決着
ゴブリン五体を退治した俺は、ポーラを加勢するために駆け出した。ゴブリンコマンダーはもう呼び出せるゴブリンがもういないのか、ポーラとの戦闘にそんな余裕が無いのかゴブリンを呼び出す様子もない。
俺はゴブリンコマンダーの背後から防具が覆われていない首を殴りつけた。だが、手甲を装備して攻撃力が上がっているはずの俺の攻撃はゴブリンコマンダーには全く通じていないようだ。
何のダメージも受けていない俺の攻撃は全く気にすることもなく、ポーラに向かって剣を振り下ろし、背後の俺は完全に無視の状態。
「アスカ、何しているの!? すぐに離れなさい!」
ポーラがゴブリンコマンダーの剣を弾きながら俺に向かって叫ぶ。その意識が一瞬、俺に向いた隙をゴブリンコマンダーが逃さず、ポーラの腹に蹴りを入れ、ポーラが後ろへと飛ばされた。
「ポーラ!!」
「ム、オマエ、オレノブカタオシタ? オマエノアイテアト。ソコデオトナシクシテロ」
ゴブリンコマンダーが振り向き様に俺を裏拳で殴ってきた。俺は躱そうとしゃがみ込むが<アクセルブースト>で素早さが上がっている俺よりもゴブリンコマンダーの動きの方が速かった。俺は避けきれず、裏拳が頭を掠める。そして、掠めただけの攻撃で俺は後ろに吹き飛ばされた。
「アスカ!」
ポーラが心配そうに叫ぶが、ゴブリンコマンダーが一気にポーラの方へと向かうとポーラがゴブリンコマンダーに顔面を殴り飛ばされるのを目にする。
殴り飛ばされたポーラは地面に倒れこむとピクリとも動かなかった。動かないポーラを確認したゴブリンコマンダーは、俺の方に向き直るとゆっくり歩き出す。
「コレデジャマイナクナッタ。サァ、オタノシミノジカン」
下卑た笑みを浮かべながら真っすぐ俺の方に歩いて来る。
立たなきゃ。早く。でも足が動かない。やばい。このままじゃ犯される!
あと俺の所まで二メートル。何とか俺は立ち上がるが、足に力が入らずふらふらとよろけてしまう。
「マダウゴケル? モウスコシイタメツケル」
ゴブリンコマンダーが左手を上げ、俺の顔にビンタしてきた。駄目だ。躱せない。
パチンッ
乾いた音が俺の頬から上がる。そして、頬を叩かれた俺は、また後ろに飛ばされ、倒れこんでしまった。
「コレデモウウゴケナイハズ」
ゴブリンコマンダーの言う通り、今のビンタで俺の体は全く言うことをきかなくなった。
「……い、……いやだ……、嫌だあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺は今まで出したことがない程の大声で叫んだ。その叫び声を聞いて、ゴブリンコマンダーが益々気持ちの悪い顔で笑う。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
俺はゴブリンコマンダーが近寄るまで何度も心の中で叫ぶ。こんな所に俺を召喚した奴。俺の体を性転換の呪いとか訳の分からない呪いをかけた奴。そいつらを恨む。だが、恨んだ所でこの状況が変わる訳無い。
それでも何とか助かりたい。その一心で力を振り絞る。ゴブリンコマンダーが地面に伏している俺の体を仰向けに起こし、ニヤァっと笑う。
「サア、オタノシミノジカン!」
「触るなぁぁぁっ!!」
ゴブリンコマンダーが俺の服を破ろうと手を伸ばしたその時、俺の体が突然金色に輝き出した。
「ナンダ!? マブシイ!」
俺が不思議に思っていると、輝いただけじゃない。何だか体の奥から力が湧き上がってくるのが分かる。
何が何だか分からない。でも、何だか今ならいける気がする。ゴブリンコマンダーを手で押しのけ、立ち上がってみる。動ける!
「何かよく分からないが、いける?!」
眩しそうに顔を仰け反らせているゴブリンコマンダーの顔面に思いっきり殴りつけてみた。
「ギャフッ」
変な声を上げながら、ゴブリンコマンダーが後退する。効いた!どう見てもダメージが入っている。
眩いばかりに輝いていた光は収まったが、俺の体は<アクセルブースト>の赤い発光ではなく、金色の光に包まれているままだった。
「オマエ、ナニシタ。ナンデ、ウゴケル? ナンデ、オレイタイ?」
「何をしたかって? そんなの俺が聞きたい位だ。でも、これでお前を倒せる!」
「ワラワセル。オレ、オマエニマケナイ。コンドコソ、オトナシクスル」
奴が俺に向かって走ってくる。それにしても奴の動きが遅く感じるのは気のせいだろうか。奴が振り上げた拳が打ち下ろされる前に、俺は奴の顔面に拳を叩きつける。カウンターとして入った俺の攻撃で奴の顔が後ろに跳ねる。
「グフッ」
チャンスだ。すぐに反対の拳でもう一発顔面に喰らわす。
「ギャフッ」
「ガァァッ!」
ゴブリンコマンダーが殴られながらも剣を下から斬り上げてきた。
「しまった」
俺は小手でその剣戟を受け止めた。小手は全く傷一つ付くこともなく完全にゴブリンコマンダーの攻撃を防いでいた。ゴブリンコマンダーも驚いていたが、それ以上に俺の方が驚いた。この感覚はダメージを全く受けていないぞ。
「くたばれぇっ!」
俺は奴の腹を思いっきり殴り、くの字に曲がり無防備になった顎を下から打ち上げる。
「うぉぉぉぉぉぉっ!」
最後の気力を振り絞り、跳ね上がった顔面に左右の連打を叩き込むと、奴の体が光の粒子へと変わった。
「た、倒した……。倒せ……た…………」
奴を倒した事で、気が抜けると俺の体を覆っていた金色の光が消え、湧き上がっていた力もなくなり、俺はその場に倒れ込んでしまった。
どれくらい意識を失っていたのだろうか。
「アスカ! アスカ! 起きて、アスカ!」
俺の名前を呼ぶ声と体を揺さぶられる感覚で目を覚ます。
「アスカ! 良かった。目が覚めたわね」
「ポーラ?」
俺はポーラの膝の上に頭を乗せている状態だった。動こうと思ったが、全身に痛みがあり体を起こせない。
「良かった。ポーラ。無事だったんだ」
「それはこっちのセリフよ。気が付いたら、あなたが地面に倒れていてあいつの姿がなかったんだもの。びっくりしたわ」
「へへ。何とか倒したよ」
「そうみたいね。何が起きたのか分からないけど、そこに転がっているあいつの装備を見た時は驚いたわ。まさか、あなたがあいつを倒したなんて。動ける? 早く村に戻って休んだ方がいいわ。ここはまたいつ襲われるか分からないもの」
「ははは……。そうしたいんだけど、全く動けそうにない……」
ポーラは俺の頭を地面に置くと、仕方なさそうに俺を抱きかかえ、おんぶする。
「しょうがない。私がおぶって帰るわ」
「ありがとう。ポーラ」
「大丈夫よ。さあ、帰りましょう」
そして、帰り道にモンスターと運よく出会わずに済んだ俺達は、無事に村に帰り着く事が出来た。
それにしても、あの金色の光は一体何だったんだろう。あれが無ければ、今頃俺は奴の毒牙の餌食に……。
想像しただけでもおぞましい……。
俺とポーラはその日、宿でぐっすりと眠り込んでしまった。細かい事は明日また考えよう……。




