神聖樹の下へ
体の小さなエンペラータイガーは、俺たちというより、俺たちが戦っているエンペラータイガーを睨んでいるようだった。
まだ距離はかなりある。そもそも、これ程の殺気を放つモンスターがここまで近付いてくるのに誰も気が付がなかったとは。
「ノゾム、動けるか?」
「ああ、何とかな……」
大鎌を杖代わりに立ち上がる。走るのは厳しそうな感じだが。
「ミコト、ミサオ! こっちへ来てくれ!」
目の前のエンペラータイガーは完全に怯えきって動かない。合流するなら今がチャンスだ。俺の呼び掛けで、二人は急いでこっちへ駆けてくる。
「どうしたの?」
「あいつ、何で急に動かなくなったのよ?」
二人の質問に答えるように、小さなエンペラータイガーの方を視線で伝える。
「静かに、あいつを刺激しないように頼むよ」
「あの小さいエンペラータイガーがどうかしたの?」
「あれが、あいつを怯えさせて動きを止めているんだよ」
「お前ら、あいつの殺気が分からないのか?」
ノゾムが二人に尋ねると、二人共首を横に振る。
「殺気なんて、分からないわよ」
「殺気なのかは分からないけど、何か嫌な雰囲気なのは分かるかな」
俺は、ニ体のエンペラータイガーの動きに注意しながら、皆に提案する。
「逃げるぞ」
「そうだな。俺も賛成だ」
「あいつはいいの?」
ミサオが折角ダメージを与えたエンペラータイガーを倒さなくてもいいのかと気にしているが、
「あいつを倒そうと戦闘開始すれば、たぶん、あっちが動き出す」
「ああ、そんで全滅、……だな」
「え?」
「分かった。じゃあ、<ヒール>」
ミコトはノゾムに<ヒール>を掛け、逃げられるように傷を癒やす。
「あいつらは?」
「助けるつもりで、エンペラータイガーと戦ったけど……」
「無理だ。あいつらを助けながらなんて、そんな余裕ねぇよ」
ノゾムも前衛職だからなのか分からないが、あの小さなエンペラータイガーのヤバさが分かっているみたいだ。俺の逃げの一手のみを理解してくれていて、二人の説得が楽でいい。俺とノゾムの二人に言われ、ミコトとミサオの二人も直ぐに納得してくれた。
「よし、刺激しないようにゆっくりと離脱するぞ」
三人はコクリと頷き、俺たちは体はエンペラータイガーの方へと向けたまま、ゆっくりと神聖樹の方向へと歩き始める。
エンペラータイガーは、俺たちが離脱しようとしているのが分かったのか、一歩踏み出そうと動くが、小さなエンペラータイガーのプレッシャーでその足を引っ込める。その様子を見ていたサウザート兵たちが、これ幸いと言わんばかりに、全員手にしていた武器を構える。
「あいつら、手負いのモンスターから逃げようとしているぞ」
「何故かは分からないが、動きを止めている」
「おい、チャンスじゃないのか?」
「そうだな。あんな強力なモンスターだ。さぞ、経験値は高いだろう」
「レベルアップして、出世の糧にするぞ」
「「「「「おおっ!」」」」」
サウザート兵が一斉にエンペラータイガーに向かって駆け出す。
「死ねぇ!」
「くたばれぇ!」
その様子を遠くから見ていた小さなエンペラータイガーは、ゆっくりと起き上がり、一声上げる。
「グォオオオオオオオ!」
エンペラータイガーがその声を聞くと、ビクッと一歩後退り、クルリとサウザート兵たちの走ってくる方向へと向きを変える。
「こっち向いたぞ」
「構うか! 手負いなんだ、この人数でやれば勝てる!」
エンペラータイガーがサウザート兵たちに向かって駆け出した。
「あの馬鹿たち、刺激しやがった」
「あの小さい方も動き始めるわよ」
「くそっ、全力で走るぞ! 神聖樹に急ぐんだ!」
クルリと踵を返し、駆け出した。後ろからサウザート兵の悲鳴が聞こえる。
「くそぉっ! 手負いのくせに!」
「うわぁあああ!」
「あ、俺の腕、食われて、痛ぇええええ!」
実力差を考えずに突っ込んだのだから、自業自得だろうが、離脱しようとしていた俺たちにとっては、迷惑以外の何でもない。小さなエンペラータイガーは、あのエンペラータイガーやサウザート兵には一切目もくれず、俺たちを追い掛けて来た。
「あいつ、速いぞ」
「追いつかれちゃうよ」
不味い。もしかすると族長が言っていた森の死神ってあいつなんじゃないのか? 明らかにスピードが違う。しかも、デカい方のエンペラータイガーがあれだけ怯えていたんだ。この森の支配者の縄張りにいつの間にか入っていたのだろう。それで怒りを買ってしまい、今の状況になったと予想していた。
更に侵入したエンペラータイガーを先に襲うのかと思っていたが、こっちに向かって来たということは、縄張りどうのということじゃないのか?
