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精霊国への遠い道のり  作者: お菓子大好き
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3

呼吸困難と共に顔に当たる柔らかい感触で目が覚めるユーリック。ぼんやりと目を開けると姉に強く抱かれ、自分の顔が胸に押し付けられている。姉の微かな寝汗の匂いがユーリックの鼻をくすぐる。


取り敢えず首をひねり姉の胸から顔を引き離し、息が楽になるようにする。だが、まだ姉に抱かれている状態で、体が自由に動かせないため起き上がれない。


「お姉ちゃん、起きて。」


「んんん、いやー。もう少しー」と言いながら、ユーリックにがっちりと抱きつく。


「お姉ちゃん、今日は僕の誕生日だから僕もう起きないと」


「やだー!」姉の腕に力が入る。背骨が曲がってはいけない方向に曲がっている気がする。


「お姉ちゃん、背中が痛いよ」少しもがき始めるユーリック。


しばらくユーリックにギュッと抱きついている姉だが、ようやく目覚めたようだ。「うう、ほっぺにチューして。そうしたら離してあげる」


仕方がないので、姉の頬にキスをすると姉は「えへへ―」とはにかむような笑顔で弟を手放す。


「お姉ちゃんも早く起きてね、朝ご飯の用意を手伝わないと」


「わかったー」姉の声が部屋を出る際に聞こえた。


ユーリックが家の中央にある共用部屋に行くと、ザイラーとハウェルがもうすでに母を手伝っていた。父は外で軽く仕事をしているようだ。


「起きたのか?ユーリック」ザイラーに、手と顔を洗いに行けと言われる。もう朝ご飯の準備は兄たち二人が済ましたようだ。井戸から汲んできた水が台所に置いてあったので、手を洗い、顔にばちゃばちゃと水をかける。


「エイリナはまだ寝ているのか?まあ、休みの日だからな」ハウェルがみんなの皿に料理を盛り始める。


そこに都合よくエイリナが部屋に入ってくる。「おきたよー」と言いながら、ユーリックの隣に立ち止まり手と顔を洗い始める。


母が父を呼び、家族全員が食卓に着く。「それでは、8柱の神々に感謝を」と母が祈ると、残った家族全員が「8柱の神々に感謝を」と母に続いて祈る。この世界では、食事の前に必ず神々に感謝の言葉を述べるのが常識だ。


今日は久しぶりに焼肉があった。「お肉おいしい!」とエイリナが喜んでいるので、ユーリックが肉を姉に半分譲ると、「ありがとう!ユーリック大好き!」と抱きつかれる。まあ、ユーリックはパンと茹で野菜があれば十分なので姉に上げたのだが、母がため息をついているのが気になる。きっとユーリックにもっと食べてもらいたいのだろう。


父によると、肉はとなりのチスターさんが狩ってきたウサギだったそうだ。この村で狩りをできる槍や弓矢をもっているのはチスターさんだけなので、肉は手に入るとご馳走だ。


この村に鍛冶職人はいるが、鉄の鉱石がなかなか手に入らない。今のところ手にある鉄製の農具で何とか仕事をこなしているという毎日だ。

もし壊れたら鍛冶職人が直してくれるが、鉄の質が衰えてくると修繕も不可能。買い替えに一番近い町まで行かなければならない。


「そういえば、ユーリックの誕生日祝いにチスターの家族とハマンの家族が来るらしいな」ハマンは鍛冶屋の家族だ。父がエイリナをチラッと見る。


「えー、なんで来るのよー」とご機嫌斜めなエイリナ。なぜかと言うとチスターとハマンの家族には娘たちが二人いる。四人もの女の子が祝いに来ると、エイリナがユーリックを独占できなくなるからだ。


「いいでしょ、あそこの娘さんたちはユーリックがお気に入りなんだから」と母がエイリナに答える。


「それが嫌なの!私のユーリックにべったりなんだもの、あの娘たち!」エイリナはご立腹のようだ。


「そろそろ弟離れしろよ、エイリナは全く」と呆れた様にザイラー兄さんに言われるが、完全に無視される。「駄目!ユーちゃんは一生私のものよ!」姉にまた抱きつかれるユーリック。


