暴れ熊
洞窟の奥へと進んでいくがフライアイ達と戦闘して以降、他のモンスターと全く遭遇しなくなった。
「おかしいな」
「そうね。アスカ、<感知>ではまだモンスター残っていたんでしょう?」
「ああ。数はかなり減っていたけど」
「ふぅん。で、この洞窟はあとどれくらいあるの?」
ミサオの質問に俺は溜め息をつく。
「はぁ……。お前、それを俺に聞くのかよ」
「だって、今までこんなに奥まで来れなかったもん。ここがどれくらい奥まで続いているのかなんて、知らないわよ」
「まだもう少し続くよ。ただ、モンスターが全く居ないのはおかしいんだけどなぁ?」
休憩中の<感知>が正しければ、この辺りにはモンスターがまだ居たはずなのだが、全く居ない。悩みつつも進んでいると奥の方から何か音が聞こえてきた。
ブン! ブン! ブンッ!
何かを振り回すようなその音は奥へと進むにつれて、大きくなってくる。
「さっきから、バットを素振りしているようなこの音は何だ?」
「なんか、少しずつ大きくなっているね」
「嫌な予感……。PD、ちょっと先に行って!」
ミサオがPDを先行させ、一分位経った。その時、
「うわっ! 何こいつ!」
ミサオが驚くのとほぼ同時にPDが吹っ飛んで来た。
「どうしたんだ!?」
「なんかでっかい熊が襲ってきた! あいつよ!」
それは体長三メートル位の見た目は熊に近いモンスターだった。かなり興奮しているようで、こっちに向かって走ってくる。
PDの前に来ると立ち上がった。立ち上がると八メートルはある巨体だった。そのモンスターがPDに思い切り腕を振り下ろすと、ブンッと風切り音が鳴る。
「今までのバットの素振りみたいな風切り音はこいつか!」
あの硬いPDを吹き飛ばす程の力だ。俺が当たれば只じゃ済まないぞ。PDは振り下ろされた熊の腕を両手でガードしたが、再び後ろへ吹き飛ばされた。
熊はすぐに振り下ろした腕とは反対の腕を下から振り上げた。ゴウッと音を立てたかと思ったら、何かが地面に傷を付けながらPDへ向かっていき、腹に五本の切り傷が入った。
風の刃か何か?
遠近どちらもいけるパワータイプ。しかも素早さもそれなりにある。体が大きいから、避けるのも大変ときた。たぶん、こいつがこのダンジョンで一番強いモンスターだな。
「<ドールリカバー>」
ミサオが傷付いたPDを癒やすと、PDを突っ込ませる。PDのパンチがモンスターの腹に当たると、ダメージに顔を歪ませる。
「こいつ、見かけ倒しじゃないの!」
「ギャァアアアッ」
モンスターが威圧するように大きな声で叫ぶが、ミサオは気にせずPDに追撃をさせるとカウンターと言わんばかりに、モンスターが左腕でPDを宙へと殴り上げた。
PDはモンスターの顔面付近まで飛ばされると、モンスターが両手を振り上げ、空中で無防備のPDにその豪腕を連続で叩き込み始めた。PDの体があっという間に傷だらけになると、光の粒子となって消えてしまった。
「あぁ! 嘘でしょ! 暫くPDが使えないじゃないの!」
ミサオがPDを倒され叫んでいる。モンスターはその声を聞いて次はミサオを標的にしたようだ。
「グルル……」
四つん這いになり唸り声を上げて、ミサオに向かって走り出す。
「ちょっ、待ってよ!」
「ミサオ! あぶない!」
ミサオを庇えば俺が、ひとたまりもない。注意をこっちに引き付けてやり過ごすしかない。
「はっ」
<空破>をモンスターの側面に向けて放つと、衝撃波でモンスターの体勢が崩れた。
「体勢を崩すだけか」
オークを吹き飛ばす位の威力はあるはずだが、あの巨体は吹き飛ばすことは出来ないみたいだ。だけど、こっちに注意を向けることには成功した。ミサオからこっちへ進路を変えて向かって来る。
「よし。こっちに来るな。さぁ、どうするか!」
取り敢えず、様子見の一撃だ。俺の目の前まで来ると、モンスターは立ち上がると同時に豪腕を叩き付けてくる。
その攻撃を躱し、肘に<疾風>を放つ。
ドゴッと鈍い音がするが、攻撃は通用したのだろう。痛みで後ろに下がる。が、すぐに襲い掛かってきた。
「グワァァ!」
「当たるか!」
腕を掻い潜り、モンスターの右側に回り込むと、右膝に<双牙>を使った<疾風>を当てる。ガクッとモンスターが右膝を地面につける。
「PDの与えたダメージが大きいみたいだな。このままいかせてもらうぞ!」
俺が追撃しようと構えると、モンスターの動きが早く、俺を払い除けるように右腕を下から上に振り上げた。
「うぉっとぉ!?」
ギリギリ躱したが、腕を振り上げた勢いで起きた風圧で体がよろけてしまった。
「しまった!」
よろけた俺に振り上げた腕を真っ直ぐ叩きつけてくる。しまった。これは避けられない。直撃を覚悟して、両腕を頭の上でクロスガードの姿勢を取る。直撃は只じゃ済まないと、思わず目を瞑ってしまった。
ガコッ!
