試練の氷穴
一つ目の雪山を下り終わった俺たちは、漸く本来の試練の洞穴に続く道に戻る事が出来た。その道を進むこと二時間。やっと洞穴に辿り着いた。
「ここか」
「やっと着いたね」
「中に入る前に休憩しようよ」
「俺もミサオに賛成。流石に疲れた」
ノゾムとミサオが休憩しようと言うので、三十分程休憩を取り、洞穴の中へと入って行くと、その穴は奥へと真っすぐ続いている。途中、モンスターも出ることなく、話に聞いていた試練の舞台が見えてきた。
「うわぁ」
「成程。こりゃ落ちたら、お終いだな」
話に聞いていた通り、舞台の周りは谷のようになっており、海面までは五十メートル位ある。下が海だとはいえ、落ちたらただでは済まないだろう。
そして、その舞台の中心に丸くなって眠るようにしているモンスターが一体。
「あれが試練のモンスターか。<鑑定>」
モンスターの名前はアーマーウォルラス。セイウチのモンスターか。アーマーという名前の通り皮膚が鎧のように硬質化している。確かに手強そうだ。
「強そうだね。あたしも魔術中心の方が良いかも」
「そうだな。ミサオはMDかPDで魔術主体の方が良いだろうな」
「前衛は俺とアスカに任せろ」
「私はいつも通り回復でサポートするね」
「頼むよ」
戦闘の役割を決め、いざ戦闘へと向かおうと決めた時、背後に気配を感じた。
慌てて後ろに振り向くとそこには真っ黒な全身鎧に包まれた人間が立っていた。顔もフルフェイスで覆われている。突然現れたそいつに俺たちは警戒の色を隠せず身構える。
「誰だ!」
「………………」
こちらの問いに沈黙を保つ全身鎧。だが、不思議な事に殺気らしきものは感じない。とはいえ、怪しさ満点なので、警戒は解く事も出来ず、沈黙が続く。
「ねぇ! あたし達に何か用があるの!? 何か言いなさいよ!」
痺れを切らしたミサオが全身鎧に問い詰める。しかし、返事はない。
「なあ? もしかして口が聞けないか、耳が聞こえないとか?」
ノゾムがそう言うと全身鎧は首を横に振った。どうやらこちらの声は聞こえているらしい。ノゾムの質問を否定したということは、返事も出来る筈なのだが。
「声も聞こえて、喋れるなら返事しろよ」
「………………」
それには沈黙で返す全身鎧。こいつは何がしたいのだろう。無視している訳でもなさそうなのだが。まさか?
「もしかして、声が小さくて聞こえないだけなのか?」
こくこくと頷く全身鎧。おい、喋っていたのかよ。殺気も感じないし、俺は身構えるのをやめた。
「アスカ?」
「こいつからは殺気も感じないし、戦意も感じないからな。ただ、普通の人間じゃないのは確かだけど」
全身鎧の人間は何かを言いたそうなのだが、じっとしているだけ。参ったな。話が続かない。
「俺達に何か用があるなら早くしてくれよ。今から試練に挑むんだからさ」
ノゾムがやや強めに言うと、全身鎧は一歩後退り直ぐに元の位置へと戻った。
「…………た」
「た?」
男の声だ。声の感じだと同じ位の年齢のようだ。全身鎧の男は、首を横に振り再び口を開いた。小さな声だったが、今度は漸聞き取ることが出来た。
「…………迎えに来ました」
「迎えって? もしかしてジェダの?」
男は大きく頷く。ジェダの迎えということは、俺たちがここに来たことを知っているという事だ。しかも、この試練を受けるということも。どこで情報を手に入れたのかはともかく、ここまで来ていて迎えに来たからとこのまま行くのもなんだな。
「試練を受けてからで良いかな? ここまで来ていて受けずにそっちに行くのもね」
「そうだよ。またここまで来るの面倒だよ」
「俺もアスカに賛成」
全身鎧の男は暫く黙っていたが、仕方ないと頷いた。
「よし、じゃあちょっと待ってて。三人共行くよ」
俺の呼びかけに三人は頷き、アーマーウォルラスのいる場所へ行こうとした時、全身鎧の男から呼び止められた。
「…………あ、あの。僕も手伝った方が?」
「え? 手伝ってくれるの?」
ミサオが聞き返すと男は頷く。だが、ノゾムがしっかりと男の申し出を断った。
「ジェダの使いか何か知らないけど、会ったばかりの怪しい奴に背中は預けられねぇよ。悪いけど、お断りだぜ」
「…………」
ノゾムの言葉に再び黙る男。そのまま動かなくなった。それを見たノゾムが行こうと言うので、俺たちはそのまま戦いの場へと移動する。
「あそこまで無碍にしなくても良かったんじゃないのか?」
「そうだね。見た目強そうだし」
俺とミコトの言葉にノゾムは答える。
「あいつが手伝って、楽して魔器を手に入れようって魂胆だったらどうする? 若しくは手伝う振りして背後から襲われたら?」
「考え過ぎじゃないの?」
「ミサオお前まで言うか? なんか俺が悪者みたいじゃねぇかよ」
「別に悪者扱いはしてないさ。ただ、あの男はたぶん召喚者だと思うからな。ヒデオみたいに敵視していた訳でもなかったから、そう思っただけだよ」
そう。あいつは俺たちと同じ、この世界に召喚された人間だろう。あの鎧、<鑑定>を掛けても鑑定不能で分からなかった。あれがあいつの魔器なのだろう。
そんな事を考えながら歩いている内にアーマーウォルラスのいる円形の舞台へと辿り着いた。全周が崖となっている。落ちたら終わりだ。
そして、俺たちの到着と共にそれまで丸くなって寝ていたアーマーウォルラスが目を覚ましムクリと起き上がる。
「ブォオオオオ!」
雄叫びが魔器を手に入れるための試練の開始の合図となった。