トナペレ族長老からの試練
アスカ達がトナペレ族の村の宿に向かった頃、長老は自分の家にあるデイジーを祀る祭壇の前に立っていた。
祭壇の前に置いてある蝋燭に火を灯すと、長老が呟き始める。
「さて、さて。デイジー様もお人が悪い。あの者達。いえ、いえ、その中の特に一人ですかな。お気に入りなのかもしれませんが、よもや、迷いの森を経由せずにここに寄越すとは……」
デイジーの像に語りかけるような独り言だったが、長老が話し終えると、周囲に神聖な空気が包み始めると、長老に語りかける声が部屋に響く。
「トナペレの長老。それは私のせいではないわ。私もこのような事になるとは想定外よ」
「おや、おや。デイジー様のお導きでは無いと?」
「私の分体は確かに彼等を試しの宮殿へと向かうように話をしたわ。でも、それは迷いの森へ向かう道を教えている。あそこも試練の一つ。如何に私が召喚した者だとしても、その試練を無視させるような事はしないわよ」
「では、では、本当に偶然ここを訪れたと」
「そう。これも全部、サウザート兵とあの見知らぬモンスターのせいね」
「ふむ、ふむ。では、如何が致しましょうか?」
「ここ、トナペレを訪れてしまったのであれば、入口を開いてあげなさい」
「……。試練はよろしいのですか?」
長老の声がワントーン低くなる。
「あなたに任せる」
「成程、成程。私に任せると。では、では、そのように」
辺りを包み込んでいた神聖な空気が無くなり、灯していた蝋燭の火も同時に消える。
「さて、さて、任されたのであれば……」
長老は目を閉じ、暫くじっと瞑想するのだった。
翌朝、俺たちは長老に試しの宮殿について話を聞くために、家へと向かった。長老は昨日の普段着とは違い、何かの儀式でもするつもりなのか、儀式用の礼装をしていた。
「これは、これは、おはようございます。昨日はゆっくり出来ましたかな?」
「はい。宿の手配ありがとうございました」
「それは、それは、良かった。一先ず、中へどうぞ」
長老は俺たちを家の中へと案内する。
「今日はどのようなご用件で?」
長老の質問にミコトが答える。
「長老さん。昨日、私達の目的地が試しの宮殿だと、何故お分かりになったのでしょうか?」
「ふむ、ふむ。何故と言われましても」
「この村は試しの宮殿とは全く関係無い位置にあるのに、目的が試しの宮殿だなんて、普通考えないと思うんです」
長老はミコトをじっと見つめる。ミコトを見定めているような目つきだ。
「なあ、長老は試しの宮殿と関係があるんじゃないのか?」
ノゾムが長老に問い掛けると、にっこりと微笑み返される。
「何かとは?」
「それが分からないから、聞いているんだよ」
ミサオの言葉に、長老はどうしたものかと首を傾げて、
「試しの宮殿への道は知っていますか?」
「はい。デイジー様に教わりました」
「今からそちらへ?」
「長老さんの話を聞いたら、向かうつもりですけど……。その感じ、何かありますね?」
俺は長老の返事に何か含みがあるのではと問うと、長老がニヤリと満面の笑顔で答える。
「えぇ、えぇ。実に良い。実に良いです。あなた達は中々鋭い。そして、運が良すぎる」
「どういう事?」
ミサオの方を向いた長老が今から説明すると、目で訴える。
そして、これまでの親交的な目から、打って変わって今にも射殺さんとばかりの鋭い目つきへと変わる。その目つきに俺たちは一瞬気圧されるが、長老は説明を始めた。
「まず、この村は試しの宮殿への入口なのです……」
長老の話はこうだ。
試しの宮殿の周りは迷いの森と呼ばれる方向感覚を狂わせる森が存在する。この森には強いモンスターがデイジーの手によって放たれており、ここで力を試される。
そして、本来であればその迷いの森を抜けると、ここトナペレ族の村へと辿り着くようになっている。無事に辿り着く事が出来た者を、試しの宮殿の入口に転送するのが、長老の仕事なのだとか。そのため、俺たちの目的が試しの宮殿だと思ったらしい。迷いの森を経由せずにここに辿り着く事が出来たため、俺たちは運が良いと言う事みたいだ。
「じゃあ、あたし達はこのまま試しの宮殿に転送してもらえるの?」
ミサオの質問に長老は、淡々と答える。
「本来であれば、迷いの森へ向かってもらうのですが、デイジー様はこう仰られました。私に任せると」
「それじゃあ……」
ノゾムが試しの宮殿へ苦労せず行けると嬉しそうな顔をすると、それを真っ向から否定するように長老がにこやかに答える。
「えぇ、えぇ。私があなた達の力を試します」
「は?」
ノゾムが間の抜けた返事をすると、
「ですから、私が迷いの森の試練の代わりに、あなた達の力を試します」
長老はそう言うと、大きな手でパンっと大きな音を立てて合掌すると、周りの空間が歪み始める。
「何!?」
「うわっ!」
そして、空間の歪みが消えると真っ白い空間が目の前に広がっていた。そこには、長老と俺たちだけが立っている。
「それでは、始めますよ」
長老は言葉を放つと共に、その大きな体で、俺たちに向かって突進してきた。
「まじかよ!」
「問答無用なのか。皆、やるぞっ!」
ノゾムが大鎌を構え、突進する長老に向けて横に薙ぐ。
「怪我しても知らねえぞ」
「ほっほっほっ。気にしないで全力を出してもらって良いですよ。この空間は、あらゆる傷を癒やすので」
長老は、そう言うとノゾムの攻撃を気に留めず、そのまま受ける。
「ほう、ほう。これは中々の威力ですな」
ノゾムの大鎌の刃が、しっかりと長老の体に食い込み、その場所から血が滴り落ちる。
「なっ……」
長老は刃が体に食い込んでいるのも構わず、そのままノゾムに拳を叩き込んだ。ノゾムは大鎌を手放し、後ろへと吹き飛ばされる。
「ですから、このような傷、どうという事は無いと言いましたよ」
大鎌を抜き、ノゾムへ投げ返す。大鎌が食い込んでいた場所には傷跡すら、残さず何も無かったような状態だ。
「いや、いや。まさかとは思いますが、私が亜人だから、戦えないなどと思っていないですよね? ひ弱なティバル族ならともかく、私たちトナペレ族は、この体にあった怪力と防御で戦えるのですよ」
「今ではティバル族も立派に戦えますよ。格闘士という職業も持っているんですから」
「それは、それは。素晴らしいですね。彼らも自衛出来るようになったのですね。あ、因みに私にも職業はありますよ」
長老は、ノゾムの追撃に向かいながら自分の職業を告げる。
「私の職業は狂闘士です」