「はいはい、エイリナはユーちゃんを離すこと。今日は甘い干し果物の焼きパンがあるからね。それにハマンさんの奥さんがクッキーを焼いたそうだから。チスターさんたちも何か持ってくるわよ」

基本的にこの村のお祝いは呼ばれた者たちがいろいろと食べ物を持ってくるので一家族に負担がかからない。皆で料理を寄せ集めて、みんなで楽しむのだ。

甘い食べ物をハマンさんが持参してくると母から聞いたエイリナは、コロッと態度を変える。「やった!私、ユーちゃんが作ってくれたブローチつけてくるね」と言って部屋からかけ出て行った。


「ユーリックもあんまり贈り物なんか、女の子たちにしないことだね」とハウェルに注意される


「だって、お姉ちゃんのブローチ見たら、みんなに欲しいって言われて」

ユーリックが川岸におちている美しい石を見つけ、それを数週間磨き上げたら水色の宝石のようになったので、それをブローチにして姉に贈り物として上げたのがことの発端だ。姉が自慢げにそれをつけ村中を歩き回ったので、ほとんどの女子がユーリックからもらったものだと知っている。


「そうそう、それでハマンとチスターの娘たちにねだられて、ユーリックがいろいろと作って上げたら懐かれたんだよな。いっそ幾つか作って、町で売ってみろよ」ザイラーも、エイリナのブローチの完成度が町で売っているものに劣らないものだと思っている。


「そうね、ユーリックは器用だから、売ろうとしたら意外と売れるかもね」と母親も同意。


「でも、一つ作るのに、時間がかかるし」ユーリックはあまり乗り気ではないようだ。


「もういいだろそのことは。とにかく、ユーリックも10歳になったんだから祝いを楽しめよ」父に頭をガシガシと撫でられる。


「うん、ありがとう」



昼過ぎに、皆がユーリックの家に集合する。母が言った通りハマンさんたちはクッキーを、そしてチスターさんたちは肉のシチューを持ってきた。母が蒸したじゃがいも、それに野菜炒めなどを作ったので、贅沢なお昼ご飯になる。

チスターの長女のクラリッサに、次女のクレアベル。それにハマンの長女のルミオネアと次女のルミリナ。ユーリックが一瞬にして四人の少女たちに囲まれる。「ユーちゃんにもらった髪飾りつけてきたよ!」「私もネックレスつけてるよ、見る?」「あ、ずるい私もちゃんと貰ったペンダントつけてきたんだから」「ユーちゃん私と一緒に座ろ?ね?」


「駄目!ユーちゃんは私と一緒に座るんだからね!」と割り込むすきを与えない姉。


「えー、エイリナお姉ちゃんは、いつもユーちゃんと一緒じゃない!」とクラリッサに文句を言われる。


「今日は特別な日だから、ユーちゃんは私と一緒なの!」と必死になる姉。



こんなごたごたを見守りながら、親たちは笑いながら話し合っている。


「もういっそのこと、うちの娘二人ともユーリックがもらってくれないかね?」ハマンさんが父に尋ねる。

「いや、うちの娘たちの後な?」と念を押すチスターさん。


流石に父も無理な話だと思ったのか「いや、まだ8年も先のことだから、今考えてもどうしようもないんじゃ。ユーリックだって、嫁さん一人でも大変だろ。」と言い流す。


この世界では、一夫多妻でも一妻多夫でも、皆が承知して結婚に至るなら問題はない。

一番の問題は結婚後、子供を含め皆を養えるかだ。

一般的に、小さな集落や村では土地を開拓して作物を収穫し、皆を食べさせていけるか、もしくは狩りの腕前が良く皆を食べさせていけるほどの獲物を捕獲できるかだ。


父もさすがに一人以上の嫁さんはユーリックに無理だと思い、苦笑するしかなかった。



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