12
翌朝。
ユーリックは、シンシアたちが起きてくる音で目が覚める。窓を見るとまだ外は薄暗い。起き上がり、背伸びをする。『よく寝れた、よかった』毎晩村に帰っていたユーリック、少し寝不足気味だったようだ。
少しして、シンシアたちが寝間着姿で降りてくる。ユーリックが顔を赤くし、「お姉ちゃんたち、下着見えてる」と言って、目をつむる。
「キャー!ユーちゃんはお姉ちゃんたちのこと、意識しちゃうの?かわいい!」と言って、シンシアに抱きつかれる。彼女の胸が、ユーリックの顔に押し付けられる。
「お姉ちゃん、息できない」
「シンシア、だめよそんなに強く抱きしめて」と言いながら、今度はサナに抱きつかれる。サナもシンシアに負けぬ大きさ。ユーリックは相変わらず息ができない。
「ほら、だめでしょ、二人とも」とカトレアに怒られ、今度はカトレアに。ただカトレアは、背が高い。胸が丁度ユーリックの頭に乗っかるような感じだ。
「ありがと、カトレアお姉ちゃん」と言って、抱きつくユーリック。
「ムー。どうしてカトレアお姉ちゃんなのよ!」とサナが拗ねると、「だって、呼吸できるから」はっとサナとシンシアが理解する。
「お姉ちゃんたち、もう依頼に行く用意するの?」
「そうね、あと30分ほどで出ましょうね。早く街の正門まで行かないと、列ができるから」とカトレアが彼に説明する。
「街に住むって、大変なんだね」
「そうね、楽なこともあるけど、大変なこともあるわね」と笑顔で言う。
一時間ほどかけて用意をして、馬を引きながら家から出かける4人。目的の森は街から西へと続く道を2時間ほどの場所にある。
「さて、どの辺から攻めようかしら」カトレアが森の端を歩きながら、大きな動物が通った痕跡を探す。しばらく森をたどって西へと歩くと、獣道のような道が、森の中へと続いている。
「これね。みんな、森に入るわよ」カトレアが先頭をきり、皆が彼女に続く。ちなみに、ユーリックは馬を引いているシンシアの前に歩かされている。一番後ろだと、危ないと判断されたのだろう。
森の中に進むにつれ、太陽の光が遮られ薄暗くなり、歩く速度も落ちてくる。
「おかしいわ。一羽の鳥も小動物も見つからない。それに静かすぎるわ」探知魔術で周囲をチェックしていたシンシアが、心配そうにあたりを見回す。確かに、普通に聞こえる森の音が全く聞こえない。
「少しこの道から離れましょう。悪い予感がするわ」カトレアが直角に道から曲がり、歩き始める。しばらくすると鳥のさえずり、それに小動物の動く物音が聞こえ始める。
「あの道は危ない。離れて正解だったわね」カトレアが冷や汗を拭いている。
「何だったのかしら?」シンシアが不気味そうに後ろを見る。
「もうちょっと距離を取りましょう。行くわよ」カトレアが歩き始めるので、皆彼女に続く。
そのまま歩いていると、ユーリックが、皆を止める。
「お姉ちゃんたち、こっち行こう。薬草があると思う」と言いながら、緩やかな坂を上っていくと、上り詰めたところに開けた丘があり、その端にぺリスレムが咲き乱れていた。
「ユーちゃん、どうしてわかったの?」驚くカトレア。
「うちの村の近くにも、こんな場所があったんだ。この森もそうかなって思っただけ。でも今抜いちゃうと新鮮度が落ちるから、ワイルドボアを狩り終えた後にするね」
「そうね、今ちょうどお昼過ぎた頃でしょう?ちょっとここで休憩しましょう」
実のこと、ユーリックは直径4kmの探知魔術を使い周囲の動物や魔物を把握していた。あの獣道は、魔物化したフォレストベアが使用している道だった。動物が魔物化すると危険性も一段と上がり、知能も飛躍的に向上する。カトレアたちの手では負えない魔物だった。ゆえに、ユーリックが皆をこの丘まで誘導した。
ゲーテさんからもらった干し肉とパンを食べながら、少し休む。『何とかうまくいった』内心ホッとしているユーリック。
丘の上で休んでいるうちに、その熊が目に見える周囲に入ってきたのがユーリックの探知魔術でわかる。周りを見渡すふりをして丘の端まで歩き、体を地面に落とす。
「お姉ちゃん!はやく、こっち!」と小声で彼女たちに叫ぶ。
ただ事ではないと思ったカトレアが、低い体勢でユーリックの隣により、地面に這いつくばる。
「あれ、なに?」と、指をさす。その100メートルほど先には、目が赤く光る体長5メートルもありそうな巨大なクマが森の中を二足歩行でうろついている。