兎に角、今は追い掛けて来る森の死神と思しき、エンペラータイガーに追いつかれないようにしないといけない。
「ミサオ、SDの攻撃で足止めとか出来ないか?」
「どうだろ? 取り敢えず、やってみる」
ミサオはSDに指示を出すと、SDは走りながら器用に矢を放つ。だが、エンペラータイガーは、あっさりジャンプして飛び越し、全くその速度を衰えることは無かった。
「むぅ。駄目ね。もっと、乱れ撃ちとか出来ない?」
SDはミサオの質問に応えるように立ち止まり、エンペラータイガーの方へ向き直ると、弓を引き絞り、矢を放った。放たれた矢が分裂し、避けることの出来ない矢の雨となる。
「おお、凄いじゃん」
「SDやれば出来るじゃない!」
ノゾムとミサオが感心していたが、エンペラータイガーは一瞬立ち止まると、矢の雨に向かって一声吠える。
「ガァアアアッ」
その一声に大気が揺れ、矢の雨は打ち消された。そして、再び走り始める。
「えぇえええええ!?」
「たった一声で……」
しょうがない。足止め出来るか分からないが、
「皆このまま走っていてくれ」
「アスカ?」
<フラッシュムーブ>でエンペラータイガーの前に移動すると同時に、右ストレートを放つ。突然目の前に現れた俺の攻撃に驚いたのか、一瞬スピードが落ちる。そして、右ストレートがエンペラータイガーのコメカミに当たる。
「うぉ、殴った俺が吹き飛ばされるとは」
エンペラータイガーの勢いに負け、吹き飛ばされてしまい、体勢を崩した俺にエンペラータイガーが飛び掛かってきた。
「甘い」
<フラッシュムーブ>で、ミサオの横に一瞬で戻り、そのまま走り出す。
「無茶するなよ」
「そうよ、アスカ」
「何考えてるのよ、アスカ」
「まぁ、見てなって。<雷迅>!」
右拳に纏わせていた雷がニつに別れてニ体のエンペラータイガーに向かって走る。
「ガァアアアッ」
再び、エンペラータイガーが雄叫びを上げるが雷は消える事なく、追い掛けて来るエンペラータイガーに当たり、サウザート兵を全て殺し終えたエンペラータイガーにも命中した。
「ギャウ」
雷に打たれ、体が麻痺したエンペラータイガーを確認し、ガッツポーズを決める。
「やるじゃねぇか」
「今のうちに距離を」
「いや、あれ見て」
「嘘でしょ」
体の大きなエンペラータイガーは、麻痺から回復しておらず、ピクピク痙攣して倒れていたが、小さなエンペラータイガーは、痙攣しながら起き上がり始める。
「逃げられないのか?」
せめて、エンペラータイガーが一体だけなら、まだどうにか戦えるかもしれないが、勝てるかもはっきりしない。何とか逃げたい、何か方法は無いかと考えていると、
「フッフッフゥ、僕のぉ、出番だねぇ」
アルが突然出て来た。しかも、やたらと自信たっぷりに。
「アル! 何か良い手でもあるのか!?」
「あるよぉ、こういう時こそ、新たな力に目覚めたぁ、僕のぉ、力をぉ、見せてあげるぅ! <ディープミスト>ぉ」
アルの体から濃い霧が発生する。出て来た霧が辺りを覆っていく。
「この霧はぁ、僕が選んだ相手以外、視界と方向感覚を狂わせるんだよぉ」
「おお、凄えじゃねえか」
「効果時間は三十分位だからぁ、早く逃げないとぉ」
「相変わらず、戦闘スキルじゃないんだな」
「うるさいよぉ、アスカぁ」
「ごちゃごちゃ言ってないで、逃げるよ!」
「ミサオの言う通りだよ。早く逃げよう!」
ミサオとミコトの言葉に頷き、アルの作り出したこのチャンスを逃さない。
「行こう!」
何とかエンペラータイガーを振り切り、神聖樹の下へと辿り着く事が出来た。




