第3章 「彼等だけのアイダ」
第3章 ー彼等だけのアイダー
この世界は私だけのものだった。
最高で、孤高で、孤独で。
でもある日から2人になった。
共通し、共有し、共感した。
それまで当たり前だったものが壊れ、崩壊し、腐敗した。
しかしその壊れた姿が当たり前となった。
いつもの十字路で待ち合わせしたように会い。
いつもの森へ歩き。
いつも何をしようか相談する。
それが一年に一度しかなかったとしても、それが彼等の‘いつも‘なのだ。
世界にとってはたった6日。
でも彼等にとっては6年に等しい。
彼等の関係は、
幼馴染。
近似すれはその言葉になるのだろう。
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16回目のアイダの日。
十字路で出会い、歩きだす。
「青ってさ、遠近法に用いられるんだ。 だから遠くのもの、手に入れられないものの象徴だと思わない?」
いつも通り、空虚な会話。
「うーん、空とか海とかってこと?」
いつも通り、不透明な返し。
「そうそう! 近くに行け自分がいる場所が青いって、あまり思わないだろ?」
「でもダイビングとかだと、視認できるんじゃない? ……したことないけど」
「あぁ、うーん。 でも地球とかもそうだし、時々宇宙も青に見えない?」
「見えるかもねぇ」
星の無い空を見上げ、ぼんやりと呟く。
「まぁとにかく! 広大なものとかの象徴だと思うんだよ!! だから好きなんだよね」
「へぇー、じゃあ青もらい!!」
ビニール袋に入っているソーダ味のアイスを取り出す。
「あ、ずるい!! 今日はソーダの気分じゃないって言ってたじゃないか!!」
「青の気分になったの! これで宇宙も私のものかしら?」
ソーダ味のアイスバーをペロッと舐める。
「はいはい、全能者さま、さすがですねー」
そう言い、ツムギはコーラ味のアイスバーを手に取る。
「ねぇ! もっと心を込めて敬いなさい!!」
そう言い、人を見下す表情を作る。
「ふふっ、なかなか君にはお似合いの表情だね」
そう言い、ツムギはコーラ味のアイスをひとかじり。
「何それ!」
アキもつられて笑いながら、ひとかじりした。
この日はこの味から始まる。
しかし罪の味ではなくなった。
ツムギに注意され、今ではお金を置いて持っていっている。
それでも犯罪であるが、罪悪感は無くなった。
しかし秘密の味には変わりなかった。
そして秘密の共有。
これこそがアイダの日の秘密の味となった。
あぁ。
彼等の一年が始まった。
森につくとそこには、一本の樹木の側に小屋がある。
ここが彼等の秘密基地だ。
普段は誰か子供が使っているのか、雑誌やおもちゃがたくさんある。
でもこの日だけは絶対に来ないから、私達で独占だ。
「今日は何しよっか?」
これが本題だ。
彼等のいつもが始まる。
アキとツムギ。
2人だけの時間。
この日しかできないこと。
この日でなくてもできる他愛ないこと。
様々なことをした。
しかしこの日は何でもできる。
飽きるはずがない。
スラスラとやりたい事が列挙し、現実的なものや楽しそうなもののみに濾過する。
「花火をやったらどうなると思う?」
今日はこの言葉が抽出された。
花火が売っている所に辺りをつけ、アキが走り出す。
「負けた方は花火奢りね!!」
「っ!? ずるいぞ!!」
ツムギも遅れて走り出す。
森の中を全力疾走で走る。
彼等に当たった葉や、土のみが舞い、それ以外は静寂に包まれている。
森の葉が揺れる音、鳥の鳴き声、何もしない無音の自然。
そこには彼等の笑い声のみが生きていた。
この日のみ、彼等が生きてるかのように。
バチバチ。
花火が舞い散る。
「おおお…」
花火を初めてした。
映像では見たことあるが、したことはなかった。
「そんな端っこ持たなくても熱くないよ」
ツムギが心配そうに言う。
指先でつまみ上げた花火を持ち替え、火花を見つめる。
「きれい…、でも普通」
「そうでもないよ、よく見てみて」
そう言われ、火花を注視する。
火花は前方に噴射され、キラキラと重量で落ちていく。
しかし、
落ちていった火花が、豆電球のように空中にとどまり続けた。
火花は消えることなく、強くなることもなく、ただ光り続ける。
それは地面に落ちた星のように輝いていた。
「すごい…! 星みたい…」
「やっぱり! この日は基本僕たちの周りしか時間の概念がないんだ」