頭上で鈍い音がした。だが、衝撃は無い。恐る恐る目を開けると、目の前にPDとは違う人形がモンスターの攻撃を受け止めていた。
「アスカ! 何してるの! GDが耐えている間に、そいつやっちゃってよ!」
GDと言ったな。名前から見ても分かる。防御特化型か。助かった。いや、助かっていない! 慌てて俺はその場から離れる。
「何で離れ……!」
モンスターが両腕を振り回す。さっきPDを倒した時と同じだ。GDがみるみる傷だらけになっていき、光の粒子となって消えた。
「はぁああ!?」
いとも簡単にGDが倒されミサオが驚きの声を上げる。
「いや、当たり前だろ! PDが簡単に倒されたんだろう? それと同じ防御力なんだから、俺が離れたらすぐに退かさないと!」
尤も、あの怒涛のラッシュが始まったら逃げようもないけど。<鑑定>でモンスターの状態を探ると、残りのHPが残り四割を切っていた。一気に畳み掛ければ押し通せるか?
「<紅蓮>、<双牙>」
両拳に炎を纏い<双牙>を発動させる。
「これで、どうだ!」
モンスターに向かって走ると、モンスターもPDに使った風の刃を飛ばして来た。地面を斬り裂きながら進んでくるから、刃は見えなくても、軌道は分かる。横に飛び風の刃を躱し、すぐさま前に飛び出し、拳を突き出す。
「<疾風>!」
「グルァァアアア!」
モンスターも雄叫びと共にあのラッシュを始める。俺の左右の連打が入ると同時に、モンスターの下から掬い上げる腕が俺の腹に直撃する。
「かはっ」
その豪腕から繰り出された攻撃は俺の体を宙に浮かせるには十分。次の攻撃で地面に叩きつけられるかと覚悟を決めた。その瞬間、モンスターの体が俺の方へと倒れて来た。
押し潰す気か。空中では躱しようがないし、何より力が入らない。俺はそのままモンスターの体に押し潰される形で地面に落ちる。
「お、重い…」
モンスターは俺の上に乗ったまま微動だにしない。なんとか這いずり出てモンスターの様子を見れば、既に息をしていなかった。
「ふぅっ。何とか倒せたな」
「アスカ、大丈夫?」
ミコトがやって来て<ヒール>を掛けてくれた。アルも出てきて、モンスターの死骸を食べたが、残念ながら素材は出なかった。治癒を受けている間に<感知>を使ってみたが、何故かこの先にモンスターの気配は感じない。
「よく分からないけど、もうモンスターはいないみたいだ」
「本当!?」
ミサオが嬉しそうに聞き返す。俺は頷き、傷も癒えた所で起き上がり先へと進んだ。途中、モンスターが居なくなった理由が分かった。
「成程ね。妙にブンブン音がしていたのはこういうことだったのか」
あの熊みたいなモンスター、暴走していたのか自分の近くにいたモンスターを殺していた。そこらに死骸が転がっていたのだ。
「お陰で楽が出来たね」
「そうだね」
ミコトとミサオが戦闘にならずにすんだ事に安堵していた。そして、これまでとは違う広い空間へと辿り着いた。奥には祠が見える。
「あ、あれがそうだよ! やっと着いた!」
「ちょっと待て。ミサオ!」
祠を見付けて走り出したミサオを静止する。ミサオは何よという顔をしながらこっちを見ている。祠の前にこの広い空間。どう考えても……。
「え、あれ何よ!」
予想通りだ。空間の中心に魔術陣が現れ、そこからモンスターが現れた。
「最後の番人って奴だな。さぁ、やるぞ!」




