子竜
セティフの洞窟が目の前から消えてしまった。聖女パーティは聖女を残し、他のメンバーは転送陣によって何処かに転送されてしまった。俺とポーラ、そして聖女の三人はその場でただ呆然としているだけだった。
「何でこうなった……?」
俺の呟きにポーラは首を横に振る。それはそうだ。洞窟がまるっと一つ消えて無くなるなんて誰が想像するか。分からないのは、聖女パーティもだ。聖女以外に転移陣が発動していた。何故、全員じゃなくてあの四人だけなんだ?
何か理由があるような気がするけど、全く分からない。転移先も何処に飛ばされたのか。俺の様子をじっと見ていたポーラが口を開いた。
「アスカ、兎に角村に戻るわよ。あなたもいい?」
聖女に尋ねると、一人取り残され不安だったのか、聖女は静かに頷く。そういえば、この子の名前聞いていなかったな。
まあ、後でいいか。とりあえず今は村に帰ろう。
村へと戻り、ギルドに顔を出す。俺達は、セティフの洞窟が消えた事、セレス達が転移させられてしまった事を説明する。一通り説明が終わると、宿へと戻った。聖女も一緒だ。
状況が整理出来るまで、俺達が面倒を見る事になったからだ。宿の部屋へと戻るとそれまで黙っていた聖女が漸く口を開いた。
「あの、自己紹介がまだでした」
「え? そうなの?」
ポーラが驚いた様子で俺の方を見る。俺は小さく頷き答えた。
「ああ。セレスがこの子の自己紹介を止めたんだよ」
「全く、姉さんは……」
自分の姉に呆れてため息を付くポーラを手で差し、
「彼女はポーラ。セレスの妹らしい。俺はアスカだ。よろしくな」
「私はミコトです。こことは違う異世界から召喚されてきました」
話に聞いていた通り、ミコトは俺と同じく異世界から召喚されたらしい。
「そうか。実は俺もそうなんだ。あっちのフルネームは渚飛鳥。それにこう見えて、俺は男だから」
「え?」
ミコトが俺の体をじっくりと観察してから、聞き返す。
「男性? どう見ても女性にしか見えませんけど……」
視線は俺の大きな胸で止まっている。説明が面倒くさいな。毎度の事ながら……。俺はステータスプレートを取り出し、俺の性別を見せる。
「ほら、男だよ」
ステータスプレートを見たミコトは驚きを隠せなかったのか、プレートをじっと見ていた。
「そんな。本当に、男性なんだ」
(それに私と同い年なんだ……)
「だから男だって言っただろ。呪いのせいなんだよ……」
まあ、これでミコトは漸く男だと信じてくれたようだ。今日はひとまず休もうという事になった。しょうがないよな。こっちに来てから、ずっと一緒に居たパーティメンバーと突然別れてしまったんだ。俺もポーラが突然居なくなったら……。
うん。ショックだろうな。
そんな事を考えながら、眠りについた。
(…………けて…………)
誰だ? 俺を呼んでいるのか?
(た…………て…………)
誰なんだ? 俺を呼ぶような声で目を覚ました。まだ外は暗い。こんな夜中に一体。
(ア……スカ…………セティフ…………跡…………て…………)
目が覚めてもまだ聞こえる。気のせいじゃなかったのか。服を着替え宿を出ようとしたら、ポーラとミコトも起きてしまった。
「アスカ、こんな夜更けにどうしたの?」
まだ眠たそうに欠伸をしながらポーラが尋ねてきた。
「俺を呼ぶ声がしたんだ。何だか助けを呼んでいるようで、行かないといけない気がするから、ちょっと出て来る」
「待って、私も行くわ」
「あの、私も良いですか?」
ミコトも付いてくるつもりらしい。
「戦闘になるかもしれないけど、大丈夫かい?」
ミコトに尋ねるとミコトは静かに頷いた。
「大丈夫。聖女という職業は伊達じゃないですよ。攻撃は苦手ですけど、回復と支援は任せてください」
「分かった。くれぐれも気を付けて」
俺がミコトに声を掛けると、ポーラがクスクスと笑いだした。
「何で笑うんだよ?」
「だって、アスカよりミコトの方がレベル高いだろうに。気を付けるのはあなたの方じゃない」
むぅ。それは言わないでくれよ。締まらないじゃないか。ほら見ろ。ミコトも笑っているじゃないか……。
うん? 何か可愛いい……。
いや、今はそんな事より謎の声が先だ。
「もう行くぞ!」
謎の声はセティフという言葉を言っていた。セティフの洞窟があった場所へと急いで向かう。
走っていると、洞窟のあった辺りが何だか明るい。その明かりはゆらゆらと揺れているようだ。
「あれって、炎じゃないかしら?」
ポーラが指差す方向を見ると真っ赤な炎が天に昇るように上がっていた。その傍には、でかい蜥蜴みたいなのと小さな蜥蜴?
小さい方には翼があるようにも見える。
近付いていくとポーラが叫んだ。
「そんな!あれはファイアリザード!何であんなのがこんな所に!」
あのでかい蜥蜴みたいなのはファイアリザードというらしい。どちらかというと、蜥蜴というよりサンショウウオか。あ、小さいのに向けて火吹いた。小さいのはどうやら子竜のように見える。竜なんて本物を見たことはないが、あの姿はアニメや漫画に出て来る竜そのものだ。その子竜は、ファイアリザードの火をまともに受けてしまった。
「キュゥゥゥ……」
小さな弱った声で子竜が鳴く。助けを求めているようだ。
「きっとあの子竜だ。<アクセルブースト>!」
俺の体が赤い光に包まれ、俺は一気にファイアリザードに向かって駆け出した。
「駄目! アスカ!」
ポーラが静止するが、俺は子竜を抱え上げ、ファイアリザードに拳を叩き込む。
硬っ!
殴ったこっちの方が痛い。ダメージはどう見ても〇だな。すぐにこいつから離れないと。離れようとする俺に長い尻尾を叩きつけて来た。
「速い! こいつ、見た目の割にアクセルブーストを使っていても俺より速いぞ! うわっ」
右手でガードをするが吹き飛ばされてしまった。しかも、たった一撃で俺の体が言う事を聞かなくなった。こいつ強過ぎる……。
「<クイックヒール>!」
ミコトの叫び声のようなスキル詠唱が聞こえた。これは……。体が軽くなった。
左腕で抱えている子竜にも効果があったのか、さっきまで苦しそうにしていたが、今は静かに目を閉じている。ポーラとミコトが俺の傍へと急いでやって来る。
「アスカ! 大丈夫なの?!」
「大丈夫ですかっ!? <ヒール>!」
ミコトが更に<ヒール>を重ね掛けしてくれたおかげで動けるようになった。
「ありがとう。助かったよ。ミコトが居なかったら、死んでいたかもしれなかった」
「良かった。力になれて」
「もう、無茶しないでよね」
二人がホッと安心した表情を見せるが、まだ安心出来る状況じゃあない。
「さてと、どうしようか? あれ……」
こっちをじっと見ているファイアリザードを指差し、俺は二人に問いかけた。




