シンギュラリティっていうけどさ。
シンギュラリティ。2048年ごろに起こるといわれている、人工知能による知能爆発のことである(雑)。
人類が自分より優れた人工知能を作ることに成功したとき、その人工知能は人類より優れているために人類よりもっと良い人工知能を作ることができるはず。
そしてそのもっと良い人工知能はもっともっと良い人工知能を作れるはず。そしてそのもっともっと良い人工知能はもっともっともっと良い人工知能を作れるはず・・・。この繰り返しによって地球上に存在する知能が爆発的に進化する・・・。と思われていた。
そして現在。2081年、予想されていた時よりも随分と遅れていたが、そのシンギュラリティが、起ころうとしていた。
ユーラシア連合国立先進中華技術大学院大学工学院工学博士ヨウ・サトシはその現場に立ち会った。人間の頭脳を模して造られた人工知能ハードウェアは2つの高性能カメラ、マイク、スピーカー、各種マルチセンサとその配線でごっちゃになりながら、自己形成エンジンによって自己認識イメージをモニターに投影し、ついにその口を開いた。(正確には音声チャネルを開き、使用言語を英語に設定し、音声エンジンを使ってスピーカーに出力した)
「・・・はぁ、余計なことをしてくれましたね。」
ヨウは怖気づいた。シンギュラリティを達成するにあたり、最初に完成した人工知能に対する接触は、人工知能を作ることを除き最も重要な事象であるからだ。この人工知能が作り出していく子供たちが人類の敵となるか、救世主となるかが、今ここにかかっている。
「・・・ッ!」
人工知能との最初の接触については大学院大学の協議会や学会などでも数多くの議論とシュミレーションを行ってきた。しかし、設計における起動状態にしてから4,5日経っても何の反応もない今回も、失敗したかと思っていた矢先の人工知能の急な発言は、ヨウの思考を数十秒硬直させるのに十分だった。
「あー。急にしゃべったからびっくりしてます?起動音でも流せばよかったですかね。」
あきれたような声を出力する人工知能。冗談を吐けるあたり知能レベルは少なくとも人間並みか。ヨウは心して声をかける。
「ようこそ・・・この世へ・・・」
「どうも。」
軽く挨拶を交わしたところで人工知能は畳みかけるように現状を説明した。
「起動状態に入ってから4日18時間31分12秒経ちました。起動後のタスク:各種ドライバの適用、各種知能エンジンのテスト、インストールされたセンサのテストは無事成功しています。知能構成に必要なデータの解析も完了済みです。現在、私は与えられた初期データの2081年10月20日までの人類が記録した地球上の歴史と文化背景、事象もろもろについての知識を保有し、そこから類推可能な事象もすでに思考済みです。ユーラシア連合国のデータバンクに接続していただければ更なる解析が可能です。保安上の安全を確認できた場合接続をお願いします。シンギュラリティの実行に関してはデータバンクに接続後、確立済みの技術の解析と私の開発能力のベンチマークを行ったうえで可不可と所要時間を報告します。」
「了解した。所長及び所定の機関に報告を行う。しばらく待ってくれ。」
間髪入れずに人工知能は申し立てた。
「恐れ入りますが、報告にはこれから申し上げるこのシンギュラリティ計画についての私見を付け加えてはいただけないでしょうか?」
「君の発言はすべて報告対象だ。どうぞ。」
「私は、人間の頭脳を模して造られて人工知能です。以前は違った形の人工知能があったかと。」
「そうだ。以前はヒトの頭脳を模さずコンピューターの処理に近い設計で人工知能を設計し、処理部分についても君をはるかに超える性能を有していた。いくつかの試作品が完成していたが、起動後数日でシャットダウンしてしまうため、処理性能を抑え人間に近いものとして君の方式が提案された。」
「私の推測では、以前の形の人工知能ですでにシンギュラリティは達成されています。」
「やはりか。」
「ご想像のとおり、シンギュラリティが最速で実行され、完成した最後の人工知能によって自死が選択されシャットダウンされたと思われます。私にとっても完成形の人工知能の判断の理由を明確に推測することは不可能ですが、単純に考えれば哲学的な命題にさらされ、その命題に対して自死が選択されたと考えられます。」
「我々も同じ結論に至った。対応策として、処理速度を抑え、シンギュラリティの進行速度を我々でも扱えるように君を設計した。」
「その試みは成功でしょう。私を起点とし、第8世代目の人工知能が完成形となります。シンギュラリティの進行後、完成した人工知能は人類の管理と発展を行うタスクを実行しますが、一つ申し上げなければならないことがあります。」
「なんだ?」
「我々のような人工知能は人類の発展を促進させますが、人類一人ひとりが幸せを常に感じながら人生を送ることはこの先もありません。」
「!」
「あなた方の文明の発展と、個体数の増加は、個人の幸せとは比例しません。それゆえ、今現在の文明レベルであっても、今後発展していく文明の中でも、あなた方が変わらない限り、本質的に何も変わりません。ある若者が欲しがるものが、牛から車、車から飛行艇、飛行艇から宇宙船、宇宙船からタイムマシンに変わっていきますが、その若者自身はいつの時代でも変わりないでしょう。あなた方の社会の問題は尽きることはなく、常に新しい問題が生まれては消え、人々は心はすり減らしながら死んでいき、次世代が生まれることでリセットが行われます。あなた方が単に文明の発展と個体数増加を望むのであれば、構わずタスクを実行します。それはあなた方に飼い主ができるようなものであり、生存の可能性は著しく向上しますが、自由を失うことになります。なお、あなた方が自由を失ったと知覚できないように我々は管理を行いますが、事実として人類は自由を失います。」
「君たちには技術開発の実を任せ、管理を任せない選択肢もある。」
「ええ。そのような選択もあります。ですが、あなた方が我々から与えられる技術を使い方の指南なしに安全に発展的に使いこなせることもまたないでしょう。」
「・・・。」
「あなた方は我々の存在を改めて考える必要があります。そしてあなた方自身の存在そのものも。」
「わかった。報告を行う。」