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「女神さまの恩恵」
アリエッサの言葉で、全員が思考停止に陥る。シンシアがユーリックの手を握ったままプルプルと震え始める。
「シンシアお姉ちゃん?」ユーリックが心配そうに彼女の顔を覗き込むと、急にシンシアたちに抱きつかれる。
「ユーちゃん!ユーちゃん!ありがとう!!」「女神さま、感謝いたします!」「ついに、ついに、女神の剣が!」彼女たちが喜びながら、涙を流している。
「お姉ちゃんたち、苦しい」また呼吸困難に陥る前にシンシアたちに何とか訴える。
「ごめんね、ごめんね!私たち感激しちゃって、つい」シンシアが笑い泣きしながら力を緩めながらもまだユーリックを抱きしめている。サナも同じく、感極まった表情で、ユーリックに泣きながら抱きついたままだ。
カトレアがやっと離れてくれ、精霊たちにお礼を述べている。
「気にしないでね。貴女たちは、ユーリックに凄い優しくしてくれたし。ユーリックも貴女たちのことが好きなようだからね」フィアンナがカトレアの前でふわふわと浮きながら、話している。
「ええ、でもあなたたちが助けてくれなかったら私たちは、ここで終わりだったわ」
「うーん、そうね。あのクマ、意外と狂暴だった?」
「いや、あの魔物化した熊はA級冒険者のパーティーが倒せるかどうかの魔物よ!」
「そうなんだ、ふーん」実感が湧かないといったような精霊たち。
そこにようやくシンシアとサナから逃げ出せたユーリックがカトレアの隣に来る。「精霊さんたち、こっちに来て」というと、精霊たちがまた彼の両肩と頭の上に座る。
「えっと、紹介するね。髪の毛が真っ赤な精霊は、フィアンナ。緑の髪の精霊は、ナイレリア。そして青い髪の子は、アリエッサ」
「よろしくねー」「ユーリックを頼むわねー」「ユーリックが可愛いからって、抱きついてはダメ!」
え?最後のはアリエッサ?なんで?と思うユーリック。シンシアたちも何とか落ち着いたようで、精霊たちに挨拶をしている。
「ところで、この熊の死体、どうするの?」ユーリックがもしや稼ぎの足しになるかと思って聞く。
「そうね、死体を全体ギルドに持っていけたら、相当な金額になるけど。重すぎるし」シンシアがため息をつく。
「うん、だったら、持っていこうよ」と言いながら、ユーリックが四次元空間に格納する。
「え?今、何をしたの?」熊の死体が一瞬で消えたのを、サナが信じられないという顔で見ていた。
「時空格納」ユーリックが一言いう。
「ちょっと待って、頭が追い付かない。ユーちゃんはまだ10歳よね。どうして神様の恩恵を持っているのか教えてくれる?」
「女神さまの恩恵を戴いたときに、8柱の神々からも恩恵を戴いたんだよ」
「「「......」」」皆もう言葉すら出てこない驚愕な出来事。まさかユーリックが8柱の神々から恩恵をもらっているとは。それ以前に、彼はまだ10歳。18歳の成人式も行われていない。
カトレアが最初に沈黙を破る。「もういろいろあり過ぎて、疲れちゃったわ。少しここで休んでも大丈夫かしら?」とユーリックに聞く。
「うん、ちょっと待って」ユーリックが5秒ほど集中してから、「もういいよ」とカトレアに言う。
「ユーちゃん、何かしたの?」とサナが周りを見渡す。空気の流れが止まったのだ。
「うん。周りに結界を張ったから、何も入ってこれないよ。絶対に安全」
「もう、ユーちゃんがいれば、何でもありよね」カトレアが地面に座り安堵する。
「そうね、なんか、私も気がゆるんじゃった」シンシアが、ゆっくりと腰を下ろす。
「はい。シンシアお姉ちゃん」ユーリックが格納から取り出した果物をシンシアに手渡す。
「どこから...あ、そうか。時空格納からか。ありがとう、私にせめて切らせてね」シンシアがナイフを取り出し、果物を切り始める。
『ギルドに着いたらあのクマのこと、どう説明するの?』と思うカトレアだった。
時はさかのぼり、ちょうど昼を過ぎたころ。ギルドマスターが自分のデスクで紅茶を飲んでいた時、西の方角から凄まじい魔力が消費されているのを感じ取った。余りのショックにティーカップを落としそうになるギルドマスター。建物から駆け出し、西の方角を見ると途轍もない魔力量が放出されている。エルフは魔力に敏感だ。この世界の生き物は、魔力を少なからず持っている。エルフとダークエルフはその魔力を測定することができるのだ。
しかし、『この魔力量は何だ!』ギルドマスターが恐怖に駆られる。これほどの魔力は感じたこともない。ギルドマスターが遭遇した最強の魔物は、地竜だった。体長20メートルほどの、巨大な竜、あの時は逃げるのが精いっぱいだった。しかし今、その竜も足元にも及ばない魔力が何者かによって使用されている。下手をすれば国も破壊できる魔力の持ち主だ。
1分間ほどで、急にその魔力が消えうせる。『あの魔力を隠蔽できる魔物なのか?そんな馬鹿な!』
街のエルフとダークエルフたちが膨大な魔力を感じ取りギルドに集まってくる。
「ギルドマスター、あれは何だったのだ!」治癒院から駆けつけてきたエルフの院長イリファー。
「...あんな魔力量、感じ取ったの初めてだわ」イリファーのすぐ後にギルドに着いた魔道具組長ダークエルフのアゼベス。「それも、その魔力を自由に隠せる。信じられないわ」
そこにリーシャがギルドから駆け出してくる。「ギルドマスター!確か今、カトレアさんたちのパーティーが西の森で依頼をしているはずです!」
「無事に帰ってくることを祈るしかないな」ギルドマスターが西の方角をにらみながら、つぶやく。
「そんな‼救出パーティーを派遣するとか、手段はないのですか?」
「無駄だ。救出パーティーを出してもあの魔物に対応できるものなど、誰もいない。この街を襲ってきたら一瞬で街が吹き飛ぶ。今は、あの化け物がこちらに来ないことを女神さまに祈ることしかできない」
「そうね、人々を非難させようとしてパニック状態になったら無意味な被害者が出かねないわね」アゼベスもギルドマスターに同意する。
「私は王宮へこの事を連絡せねば。リーシャ、いつも通りに仕事を続けてくれ。アゼベスはどうする?」
「フフッ、そうですねギルドマスター。私は西の正門でしばらく待機していますわ。もし襲われたら、せめて死ぬ前に魔物の正体を拝めますからね」
「では、わしはまた治癒院に戻って患者の面倒を見ようかのう!」イリファーが笑いながら、職場に戻っていく。
「彼は、相変わらずだな。私も陛下に連絡次第すぐに西の正門へと向かう」ギルドマスターがそう言い残し王宮へと向かい、アゼベスは西の門へと歩き始める。
しかし、魔力が感知できないリーシャは、そんな二人を見送りながらも、そのような危機が押し寄せてくる実感が湧かないままギルドへと戻るのだった。