「皆、伏せろ!」と小声で叫ぶカトレア。サナとシンシアが地面に体を伏せる。カトレアの声で、かなり危険な状態だと理解した二人は、ピクリとも動かない。
5分ほどで、クマが森の中へと消えていく。少し間を置いた後カトレアが立ち上がり、ユーリックを連れ二人のもとへ戻る。
「ワイルドボア狩りは中止よ。魔物化したフォレストベアが現れたわ。ギルドに一刻も早く知らせないと」馬から荷馬車を外して放置するカトレア。逃げる速度を上げるための考えだろう。
「僕、薬草とっちゃうね」ユーリックが素早く50本のぺリスレム草を引き抜き、袋に入れる。ユーリックの探知魔術によると現に今この辺りにワイルドボアは、どこにもいない。あのクマに食われたのだろう。ユーリックも目撃するまで、あそこまで巨大化した熊とは思わなかった。
丘を下り街へ戻る道に出ようとするが、獣道がないので馬が普通に歩けない。速度が落ちている。まだ森から出る半分の距離しか移動していないが、ユーリックの探知範囲にあのクマが入ってきた。匂いを嗅ぎつけたのだろうか?今の速度では、あと少しで追いつかれる。
ユーリックが精霊たちの力を借りれば、余裕で倒せる相手。だが自分が精霊たちと契約していることがカトレアたちにばれてしまう。
今の状況では、逃げ切ることも不可能。もうここまで来ては、已むを得ないと悟ったユーリック。
「カトレアお姉ちゃん、クマがおってきている」とカトレアに言う
「どうしてわかるの?」真剣な顔でユーリックに聞く。
「僕なら、わかる」そして、真剣な表情で彼女たちに話しかける。「お姉ちゃんたち、お願いがあるの。これから見ることは女神さまに誓って僕たちの秘密にして」
「どうしてその様なことが必要なの?」サナがユーリックに小声で聞く。
「それしか、お姉ちゃんたちの命が助かる見込みがないから」とユーリックが静かに答える。
一瞬戸惑った後、カトレアが「女神さまに誓って、秘密を守るわ」とユーリックに誓う。サナもシンシアも、カトレアの後を続いて誓う。
「ありがとう」と一言いうユーリック。「出てきて、フィアンナ、ナイレリア、アリエッサ」
ユーリックが名前を呼ぶと、精霊たちが姿を現す。驚きのあまり、固まる三人。
「なぜ、精霊たちがユーちゃんと...」何を聞いていいかも解らないサナ。
「あー、やっと隠れなくてよくなった―!」と喜ぶ精霊たち。フィアンナとナイレリアがユーリックの両肩に座り、アリエッサが頭の上に寝っ転がる。
「後で説明するね」といった後、ユーリックが馬を含め皆の周りに結界を張る。黄金に輝くドーム型の結界が皆を三重に包む。
「三重結界って…うそでしょ」サナがつぶやく。彼女も一つの結界を張るのにいくらの魔力が必要かは、知っている。最低の結界を張るために魔術師10人は必要だ。もはや、人の領域の魔力量ではない。
しかし、それでは終わらなかった。ユーリックが上を向き火の玉を結界の外に出現させる。この世界の魔術師が使う赤い炎の玉ではなく、目もむけられないほどの激しい青い光を放つ光の球だ。三重結界でも防げきれない熱が伝ってくる。ユーリックが光の球を圧縮し、こぶしの大きさにする。さらに激しく光る火の玉。魔物化したフォレストベアの姿が見えた瞬間、ユーリックがそれを目に見えぬ速さで、クマの頭部に向かって打つ。
激しい爆発とともに、頭を突然亡くした熊が5歩ほどよろつきながら歩き、そこで倒れる。
カトレアたちは、自分たちの目に映ったものがまだ信じられないように立ち竦む。
しばらくの間、誰も動かない。
「えーと。もう大丈夫みたい?」とユーリックが皆に言う。
シンシアが、ユーリックに近づき両手を握る。「ユーちゃん、精霊さんたちは、どこから来たの?」
「え?私たちは精霊の森からずっと一緒よ?」フィアンナがシンシアに当たり前でしょ?というような顔を向ける。
「そうよ、身を隠していたから、あなたたちが見えなかっただけ」ナイレリアが話を続ける。
「どういうことなの?ユーちゃん、あなたが精霊たちを支配しているの?」サナがまだ信じられないという表情でいる。
「違うよ、サナお姉ちゃん。僕は精霊さんたちと契約しているんだ。彼女たちに選ばれたんだよ」
「どうやって契約なんかできたの?精霊たちは人とは絶対に干渉しないのに」
ユーリックが話そうかどうかと戸惑っている間に、アリエッサが衝撃的な答えを皆に教える。
「それが、女神さまの恩恵なのよ」と。




