試しの宮殿(ミコト)
ミコトの選んだ部屋は中に入ると何も無かった。家具一つ無く、窓も無い。まるで牢屋を思わせるような暗い部屋だった。ミコトは一体どんな試練が待っているのかと、部屋の中心へと歩いていく。
「おかしいな? 試練の部屋のはずだけど?」
一向に試練が始まる気配の無い部屋に入る部屋を間違えたのかと、戻ろうと振り返ったミコトは、驚いてその場に立ち尽くす。
「え? ドアが消えた?」
試練が始まらない何も無い部屋に閉じ込められた。あのデイジーは偽物だったのではないかと疑い始めたその時、部屋にデイジーの声が響く。
「ミコトだったっけ? あなたの試練はもう少し待って。あなたの力、少し特殊みたいだから。部屋が変わるのに時間が掛かっているみたい。あと少しで終わるから」
部屋が変わるという意味が分からなかったが、もう少し待てば試練が始まるみたいだ。それにしても、力が特殊とはどういう事なのだろうと考えていると、五分程経った時、部屋の空気がひんやりとした気がした。
その瞬間、ミコトは嫌な予感のままに<ホーリーバリア>を展開する。青い聖なるバリアが張られるのと同時に、今まで何も無かった殺風景の部屋が一転、無数の木が生える密林へと変わった。
そして、ガキン、ガキンとミコトの全方位からバリアに何かがぶつかる音が響く。
「いきなり過ぎるわね」
見れば、木々の間に身長二メートル位の猿のようなモンスターがおり、ミコトに向けて何かを投げ付けて来ている。
「猿のモンスターがいっぱい。今は大丈夫だけど、参ったなぁ」
はっきり言って、防御については今の状況から見ても猿のモンスターはミコトの<ホーリーバリア>を突破出来る力は無いみたいだから、やられる事は無い。だが、ミコトも逆に猿を撃破出来ないのが問題だ。
ミコトの力は回復や支援に向いており、攻撃魔術は<ウォーターアロー>だけ。それを当てるにはこの障壁を解除しなければならない。見る限り自分の<ウォーターアロー>一発で仕留めることは出来無さそうだった。
現在進行形で全方位から攻撃が来る中、<ホーリーバリア>を解除して攻撃するのは自殺行為と言っていい。
「私の火力不足を前提にこんな試練にしたとしか思えない。でも、それなら、直ぐに試練が始まっても良さそうだったけど」
デイジーの言葉と今の状況から、挑戦者の不得意とする所を試練に課すのだろうと予測したが、それなら直ぐにでも試練が始まっても良かった筈。それなのに自分の特徴を調べるのに時間が掛かっていた。
つまり、この状況を打破出来る可能性を秘めてはいるが、まだその力を自分が使いこなせないと判断されたと思っていいのではないか。そして、ミコトにはその力の心当たりがある。
「きっと、試練の洞窟で手に入れた力が使えればこの状況を打破出来るはず」
ブラッド曰く、まだ発現させるのに力が足りないという事だった。実際、まだ使えない。というより、どんな力なのかすら分からない。
ミコトが思考している間も猿はずっと攻撃を続けている。限界が来ていつ破られるかも分からないこの状況で、分からない力を当てにするのもどうかと思う。
今は出来る事、出来そうな事を考える方が重要だ。ミコトはまず出来る事。この状況を把握、整理することにした。
猿のモンスターが離れた所から全方位より礫を投げたり、中には魔術を使って攻撃をしてきている。よく見ると、全部で十体。自分を囲むようにしている。
その内一体は頭上から礫を投げてくる。一箇所に留まっておらず、木から木へと飛び移りながら攻撃してくる。自分の力では猿に物理ダメージは絶望的だ。つまり、魔術で攻撃するしかない。魔術は<ホーリーバリア>の中からも外には撃つことが出来ない。攻撃するには解除する必要がある。
「解除しようものなら、一斉攻撃でやられてしまうよね」
一対一ならまだ何とか戦える? いや、頭上の猿の動きを見る限り、自分の身体能力では、魔術を当てるのも厳しそうだ。自分がアスカやノゾムのような前衛職でない事を恨むが、恨んだ所で変わる訳でもない。
