6
ユーリックが、ぼんやりと目を覚ます。
『ここ、どこなの?』目を開けると教会の中をを舞っている精霊たち、そして女神さまの像の姿が目に映り、昨日のことが鮮明によみがえってきた。
彼は起き上がって目をこする。教会のステンドグラスから、朝日が差し込んでくる、皆もまだ寝ているようだ。横を見ると、姉のエイリナがすやすやと隣で寝ている。
ユーリックが目覚めた事に気が付いた精霊たちが、一斉に、「おはよう、ユーリック」「ユーリック」と彼に呼びかけ、彼らのチャイムのような声が教会中に響き渡る。
「おはよう、精霊さんたち」あくびをしながら挨拶をする。精霊たちの声で、ほかの人たちも起き始める。エイリナも隣でもぞもぞとしているので、そろそろ目が覚めるのだろう。
「お姉ちゃん、起きて」エイリナの肩をやさしく揺さぶりながら、エイリナを起こそうとする。「うーん、いやだー」といいながら、ユーリックの膝に頭をのっけて、また眠ってしまう。
「ねー、起きてよお姉ちゃん」ユーリックが彼女の頬をぺちぺちと叩き始める。
「ユーちゃん」と言いながらやっと起きたエイリナ。起き上がり、ぎゅううう、っとユーリックに座ったまま抱きついてくる。「お姉ちゃん、苦しいよ」と言ってもなかなか離してくれない。仕方なく待っていると、大人たちも起き始め、母がこちらに来る。
「あらあら、エイリナは全く。ユーちゃんを離してあげなさい」と言ってエイリナを引きはがす。
「うー、だってー」ぷーっと膨れた顔をするエイリナ。
何とか立ち上がれたユーリック。背伸びをして何とか体の筋肉をほぐそうとする。そうしているうちに、ほかの子たちも起き始める。
「あ、ユーちゃんが起きてる!」「ユーちゃん大丈夫?」と言いながら、あっと言う間に4人の女の子たちに同時に囲まれる。
「駄目―!ユーちゃんは私のものなんだから―!」とエイリナがその中に飛び込んで行く。
大人たちもそれを見て微笑みながら、「ユーリックも苦労するな」「かわいそうにな」など言いながらも、ユーリックに同情しているようだ。
エイリックが深刻な表情になり「それより、これからどうする?食料とか、飲み水とか、いろいろと必要なものを用意しないとな」
「それもそうだが、狩り道具があったとしてもこの森で狩りとかできそうもないぞ。そもそも精霊の森で狩りなんかしたら罰が当たりそうで怖くてできないぜ」チスターも下手にこの周辺の生き物を狩るのは、危ないと判断したらしい。
「とにかく、水が真っ先に必要だろ?ここらあたりに川があればいいが」エイリックはもちろん、誰もこの辺の情報など持っていない。
そこへ何とか女の子たちから逃れたユーリックが母のところへ駆け付け後ろに隠れる。「はいはい、ごめんなさい、今はユーちゃんにちょっと聞きたいことがあるから」追いかけてきたエイリナを含めほかの子たちから引き離し、「ちょっとお父さんたちと話をしましょうね」と一緒に正門の内側で父がほかの男たちと話してる方へと向かう。
「お父さん、どうしたの?」
「ああ、ユーリックか、ちょうどいいところに逃げきれたな。精霊たちに聞きたいことがあるんだが」
「うん、なにを?」
「そうだな、まず飲み水、それに食べ物、そのほかいろいろと必要なものを確保しないといけないんだが、精霊たちが手伝ってくれないか聞いてくれるか?」
「わかった。聞いてみる」父にそう言い、ユーリックの周りに浮いている精霊たちに声をかける。
「精霊さん、どこか僕たちが飲めるお水と食べ物があるところがないか、教えてくれる?」
「あるよ。でも初めに私たちの誰かと契約をして」
「え?僕が?」
「そう。ユーリックは莫大な魔力を持っている。今まで使用しなかったから、知らないだけ」
「契約って、どうやるの?」
「教会の外へ、出て」
精霊たちに言われたとおりに、正門を開け、外へと出る。そこには、無数の精霊たちが空を埋め尽くしていた。600年ぶりに精霊と契約を交わせる人間が現れたのだ、精霊の森の精霊たちが一人残らず、今この教会に集まっている。
「どこからこんなに!」「すごい!」「うわーキラキラしてきれい!」驚く声や、喜ぶ声が皆から上がる。ユーリックもこの数の中からどういう基準で選べばいいのか、まったくわからない。
「こんなに大勢の精霊さんたちの中から、どう選べるの?」ユーリックが自信なさげに近くの精霊に質問する。
「大丈夫よ。目を閉じて、ユーリックが心の中で一番まぶしいと思う精霊さんを選ぶの」
『目を閉じて、そうか。たぶん自分と一番相性のあった精霊たちを、感じ取れるんだ』そうと願いながら、目を閉じ心を落ち着かせ、心の中の光を探知しようとする。
