エンペラータイガー再び
神聖樹の樹液を採取し終えた俺たちは、トナペレ族の村へと戻るため、来た道を引き返していた。
そして、例のエンペラータイガーと遭遇した場所に辿り着く。
既にエンペラータイガーの姿は無かった。無かったが、何かがおかしい。何がおかしいのかと聞かれたら、答える事は出来ないが、何か異様な雰囲気を醸し出している。
神聖樹の神聖で厳かな空気を味わって来たから、尚更そう感じるのかもしれない。それは、俺だけじゃなかった。ミコトたちも同じようだった。
「ねぇ、何かここ空気が重くない?」
「ああ。俺もそんな感じがする。それに、サウザート兵の死体は何処に行ったんだ?」
ミサオとノゾムがキョロキョロと辺りを伺うが、サウザート兵の死体は見えなかった。俺は<感知>を使って周辺にエンペラータイガーが居ないか確認をするが、<感知>の索敵範囲にはもう居ないようだ。何も反応が無い。そう、何も反応が無い。俺たち以外の生き物がこの場所には何も居ないのだ。
半径五キロメートル圏内にモンスターの一体も居ないなんて有り得るのだろうか?
「この辺りには何も居ない。あのエンペラータイガーも」
「ねぇ、あそこ、あれ何かな?」
ミコトが指差した場所を見ると、地面が抉れたような跡があった。その場所を確認しに行くと、その抉れた地面の周りには、夥しい数の血の跡があった。
「ゔっ……」
ミサオが血痕を見て、吐きそうになる。その血痕は、明らかに人の物だと分かるものがあった。エンペラータイガーに叩き潰されたのだろう。人の形を象った跡が複数あった。わざわざ死体を踏み潰したのだろう。
「サウザート兵の死体は食われちまったんだろうな……」
「そうでしょうね……」
ノゾムの言う通り、サウザート兵の死体はエンペラータイガーの胃の中に入ったんだと思う。ただ、ミコトは二体にやられたと思ったみたいだが、俺にはそうは思えなかった。
あの体の小さかったエンペラータイガー。あれは、大きな方にも敵意を持っていた。そして、大きな方は小さな方に怯えていた。そう見えた。
それにサウザート兵の死体にわざわざこんな地面が抉れるような攻撃は必要ない筈。その証拠に抉れた地面には、周りの赤黒い血痕とは別に、大量の血痕が付いていた。
「これ、エンペラータイガーの血痕じゃないか?」
抉れた地面の血を指で擦りながら、俺は皆の方を見る。
「モンスター同士で争ったってこと?」
俺はミコトの質問に頷く。
「デザートドラゴンも仲間割れをしていただろう?」
「そう言えば、そうだね……」
ミサオは気持ち悪そうに答える。
「たぶん、あの小さいエンペラータイガーの縄張りにあのデカいエンペラータイガーが入り込んだんだ。そして、サウザート兵も。だから、縄張りを荒らされたと怒って、大きい方のエンペラータイガーを襲い、サウザート兵の死体は必要ないのに踏み潰したんだろう。きっと」
俺の言葉に皆は確かにと納得してくれたようだ。
「お前の言う通りかもな」
ノゾムも抉れた地面に付いている血痕を見ながら答える。ミコトとミサオもうんうんと頷いていた。
「ねぇ、そうだとすると、ここにじっとしているのはまずくない?」
「そうだね。私達が再び縄張りに入って来たと思われてもおかしくないよ」
「<感知>に引っ掛からなかったとはいえ、急ごう。あれは、俺の予想だと族長が言っていた森の死神だ」
「よし、行こうぜ!こんな危ない所とは、おさらばだ!」
俺たちは急いで逃げるようにここから離れるように駆け出した。暫く走っていると、何かに見られている感覚を覚える。<感知>を使ってみたが、特に何も検出しなかった。
だが、何かに見られているという感覚は、俺だけでは無いみたいだ。他の皆も走りながら、辺りを伺い始める。
「なあ、何かに見られている気がしないか?」
「する」
「するね」
「俺もそんな気がして、<感知>を使ってみたが、何も居ないんだよ。でも、見られている感じは消えないんだよな」
嫌な予感がする。見られている感覚が、より強くなっている。
「皆、散れ!」
ノゾムが突然叫び声を上げ、俺たちは直ぐに飛び退いた。直ぐにゴウッという風圧が俺たちの居た地面を叩きつけ、三本の爪痕の形で抉れる。
「そんな、<感知>で何も見付からなかったぞ。最近、スキルから逃れるモンスター多くないか!?」
「マンイーターは植物だったからな。アスカ、腹を立ててもしょうがねぇよ」
「分かっているさ」
それより、地面の抉れた角度からモンスターの居る場所を予測すると、木の上? エンペラータイガー程の巨体で枝に乗れるのか? 居るであろう場所を見てみるが、エンペラータイガーの姿は無かった。
「何処だ!?」
「分からないよ。取り敢えず、GD!」
「アスカ、<探知>は!?」
「駄目だ。どっちにも引っかからない。探すしかないぞ!」
「<ホーリーバリア>!」
ミコトが障壁を張ると、そのすぐ後にドンッと衝撃が来る。しかもたった一撃で障壁に罅が入っている。
「嘘! ミコトの<ホーリーバリア>がたった一発で罅が入るなんて」
分かっていた事だが、やはり一撃喰らったら、致命傷を負いかねない。早く見つけないと洒落にならないぞ。
今も攻撃が飛んできた方向を探しているが、姿は見えない。これが森の死神と呼ばれる由縁なのだろうか。おそらくは攻撃と同時に枝から枝へと飛び移っているのだろうが、あの巨体でそんな芸当が出来るのだろうか?
「くそっ! 何処から攻撃してくるんだ!」
そもそも、前に対峙した時は途轍もない殺気を放っていた。今はそれを全く感じない。近くには居ない? 焦るな。よく観察して、探すんだ。
次の攻撃が来た。障壁がバリンと音を立てて割れる。最初の一撃、次、そして今。徐々に俺たちの背後に回って移動している。
ミコトが新しい障壁を張り直すのと同時に背後から音が聞こえてきた。しかも射線が上方からではなく、地上から直線的に。
攻撃の当たる間隔も少しずつ短くなって来ている。俺たちの周りを回り込みながら、距離を縮めてきている。次の攻撃が当たり障壁が砕けた瞬間、俺は攻撃の来た方向と全く別方向に<気弾>を放つと、エンペラータイガーの放っていた攻撃に命中し、爆発する。
「お前、見付けたのか?」
「いや、攻撃を予測しただけだよ。でも、今ので何となく分かった」
連続で<気弾>を反時計回りに放てば、次々と爆発が起き、エンペラータイガーの攻撃を尽く相殺していく。
「来た!」
神聖樹へ向かう前に感じた強烈な殺気。いや、それ以上か。漸く、視認出来る距離にまで近付いたエンペラータイガーが、絶対に逃さないという雰囲気を醸し出しながら、こっちをじっと見ていた。




