6,2対1
誤字報告ありがとうございます。
日刊ランキングにも乗っていたみたいです。ありがとうございます。
「冗談でしょ…」
セーフティーエリアまで決死の行軍を開始してから数刻。戦いの中で死に戻りすることもなく、順調に進んでいた私たちはついに目的地を目前としていた。
「フゴフゴ…」
迫りくる敵を退け、今、私たちの眼下に広がるのは、森の中ではおよそ自然にできることはないであろう開けた草原。
ギャップとかなんとかいう奴だろうか。詳しくないのでよくわからないが、とにかく草木で生い茂るこの森の中で不自然なまでに木が生えていない場所であった。
おそらくあそこが攻略に書いてあったセーフティーエリア…なんだろうけど……
「フゴフゴ…」
モンスターが入り口を陣取ってるなんて聞いてないよ!!
私たちが目指していたセーフティーエリア(仮)の前にはレッサーボアが4体陣取っていた。
こんなのは攻略には書いてなかったはずだよ!
私はボアたちに気が付かれないよう身を隠している茂みの中で憤慨する。
今回ばかりは私の記憶違いということはない。エリアに存在している中ボス、ボスは目をかっぴらいて検索していた。ボスモンスターと言えばゲームの目玉、血ナマコになって調べるのは当然である。だからこそ断言できる、第1エリアの南の森に中ボスはいなかったと。
しかし、現実はどうだ。いるじゃないか!4匹!いや通常モンスターだけれども!あれだけわかりやすく道ふさいでたらそれはもう中ボスよ!
「---…」
カブちゃんも私の横でボアたちの方をじっと見つめている。
きっとどう戦うかでも考えているのだろう。
テイマーとしてその気持ちに答えてやりたい気持ちは確かにある。ここまでカブちゃんは連戦連勝負けなし、激しい戦いというのもさしてなかった。
ここまで一緒に行動してきてわかったが、カブちゃんは基本的に戦うのが好きだ。そんなカブちゃんに力の限り、思う存分やりあってほしいという気持ちは本当にある。でもその戦闘に主人の体は全くもって追いついていないのだ。
ましてや今回はレッサーボアが4体。これまでの戦闘でレッサーボアの複数出現は最大2体までだ。あれは怖かった。私もカブちゃんも大したダメージを受けなかったが、ボアの頭ブン回しが顔をかすめた時には血の気が引いた。「ブォン!!」って耳元で音がした。怖かった。
しかも、あの時はレッサーボア以外のモンスターがいなかった…純粋に1対1が行われているようなものだ。それが今回は2対1になる。カブちゃんは心配いらないかもしれないが、私は危険だ、やられる可能性が高い。
さらにここに来るまで薬草を数本拾いはしたものの、それと同じ数ほどの戦闘があったため薬草が尽きている。もっと言えば、MPの方も先ほどの戦闘で使ったため1発撃てるほど溜まっていない。死んだら終わりのこの状況、出し惜しみなどしていられなかった。
ひとまず、ここで魔力が回復するorボアたちがどこかに行ってくれるのを待つか…
このまま戦っても勝てるかわからず、ボアたちがここに居続けるのかどうかはまだわからないため、ひとまず待ちを選択。
しゃがみこんでいた茂みの中で身じろぎ、長時間の粘りへ準備を整える。
カブちゃんもボアたちの方をじっと見続けてはいるものの、そこまで気は張っていない様子。ここまで1人で戦い続けてくれたんだ、少しの間ではあるが休憩していてほしい。
私たちに見られているとはつゆ知らず、ボアたちはお互いの体を嗅ぎあったり、木に牙をこすりつけたりしている。このモンスターたちがリアルから連れてきたただのイノシシだと言われても信じてしまうほど自然体だった。
こういうモンスターの生態もゲームの醍醐味の1つだよね…
時代を経て様々な進化を遂げたゲームにおいて追及され続けてきたリアルさ。その極致を垣間見たように思えて、私はゲーム内機能にあるカメラを起動し、彼らの日常を記録していく。
体を嗅ぎあっているボアたちを撮影した時だろうか。
不意にこちらを見たボアがまるで何か懐かしい匂いを嗅いだかのように、何度も確かめるように鼻を動かす。
嫌な予感がした。
額に汗が流れ、膝に置いていた手がじっとりと濡れる。
カブちゃんも彼らの行動を見て、来るべき時が来てしまったのを気付いたのだろう。その体からは緊張感を感じられる。
「フグゥウウウウ!!」
1匹のボアが確信を得たかのようにこちらに吠えると、他のボアたちも同じように吠え、こちらに威嚇をし始めた。
「カブちゃん。初めの突進を避けたらあの1番遠い奴に突っ込んで、すぐもう1匹を相手取って。私はなんとか捌いてみるから。」
「ーー!!」
私がカブちゃんの足に手を置きながら言うと、カブちゃんは気合の入った声で短く答える。
カブちゃんへのオーダーは少し厳しいものかもしれないが、遠慮はいらない。それほどカブちゃんは信頼できる。
私に余裕があったら、もう少し変わるんだけどね…
だが、そんなことを言っている暇はもうない。戦闘は既に始まろうとしている。
「フグゥ!!」
来た!
