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記憶の審判  作者: Taki
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不安の子

西日本はソビエト連邦が統治することが決まったが、元々政治の中枢があった東日本とは異なり、西日本には新しい社会体制を構築し統治の中枢を据える必要があった。どこに国の首都を置くかの議論が繰り広げられ、かつての都である京都ではなく経済の中心地であった大阪に決定した。自由経済の象徴とも言えた当時の大阪をまず社会主義の中枢に据えることで西日本を社会主義国家にするための足がかりにしようという意図がソ連にはあった。ソ連にとって政治体制の構築が西日本統治の最重要課題であったため、その他の都市への支援や復興は後回しにされたのであった。このことは先の大戦で原子爆弾を落とされた広島と長崎にとって大きな打撃となった。広島と長崎は荒廃し、人々は家族と自分たちの街を失った苦しみにより絶望の中にいた。そして天皇がもはや自分たちの君主ではない事実が追い打ちするかのように人々をさらに苦しめた。


広島市から少し離れた呉市にて、1950年の夏、伊作雄一郎は自宅に向かって走っていた。彼は自宅に着き、玄関前で息を整え汗を拭った後、ゆっくり扉を開けた。呉市は空襲の影響で多くの人が住居を失い、急ごしらえの小屋のような家に住んでいた。雄一郎もその一人であった。雄一郎は玄関から見て右手の部屋に入ると、生まれたばかりの赤ちゃんを抱いた女性が助産師と何人かの少年に囲まれて布団の上で座っていた。女性は雄一郎を見て言った。


貴美子「元気な男の子やよ」


雄一郎「そうか」


雄一郎はそっけなく返事をしたが、口元が喜んでいるのは誰が見ても明白で、貴美子はそれをみて優しく微笑んだ。


貴美子「名前は前から決めとったものでええですか」


雄一郎「おお、それでええよ」


貴美子「貴聖。あんたの名前は貴聖じゃ」


雄一郎と貴美子の間に生まれた子供の名前は貴聖と名付けられた。


彼の他の息子たちはその様子を見ていたが、複雑な感情を抱いていた。雄一郎には前妻との間に三人の息子がいた。喜一郎と健二郎と勇三郎である。彼の前妻は先の原爆に巻き込まれて亡くなっており、その後雄一郎は貴美子と再婚していた。


喜一郎「よかったね、父さん。それと貴美子さん」


貴美子「あんがとうな、喜一郎くん」


喜一郎たちと貴美子との間にはどこかわだかまりがあった。雄一郎と貴美子が再婚して四年経っていたが、未だにお母さんとは呼ぶことができないようである。


貴美子「雄一郎さん、貴聖を抱いてみてくんさい」


貴聖を抱いた雄一郎は感情をあまり顔に出さない普段からは想像できないほど満面の笑みを浮かべた。喜一郎たちはそれを見て苦笑いを浮かべ互いに顔を見合わせ後言った。


喜一郎「僕たちは夕飯の食材を買ってくるよ。父さんたちはここにおって」


雄一郎「ああ、お願いする」


そうして喜一郎たち三人は夕飯の買い出しにいくことになった。

彼らが家を出た後、貴美子は少し悲しそうに雄一郎のことを見ていた。


貴美子「あの子たちはまだ和子さんのことを忘れられんのですね」


雄一郎「ああ、そうかもしれん」


貴美子「貴聖がお兄ちゃんたちと仲良くできたらいいですね」


雄一郎は少し黙った。そして貴聖の顔を顔を見て雄一郎は言った。


雄一郎「きっと仲良くできるさ」



喜一郎たちは復興が進んでいた沿岸部の街を歩いていた。呉市の沿岸部は戦時の空襲で壊滅状態に陥ったが、造船が盛んであったため戦略的に重要と見なされ、戦後ソビエト連邦から多くの支援を受け造船が再開されていた。雄一郎も造船会社で働いていた。沿岸部に食料の売店があり喜一郎たちはそこへ向かっていた。


喜一郎「体制が変わったせいで、戦争も終わっとるのに、まだ戦時のような生活せんといけんのはなんか嫌じゃわ。社会主義っちゅうもんは贅沢はしちゃいけんのがつらいわ」


健二郎「誰かに聞かれたらまずいよ。それに贅沢するお金なんかないよ」


喜一郎「それもそうじゃな。それにしても、父さんってあんな顔するんじゃな。わしらにはあんな顔せんじゃろ」


健二郎「子供が生まれたばかりはそういうもんじゃと思うけどな。どうなんじゃろう」


喜一郎「絶対にそれだけじゃないな。なんていっても貴美子さんとの子供じゃ。父さん貴美子さんのこと大好きなのは見りゃ分かる。母さんとは仲よさそうじゃなかったけぇ、複雑な気持ちじゃ」


勇三郎「へーそうなんじゃ」


喜一郎「聞いた話では母さんと結婚する前は貴美子さんと慕い合っとったちゅう噂じゃ」


健二郎「え、そうなん? 知らんかったわ」


喜一郎「親の意向で色々あったんじゃろうな。それで母さんのことなんか全く好きじゃなかったし嫌々結婚したんじゃろな。俺たちへの態度がどこかそっけないのそういうことなんじゃろうな。

母さんとの子供だからじゃけぇ」


健二郎「じゃけど、僕たちのこと嫌いって訳じゃなさそうやし、その噂も本当か分からんし」


喜一郎「まあ、そうじゃな」


健二郎「これからあの子と一緒に過ごすことになるけど仲良くやっていけるもんかなあ」


喜一郎「貴美子さんはそんな嫌な人じゃないし、あの子にも罪はないから仲良くやっていくつもりよ」


勇三郎「僕もそのつもり」


健二郎「僕も仲良くしていこうかなって思っとるよ。じゃけどこれから何が起こるか分からんけぇ少しだけ不安なんよ」


勇三郎「健兄は心配性じゃなあ」


喜一郎「健二郎、お前は心配しすぎじゃ」


健二郎「すまん、ちょっと心配しすぎかもしれん」


喜一郎たちはなけなしのお金で米と小魚を数匹を買い家へと帰って行った。

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