すると、見えた。数多くの光りの中に、太陽のように輝いている精霊たちが三人。
彼女たちの名前がユーリックの脳内に無意識に浮かび上がる。
「フィアンナ」
「ナイレリア」
「アリエッサ」
精霊たち一人一人の名前を呼ぶとともに、互いに心が結ばれるのが魔力の消費と同時に感じられる。アリエッサの名前を最後に読んだ直後に魔力量の負担が多き過ぎ、目眩が起きてユーリックが地面に跪く。同時に誰かが小さな手のひらを頬につけ、そこから魔力がユーリックに補足されている。
ユーリックが首をひねり、右肩を見ると、真紅の燃えるような色をした髪の毛を持つフィアンナが、そこに座りながらユーリックに魔力を送り込んでいる。
「ありがとう、フィアンナ」とお礼を言うと、「ユーリック、無茶をし過ぎよ」と心配されてしまう。
「でも、凄いわね。ユーリックったらあたしたち三人と同時に契約できるなんて」エメラルドグリーンの髪の色のナイレリアが左肩に立ち、ユーリックの顔を覗き込む。「うん、魔力はまだ残ってるわね。よかった」
「それでも、無茶はいけませんよ!」と言いながら、彼の頭の上に寝っ転がる空の色のような青い髪をまとったアリエッサ。
「うん、ごめんね。でも、凄くまぶしい光が三つも見えたから、三人の名前を読んじゃって」ユーリックがそう言うと、「フィアンナ、説明が足りない!」とフィアンナがナイレリアに怒られる。
ナイレリアによると、見えたからと言って自分の魔力をはるかに超える精霊の名前を呼んで契約すると最悪の事態では魔力枯渇で、死に至ることもあるという。
気が付くと、村人の皆がユーリックを囲み心配そうに彼を見守っている。エイリナとクラリッサが彼の腰に腕を回し、「ユーちゃん大丈夫?」と立ち上がる彼を支えながら聞く。
「うん、平気。ちょっと三人と契約するのは、大変だったみたい」
エイリナが冷ややかな視線でユーリックと契約した精霊たち三人を観察する。仕方がなかろう、手のひらの大きさでも精霊たち一人一人が皆、美女なのだ。余りの視線にアリエッサが、「ユーリック、この娘、怖い」と訴え、彼の服の中に隠れる。
「どこに潜っているのよ!出てきなさいよ!」
「私たちに嫉妬してるよ?この娘」ユーリックにとんでもないことを伝えるアリエッサ。
「ち、違うわよ!ただ私は弟のことが心配だっただけで!」
「え?だってあなたはユーリックのじつのおねえ...」アリエッサがサラッと秘密をばらそうとする
「あー!!だめだめ!!どうしてあなたが知っているのよ!」焦るエイリナ
「えっと、僕もう知っているんだけど」最後に申し訳なさそうにユーリックが皆に暴露する。
「...」声も出ないエイリナ。
「え?どうして知ったんだ?!」父のエイリックが驚く。
「精霊さんたちと契約を交わした途端に彼女たちの記憶が全部、僕に伝わってきたんだ。だから今は僕がお父さんに拾われた時のことも記憶にあるよ。」
「そうだったのね。ごめんなさいね、今まで真実を言えなくて」ユーリックに謝る母。
「ううん、お父さんの家族になれて、よかった。お兄ちゃんたちも、お姉ちゃんも優しいし」
「ユーちゃん!」と叫び、精霊たちが肩にいるのもお構いなしにユーリックに抱きつくエイリナ。
精霊たちが驚きエイリナに潰されないように宙に舞い上がりながら、「すごいブラコンね」などひそひそとお互いに話している。
エイリナがユーリックから離れる気配がないので、「エイリナ、もういいだろう。ユーリック、すまんが精霊たちにまた聞いてくれないか?」父がエイリナをまたユーリックから引き離し、頼まれる。
「そうだった、お水のことだね」
「こっちよ、ユーリック」アリエッサがユーリックたちを教会から二百歩ほど離れた所へ連れてくる。
「ここに水が出るの?」と、アリエッサに聞くと、「そうよ、この下に飲める水がいっぱいあるわ」とうなずく。
『どうしようか』と思うユーリック。
「アリエッサ、どうゆう風に魔術って使うの?」初めてなので、ためらいながらも聞いてみる。
「そうね、私たちにイメージで具体的にどうしたいか送れたらそれに越したことはないわ。実行したい行動が細かくイメージされていればいるほど、私たちも貴方の考えを魔術として表すのが簡単になるけど、試しに一回やってみる?」とアリエッサに進められ、試行することになった。
少し考えると、前世の雄一の知識がよみがえってくる。