土煙を上げながら、1匹のボアが茂みに向かって突進してくる。
私はそれを転がるように避け、ブン回しに巻き込まれないよう距離をとる。
カブちゃんは飛ぶことにによって突進を避け、そのまま1番奥で私たちの様子をうかがっていたボアに「突進」を敢行した。
カブちゃんの角を小さな牙で受け止めたボアだったが、その勢いに負け、あえなくフッ飛ばされる。
できればその生死も確認したかったが、今度は私の方にもう1体のボアが突進してきた。私はもう1度、1度めのボアが居るであろう茂みと反対の方向に避ける。
耳元でボアの体が躍動するのを感じながら回避が成功したことを確信すると、バックステップで距離をとる。
4匹目のボアの追撃を警戒し、ちらりと目をやると、そのボアは絶賛カブちゃんと交戦中。横っ面を角でぶったたかれ、よろめいていた。
カブちゃんの方は大丈夫そうだ。問題はやっぱり私…
先ほどの2体も突進を避けられたのが気に障ったか、ボアたちは私の前方で綺麗に横並び、「次は仕留める」と言わんばかりに前足で地面を搔いていた。
あれで突っ込まれたら確実に1発は貰う。ボアの1撃をまともにもらったことはないが私に耐えられる威力ではないだろう。
させるか!
「ライトボール!!」
さっきのボアウォッチングの間に1発分たまったんだよ!!
狙うは2つ並びの右個体、の、こちらから見てさらに右半身。
左側に仲間、右側に魔法と挟まれる形となったボアは私の魔法に直撃。結果、1体だけとなった突進を何とか回避し、事なきを得た。が、
やばい…ミスったかも…
1体を釘付けにし、もう1体の突進を避けたことにより、今度は私が挟まれる状態に。
MPは無くなり、先ほどのような作戦はもう使えない。
ボアたちは早くも次の突進の準備を始めている。策を考える時間もない。
1体分の突進をよけ、もう1体は何とか掠める程度に済ます。できるかわからないがこれしかない。
「フガァ!!」
私の正面のボアが突進を開始、雄たけびを上げ、私に向かって走りこんでくる。
後方ではもう一方のボアが少しタイミングを遅らせ突進を開始するのがわかった。
くそ!いいAIしてやがる!!
1体目の突進を何とか回避、しかし、振り返るともう1体のボアが。その距離はもう5メートルもない。
あああ!少しでも避けろ!私の体!
ボアの進路から顔だけは逃れようと、私は上体を逸らし、衝撃に備える。
「--!!」
「フゴッッ!!!!!」
が、ここで真打ち登場!
加速のついたカブちゃんの角が、ボアの横腹に突き刺さりビリヤードみたいにフッ飛ばしていく。
「あああありがとっぉおおおカブちゃん!!」
頭だけ避けようとしたせいで、地面に変なポーズで固まる私には目もくれず、カブちゃんは次の獲物に目を向ける。
「フガ!!」
ドン!!!