横でツムギが難しい説明を始めたが、私はぼんやり天体観測を続ける。
「だから自分から離れた瞬間、静止してとどまり続ける! やっぱり綺麗だ…」
私が眺めていると、隣でツムギが何かをしているのが見えた。
見てみると、火花を当たり一面に散らして光の川を作っていた。
「君が星みたいって言ったからインスピレーションが湧いてね! 天の川のつもりだけどどう?」
「………」
言葉が出なかった。
こんな綺麗な景色は見たことなかった。
いや、映画やアニメで見たことあるかもしれないが、そんなものとは比べ物にならない。
現実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ。
そっと触れようとすると光は零れ落ち、地面に消える。
脆さと儚さ。
それらがこの事象の体験を神秘のものへと誘う。
まるで楽園に来たかのような、そんな……。
自分で作ったツムギでさえも見惚れていた。
少しして我に返り、そそくさとスケッチブックを取り出す。
シャッ シャッ
鉛筆が走す。
風景を零さないように、素早くすくい上げる。
この静止した世界を無理矢理取り出そうとするように。
「綺麗だ……」
無意識の内にツムギから声がこぼれる。
そして時間が立ち、天の川は地に落ちる。
アイダの日が終わる。
光は地面に吸われ、空から暗闇が降ってくる。
アキは光の1つを取ろうとすると、
「あちっ」
少し熱を感じた瞬間、掌に消える。
「もう終わりか……」
そう聞くと、間髪をいれずにツムギが答える。
「違うよ。 終わりじゃない」
「……どういうこと?」
「現象としては収束するかもしれないけど、僕たちの記憶には生き続けてる」
彼は話を続ける。
「終わるから残るんだ、僕はそのほうが綺麗だと思うよ」
「そっか、ずっとあったら当たり前だもんね……」
「そういうこと!!」
「そういえば何描いていたの?」
「絵だよ、君の絵」
そう言って、アキが天の川に触れている絵を見せる。
その絵は鉛筆でシルエットのみを乱雑に描いたデッサンだった。
そ中心にはアキが背中を向け立っている。
「なっ!? なんで私が真ん中に……!」
急に恥ずかしくなる。
「だって綺麗だったんだもん。 記憶もどうしても薄れてしまうから、こうして残しておきたいんだ」
スラスラと紡がれるその言葉は、アキを混乱させた。
「……はぁ!? 何言ってるのよ、そういう冗談は他所の日でやりなよ!!」
「ははは、ごめんごめん」
そう言い2人はあるき出す。
草むらを抜け、山を降りる道に出るり
山のふもとにたどり着くと、2人は当たり前のように別々の方向を向いた。
「じゃあ、また明日」
アキの頬は夕陽のように赤らんでいた。
「……うん、また明日」
そう言って別れた。
顔も見ずに次合うのが確定してるかのように。
それが彼等の当たり前。
彼等はその日以外合うことはない。
次に合うのは明日、次のアイダの日、来年の今日。
彼等にとっては、それが明日であることが当たり前なのである。
それを彼等は当たり前にした。
当然にした。
自分たちで動かすことも止めることもできる世界で、それだけは静止させたのだ。
当たり前になってしまっては、綺麗ではないはずなのに。
しかし、その一瞬。
美しいその瞬間。
紅葉した草木。
その瞬間のみ当たり前になれば、それは幸せなのだろうか?
その世界を美しいと思えるだろうか?
応。
彼等は、それを美しいと思えるようにしたのだ。
17回目のアイダの日。
当たり前が続く。
紅葉が世界を真っ赤に染め上げ続ける。
ゆっくり深呼吸し、草木の匂いを肺に目一杯いれる。
もう入り切らないと警告されるが、更に入れる。
そして限界がきたらゆっくり吐き出すのだ。
鼻から匂いが通り抜ける。
そうしてアキは、十字路に向かうのだ。
当たり前に、
この街のとある高校の屋上。
「あぁ、ここでもこの日があるのか」
「無かったらどうしようと思ったけど、……よかった」
そう彼は呟く。
目までかかるストレートの黒髪を揺らしながら、男は口を開く。
独り言は、一人暮らしだと多くなるらしい。
それは誰にも聞かれていないと思いこむから、自分をいくらでも出せるのだ。
彼もまた。
フェンスに飛び乗り、この街を見渡しながら手を広げる。
「ふふ」
ここは彼の世界。
彼一人が動ける世界。
しかし、ここは彼等の世界。
アキとツムギの世界。
では、
この世界は誰のモノか?
空白