one ***
部員たちは四宮部長のもと、開始日と翌日と、学校閉門二〇時ギリギリまで懸命にデータ解析を行っていた。
「まあ……とんでもないアイディアだったよな、これ。よく実現できたね」
三年の元部長・貴船信一郎がのっそりと現れ、四宮に声をかける。
「さすがシノ部長だわ。いいよねこれ」
優しい目をさらに細めて、自慢の後輩をにこにこと眺めている。
つい先ごろ、部長を二年の四宮に譲ったばかりで既に引退していたのだが、何かというと、こうして部室に寄ってくれていた。
「いえ……元はと言えば成島さんのアイディアから端を発していて、たしか」
四宮としては珍しく、少し赤くなっている。
「そうだっけ?」アタシそんな難しいこと言ってなかったよー、と成島がもっと赤くなって両手をぴらぴら降っている。
「教室の床で、一回も踏まれてない所とかあるのかなー、って言っただけだよ。それに元々、部長、住環境デザインに役立つ素材探してたじゃん」
「まあね……」
いっしゅん、四宮の目が遠くをみる。何かを思い出そうとするよう、眼鏡の縁に指をかけて、口を開きかけた。
「どしたの?」
貴船が問いかけたが、
「いえ別に、」
とまたモニタの数値に向き合った。
貴船はそんな四宮を、嬉しそうに見やっている。
先代部長の貴船がおっとりのんびり型だとすると、今度部長に就任した四宮敬介は、常にクールなイメージを周囲に与えていた。
二年の中でも成績は常にトップクラス、まつ毛の長い切れ長の目が銀縁の眼鏡の奥で強い光を発し、落ちつき払った口調でどんな難問にも冷静かつ明快に答えるさまは、科学部員のメンバー内でも一目おかれていた。
端正なマスクにさらりとした前髪で女子からの人気も高い。
本人はあまりお構いなしだったが、校内でも何度か手紙をもらってもいた。もちろん返事は書いたことがない。理由は案外簡単だった。
女子の手紙というのは
「何だか論理的ではなくて、読んでいるうちに主旨を見失ってしまい、返答に窮する」
からだと、泣いていた子に強く尋ねられた時にしぶしぶそう語っていたことがあった。
それを他の部員から聞いた時も、元部長の貴船は「四宮だからねー」とどこかうれしそうに笑ってうなずいていた。
「部長、この人たち見てよ」
成島が設置されたいくつかのモニタ画面を切り替えながら、四宮を呼ぶ。
「一年だよね、この教室。わざわざ机を脇に寄せてさ、隅からずっと床を踏んで歩いてる。まんべんなく」
「ほお」貴船も覗きこんだ。
「データはどう?」
四宮が慣れた手つきで、その教室の俯瞰図を呼び出した。
「一〇二教室ですね、モードを『リアルタイム』に切り替えて、スパンを……ここ一時間までとしよう」
一〇二の床、廊下側半分が淡い光で埋め尽くされ、まだまばらにしか光っていない床との境が少しずつ、淡い緑に覆われ、床は足跡の光に浸食されつつあった。
「うっわ、マメだなあ」貴船が笑っている。
「ばかだなー」成島が鼻を鳴らした。四宮はわずかに口の端を上げただけだった。
「でもさ」
画像をみながら、成島は眉をひそめる。
「データ的に、どうなんだろう?」
成島が首をひねる。
「もともとは、どこのスペースが活かされていないか、無駄な動きがないかを調べるためのものなんだよね? なのに」
四宮部長は薄く目元に笑みを浮かべ、キーボードを叩きながら手元の小さなモニターを見ている。
「データをとるということで、変化するデータ……そういうのも面白いんじゃあないのかな」
「なのかなぁ?」
「まあそのうちに落ちつくさ」