ボアによる今日何度目かの突進。ずっと私に避けられ続けてきたその突進は念願かなって直撃する。
しかし、相手はか弱いピクシーではなく規格外のカブトムシ。あっさりと受け止められてしまう。
「----…」
突進を受け止めたカブちゃんは、「おい…いてーじゃねぇか…」と肩を押す黒いスーツのお兄さん方のごとくボアを小突くと、何時しかのように顎下に角を突き入れ、カチあげた。
「ッッ!!!」
悲鳴を上げることもできず光の粒子となって消えるボア。
これにより、周囲には静けさが戻り、セーフティーエリア前には安寧が戻った。
私はほっと胸をなでおろし、その場に座り込む。
ふぅ…なんとか勝つことが、いや、生き延びることができた……。あー、ダメダメ、すぐそこに安全地帯があるんだから、そっち行かないと。
しかし、立ち上がる前にカブちゃんが近づいてくる
「カブちゃん、さっきはありがとね。来てくれなかったらやばかったよ。」
「---♪」
カブちゃんがきちゃったなら仕方ないよね!お礼を言わなきゃいけないし!
私はカブちゃんを撫でながら、胡坐をかき、私は1仕事終えた職人のように微笑みを浮かべる。
ガサガサ…
いやー、激戦だったなー、私避けてるだけだったけど。
魔法があれば2体は受け持てそうな感じだったから、本格的にマナポーション探さなきゃなー。ベータ版にはあったはずだけど…
ガサガサ…
でも、このゲームもはや信用ならんからなー、ベータ版の情報を頼りにマナポを探したとて見つかる確証は…
「フガァ!!!!」
勝利の余韻に浸り、次の戦闘の算段を付けていると私たちの座っていたすぐ横の茂みからボアが飛び出してきた。
奇襲。
はじめて遭遇した時と同じ。茂みに隠れ、油断している敵に猛突進。
小さな牙が折れている。おそらくはカブちゃんの初撃でフッ飛ばされた個体。
生きていたのか!!!
スローモーション。動きの1つ1つが遅く見え、その1挙手1投足が視認できる。しかし、体はその超感覚に反応することはできない。
まずっ…避けられない!
「----!!!」
「ぃえっ!!??」
ぶぉん!!!!
瞬間感じる浮遊感。
ボアにフッ飛ばされたのではない、ダメージを受けた感覚はなかった。なにか他の要因で…
体が宙に浮いた私は、未だにカメラの連射のように世界がゆっくりと見えた。
そんな私の目に映ったのは、愛すべき相棒、カブちゃん。
カブちゃんは地面で足を踏ん張り、さきほどボアに対してアッパーを打ち込んだ時と同じような体勢で角を空に向けて……
って、え!?もしかして私カブちゃんに投げられた!?
驚きで思考は止まるが、目は私を狙っていたはずのボアをとらえた。
確実に当てる自信があったのだろうが、獲物が一瞬でいなくなったせいでボアの突進は空振りしていた。
何はともあれ、私はカブちゃんに助けられたのだ!
「カブちゃんナイsんjげsdkぎゃあぁあ!!」
カブちゃんに緊急離脱させられた私は近くに生えていた木に突っ込み、そのまま枝に引っかかった。
いてててて…に、2割ぐらいダメージ受けたな…。しかも、装備が引っかかって…これ私降りれるのか?ていうか仰向けに引っ掛かったせいで下の状況がわからん!!カブちゃん大丈夫!?私は大丈夫じゃないよ!!!
『第1エリア南のセーフティーエリアボスが討伐されました。これにより第1エリア南のセーフティーエリアが解放されました。』
「ーーーーーーーー!!!!!」
次の瞬間、響き渡るワールドアナウンスとカブちゃんの雄たけび。
私はそれを木の枝に引っ掛かりながら聞いていた。
勝利の吉報を耳にしながら、私は宙を仰ぎ見る。
風の声に、土と葉の匂い。森に入ってしばらく見ていなかった青い空もこの高い木からは覗き見ることができた。
あぁ…、何という………
私の頬に流れる一筋の光。
それはきっとうれし涙だった…………はず………
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