「やっぱり、効率悪いけどこれしかないよね」
障壁内でも使える<ホーリーバリア>を猿の周りに展開していく。
今、一体の猿が両サイドから<ホーリーバリア>に挟まれ動けなくなった。次々と猿を障壁に挟み込み、遂に全ての猿を障壁で動けなくする。
「いけない。もうMPが僅かしか残ってないわ」
猿達の動きを封じ込めたのは良いが、自分のMPのほぼ全てを使ってしまい、攻撃するための分が心許ないため、道具袋から魔力回復薬を取り出し、MPを回復させる。
「良かった。回復薬が有効で」
ブラッドの試練の洞窟のようにアイテムが使用禁止であれば、この時点で何も出来ず終わっていた。魔力を回復したミコトは、自分を守っていた障壁を解除すると、まずは正面にいる猿に向けて<ウォーターアロー>を放つ。
障壁に挟み込まれ身動きの取れない猿はミコトの放った水の矢を躱す事も出来ず、直撃するが魔防が高いのか、痛みに叫び声を上げるだけに終わった。
「ウキャァアアアア!」
「強い。でも、倒れないなら倒れるまで何発でも!」
ミコトは正面の猿が光の粒子となるまで<ウォーターアロー>を撃ち続けた。結果、十発で一体を漸く倒す事が出来た。
「ふぅ……。残り九体。九十発の<ウォーターアロー>かぁ。効率悪いなぁ。私もアスカ達みたいに物理攻撃が出来るともっと幅広い戦闘が出来て良いのに。せめて、もっと高威力の魔術でも使えるともう少し楽なんだけど」
この状況を見て、ミコトは自分に試されているのが、間違いなく数による暴力に対抗する力不足なのだと確信した。
でも、そうなると最初の疑問が再び湧き上がって来る。何故、すぐに試練を開始しなかった、と。そんな考えを巡らせていると、ミコトは突然嫌な胸騒ぎを感じ、
「<ホーリーバリア>っ!」
自身を守る障壁を展開する。その直後、ボンっと爆発音が後ろから聞こえた。
「動けなくても魔術は使えるのね。危なかった」
背後の猿が<ファイアランス>を放ってきたようだ。体は動けずとも魔術は使える事が分かり、他の猿たちも一斉に魔術で攻撃を再開し始めた。
「参ったな……」
ミコトの魔防なら猿の魔術程度ならノーダメージの可能性はあるが、ダメージを受ける可能性がある以上、やはり防御するに越したことはない。だが、これでまた振り出しに戻ってしまった。暫く、猿たちのMPが尽きるまでこの状態になってしまうのかと溜息を吐いた。
猿たちが魔術による攻撃を再開して既に十分。いい加減MPが尽きても良さそうなのだが、一向に攻撃が止む様子が無い。
「おかしいな? MPは高そうに見えないけど?」
攻撃が止まないのを不審に思ったミコトは左方にいる猿の様子を見ていると、<ロックアロー>を五発ほど撃った後、体が淡く光り始めていた。そして、光が消えると、再び<ロックアロー>を撃ち始める。
「MP回復しているの! 卑怯だわ!」
どうも猿は使い切ったMPをその場で回復させ、無限に魔術を使えるようだ。ミコトは、再び溜息を吐くと何か良い方法が無いか、自分のステータスプレートを確認してみた。
「あ、レベルが上がっている」
さっきの猿を倒したことで、漸く世間で一人前と言われるレベル三十に到達していた。これで何か新しい攻撃魔術でも増えていないかと淡い期待でスキル欄のページに表示を変える。
「何、このスキル?」
聖女という職業上、攻撃魔術の類は中々覚える事が無く、巻物で<ウォーターアロー>を覚えたミコトだったが、レベル三十でもどうせ覚えないだろうと思っていた。
だが、そこに表示されていたのは、<ホーリーフレア>。攻撃魔術だ。でも、文字がグレーになっている。アスカが加護の力を使えない時、このようにグレー表示になっていたと言っていた。
覚えたのに使えない。これじゃあ意味が無い。ただ、もう一つ、覚えているスキル。これの意味が分からなかった。スキル<ジョブチェンジ>。これは一体?