深さ5メートル、直径25センチの穴をテレポートで土を動かし穿つ。そして穴を井戸のように固定するために石などで取り囲む。穴の周りに高さ1メートル、直径3メートルほどの円形の土の塀を作り、高熱と圧力を通して、かたい煉瓦のようにする。そして、今掘った穴を除いて、底も固める。これで水がたまる貯水池のようなものができ上がった。
あとは、穴を掘り続ける。25メートルほどで、水に当たる。水が穴から激しく湧き上がり、貯水池にたまり始め、あふれ出す。湧き水の出がよいので、ユーリックがパイプを作り、水面の上へと伸ばし噴水のようにする。これで飲み水は湧き出ている水から、そして洗い物そのほかは溜まっている水を使えばいい。
できれば井戸のパイプをあかがねで制作したかったが、あいにくこの土地には、あかがねがあまり含まれていない。後で検討しようと思うユーリック。
こうしてユーリックと精霊たちによって行われた仕事は、10分もかからなかった。
村人の皆が水のたまった貯水池を信じられないように眺めている。
ユーリックが試しに水を手に掬って、飲んでみる「お水凄く美味しい!」
皆が我に返り、水を飲み始める。
「生き返った!」「美味い!」「喉乾いてたんだ」「よかった!」など皆から喜びの声が聞こえる。
『そうだ、ここにテーブルとか、食器とか、作っておこう』また土と石を素材に使い、5メートルほどの長さのテーブル、そしてその両側に長いベンチを作り、その上に使い勝手のよさそうな土器の食器を次々と作り、置いておく。
「これぐらいかな?」と、一息つきながらユーリックがつぶやく。
「しかし、本当に何でもありだな、ユーリックの魔術は」染み染みとそういうチスター
「そうなの?」ユーリックも実感がない。
「いや、こんな風に魔術を使える人間なんて、そうはいないぞ」
「精霊さんたちのおかげだね」
「そうだな。さて、あとは食べ物か。ユーリック、悪いがまた手伝ってもらえるか?」
「うーん、食べ物ね」フィアンナにどうしたらいい?と聞くと、「簡単よ、私たちが、果物でも取ってきてあげる」と言い、山ほどの果物が精霊たちによって目の前に運ばれる。
「ありがとう!でもこんなに食べれないよ」ユーリックが慌てているとフィアンナが「じゃあ、時空間に貯蔵しちゃって」というので、果物の山に向かって『しまえ』と念じると、消えた。
『取り出せ』と念じると、また現れる。試してみると、指示によって出せるものも選べるらしい。
「ええと。これ全部べれる果物だと思うから、食べてみて」と言いながら、一個手にとり齧る。甘酸っぱい味が口に広がる。確かに美味しい。ユーリックが食べているのを見て、皆も食べ始める。「甘い!」「わ!みずみずしくて美味しい!」など皆から感想が聞こえてくる。
「ねえ、みんな、この水場の周りに家を建てたいんだけど、どうかな?」と意見を聞くと、皆が賛成。水場が家に近いのは、皆にとっても嬉しいことだ。
母が「でも、大丈夫なの?魔力をそんなに使って」と心配しているが、ユーリックは魔力の消費を全く感じない。それもそのはずだ。魔力が今は3人の精霊たちと契約したので1000倍の威力、言い換えれば、普通の人が使用する魔力の1/1000しか必要ない。
家の壁は煉瓦を使い、屋根は薄い瓦のような板を使い何とか雨がしのげるようにする。大きさも部屋の数も一家族では持て余すほどの大きさの家が四家できた。
まあ、部屋の入り口にドアはつけれないが、それは勘弁してほしい。
その後、ユーリックは次々と家具やその他日常生活に必要なものを作り続け、一日が過ぎた。
彼が今日中に生産した品々で、村人の皆がまた普通の生活を送れるようになった。
もう夕暮れに近いので皆が水場のテーブルに着き、ユーリックが果物を取り出し夕飯になる。フィアンナ、ナイレリアとアリエッサはまたユーリックの肩に座り、夜空にはまだ無数の精霊たちが光りながら飛び交っている。「ねえ、精霊さんたちは、みんな帰らないの?」と聞いてみると「ユーリックの魔力を、私たち三人が少しだけ皆に分けているの。だから、ある意味では精霊たち全員があなたと繋がっているのよ。そしてしばらくは、ここが全員の居場所ね」とナイレリアが教えてくれる。
ユーリックがナイレリアと話をしている間にも大人たちがユーリックに感謝の言葉を述べている。それを聞いていたクラリッサが「ふーん、ユーちゃんの魔術って、そんなに凄いの?」と思っていることを口に出すと、チスターにユーリックがどのぐらいめちゃくちゃな魔術の使い方をしたか説明される。
賑やかな食卓に大切な人たち。ファーソング村から唯一生き延びた家族たち。ユーリックがこれからも、この場所とともに皆を守り続けると決意した時だった。