使用し駆け出した。悲鳴が聞こえる。どうやら闇の矢が命中した兵士が叫んでいるみたいだ。人の悲鳴に紛れて、動物の鳴き声のようなものも聞こえてくる。悲鳴の聞こえた位置を見渡せる丘の上に駆け上り、下を見渡せば、いるいる。千人の敵兵たちが。それに馬だ。だから、移動速度が速かったんだな。
「まだ俺には気付いていないみたいだな。ヒデオの姿が見えないけど、まあ、いいさ」
右手に装備したキマイラブロウを見る。見た目は悪役が装備していそうな武器だとつくづく思いながらも、こいつに俺は賭ける。
丘を一気に下り、中腹辺りで飛び上がるとミサオの<ダークアロー>で混乱している敵兵の中心に着地する。
「なんだ!? 何か上からっ」
着地した周辺の敵兵が俺に気付いたが、もう遅い。鳩尾に一撃を入れる。攻撃力を上昇していなくても今の俺ならダメージを与えられるみたいだ。鳩尾に攻撃を受けた兵士は呻きその場に崩れる。
「こいつ!」
「たった一人で!」
遅い。俺のAgiは<アクセルブースト>を使っているとは言っても、三十そこらだぞ。これが一国の軍の兵の能力なのか?
俺に気が付き、斬りかかろうとしてくる敵兵の攻撃を躱しながら、確実に一撃を加えていく。そもそもこんなに密集した場所で剣なんか振り回せないんだ。拳を使う俺の方が有利だ。それに加え動きが遅い。数の暴力には負けないで済みそうだ。
二十人程に一撃を入れた頃には、最初の方に一撃を入れた兵達が動けるようになっていた。
「一発殴られたくらいでセドニー軍の兵士が倒れるものか!」
「たった一人で攻めてくるとはいい度胸だ。だが、無謀は勇気とは呼ばんぞ」
こいつらは俺が何も考え無しでここに来たと思っているのか?
「無謀でもなんでもないさ。俺はこんな所で負けない」
「ほざけ。ふっ。見れば中々良い女ではないか。くくく。敵兵に俺達が何をしても問題は無いよなぁ」
一人の兵士が下卑た目つきで俺の体を舐めまわす。背筋に寒気が走る。気持ち悪いぞ。お前。
「お前、気持ち悪いな。なんかエストを見ているみたいだ。お前なんかの毒牙に掛かって堪るかよ。行くぞ。<雷迅>!」
右拳に雷を纏うと俺は、前へと手を向ける。
「何をするつもりか知らないが、ふふふ。すぐに気持ち良くさせてやるぞ」
「うるさいよ。お前、寝てろっ」
俺の右手から一撃を喰らわした兵士たちに向かって雷が迸る。おぉ。これは凄いな。
「「「ぎゃぁあああああ」」」
俺の右手から放たれた雷は、周辺に居た兵士を巻き込んで二十人の兵士に命中する。雷に打たれた兵士たちは、麻痺で動けなくなっていた。俺を下卑た目で見ていた兵士は、しっかり麻痺して倒れているな。更に、雷を見た馬が怯え暴れ始めた。
「さあ、どんどん行くぞ!」
馬が暴れ出した事で、辺りの混乱具合が酷くなった。そこに再び、ミサオの<ダークアロー>が降り注いで来る。
ナイスタイミングだ。でも、間違っても俺に当てるなよ。馬も含めて、俺は次々とキマイラブロウで敵兵たちの体に一撃を加えていく。<雷迅>はキマイラブロウで触れた相手に必中する雷を放つアーツだ。剣のアーツにある<サンダーフォール>によく似たアーツだ。
違う点としては、<サンダーフォール>は、剣で傷つけた部位目掛け、雷が走り爆発を起こす。麻痺の効果は無い。俺の<雷迅>は触れた相手に雷が走る。<サンダーフォール>のように爆発はしないが、ダメージと共に体を麻痺させる効果がある。さらに、今はキマイラブロウを使った一撃。俺の予想は的中した。
「麻痺と睡眠の二重状態異常だ。相手を行動不能にする攻撃としては十分だな」
残った敵兵に向かって更にマーキングを兼ねた一撃を次々と入れていく。二発目を放つ頃には、もう百人は麻痺もしくは睡眠で戦闘不能にしていた。
とはいえ、やっぱり千人の兵を相手にするのは大変だな。あと九百人か。その内の百人が先へと進んでいく。
「流石に誰一人先へ進めさせないというわけにはいかないか」
先に進んだ兵はミコト達に任せる。俺は目の前にいる兵を行動不能にするだけだ。
「何なんだ。相手はたった一人の女。たかが冒険者だぞ。こっちの方が圧倒的に数が多いというのに、何故こうなる」
「これが異世界人の強さという事なのか」
「そもそもこの部隊にヒーラーや魔術師を編成しないから、このような事になるのだ」
「我らの異世界人は何をしているのだ」
俺の前に立っている兵士たちが文句ばかり言い始めた。それに良いことを聞いたな。ヒーラーと魔術師が居ないとは。状態異常からの回復は時間経過しかないと言うことになる。
俺は思わずニヤリと笑うと再び敵兵へと飛び掛かり、次々と<雷迅>の餌食を増やしていった。もう何だかんだで、三百人位の兵士を状態異常にし、行動不能にしていた。
多少疲れは出てきていたが、予想以上に敵兵が弱かったため、まだまだ十分に戦える。次の相手の方へと向きを変えた時、何か嫌な予感を覚える。
「何だ? 背中がザワつく」
敵兵に向かわず、飛び退けば俺の居た場所を一発の魔弾が通り過ぎる。
「今のは! ヒデオか!」
弾が飛んできた先を見てみれば、ヒデオが魔銃を構えて立っていた。
「少しはやるようになったじゃないか。いいぜ。俺がお前の相手をしてやる」
ヒデオが一歩踏み出すと、隣に立っている大人しそうな男がヒデオの前に手を出し、動きを制す。
「お待ちを。ここは私が」
「アゲート。やれるのか?」
「当たり前です。私を誰だと思っているのですか」
ヒデオの動きを制したその男は一歩、また一歩とこちらに向かって歩いて来る。
「私はアゲート。不甲斐ない我が兵士達に代わり、私があなたの相手をします」
アゲートは腰にある剣を抜くと、俺に向けて構えを取るのだった。