使えるようになったスキルが何なのかと考えていたミコトに猿たちとは違う強烈なプレッシャーを感じ、寒気が走る。圧倒的なその殺意を感じるのは、後方。ミコトはその正体を見るために後ろを振り向く。
すると、猿の背後に体長四メートルはある巨大な猿、いやゴリラがミコトに向けて殺気を放ってきていた。そのゴリラが、猿の動きを封じていた障壁を二度、三度と叩きつけると障壁に罅が入る。
「嘘。なんてパワーなの」
迷っている暇はない。新しく手に入れた力を試してみるしかない。
「<ジョブチェンジ>!」
ミコトがスキル名を宣言すると、自分の内からこれまでとは違う力を感じる。ステータスプレートを確認すると、職業欄が聖女から聖魔に変わっていた。そして、スキルにあった<ホーリーフレア>が白に変わっている。
変わりに、<クイックヒール>や補助系魔術がグレー表示に変わっていた。
「いける」
ゴリラが猿の障壁を砕いた。そして、次の猿へと向かっている。どうやら猿を開放するのを優先しており、ミコトをまだ襲ってはこないようだ。
「<ホーリーフレア>」
ミコトは覚えたばかりの攻撃魔術の名前を叫ぶが、何も発動しなかった。
「え? 何で?」
解放された猿がこっちへ向かって来ている。早くなんとかしないと他の猿も解放されて襲って来るに違いない。
「あ、そうか。<ホーリーバリア>がまだあったんだ」
ミコトは焦りから障壁を解除し忘れたため、魔術が発動しなかったと思い、障壁を解除し再び魔術の名前を叫ぶ。
「<ホーリーフレア>!」
やはり発動しない。どういう事なのだろう。確かに魔術名は白く表示され使用可能になっていた筈なのに、発動しない。何か条件でもあるのだろうか? ミコトはステータスプレートの<ホーリーフレア>を指で触れ、説明を見る。
「嘘でしょ」
発動していなかった原因は二つ。一つは単純。MP不足だ。まさか使用するのに二百消費するとは。今のミコトの全MPが二百六十。つまり一回しか使えない。しかも、使用後、一週間は再使用不可。アスカの取って置きと同じ。そしてもう一つ。それは……。
「何で詠唱が必要なのよ!」
ミコトが叫ぶのと同時に猿が襲いかかって来た。猿は腕を振り下ろし、鋭い爪でミコトを引っ搔いてくる。何とか横に飛び、ギリギリで避けるとミコトは再び魔力回復薬でMPを回復させる。これで何とか<ホーリーフレア>を発動させるのに必要なMPになった。後は、呪文を詠唱するだけだ。
「文句言っていてもしょうがないね。いくよ」
『我が身に宿りし聖なる力』
危険を感じたゴリラがミコトの方に視線を向ける。丁度二体目の猿を開放した所だ。他の猿を後回しにして、ミコトへ向かって咆哮を上げ、走り出した。
「ウホォオオオオオオオオ!」
『全てに等しく与えし光』
猿が連続で引っ掻いて来るのを避けながらミコトは詠唱を続ける。
『その力、我が前に立ち塞がりし、厄災を聖なる炎となりて打ち払いたまえ』
ミコトの体が青白い聖なる光に包まれる。
「<ホーリーフレア>!」
ゴウッという爆音と共に、全ての猿、ゴリラの身を蒼い炎が包み込むと、
ドガァアアアアアアアアアアアアアアアアアン
一気に爆発した。
「す、凄い……」
猿は一瞬で光の粒子と化し、ゴリラは倒すことは出来なかったが、もう瀕死の状態でその場に倒れ込んだ。
「<ウォーターアロー>」
止めとばかりにゴリラに向けて<ウォーターアロー>を放つと、ゴリラも光の粒子と化した。
「きっとこれが試練の洞窟で手に入れた力なのね」
全てのモンスターを倒したことで試練をクリアしたのか、ミコトの視界が光に包み込まれる。
「終わったぁ」
光が消えるとそこは、デイジーの待つ部屋。ノゾムとミサオ、そしてデイジーの三人が待っていた。




