three ***
返事は未来永劫聞くことはないだろう、そう思っていた四宮に、やがて
「何でもないよ」
夏目の声が届いた。いつもと同じ、少し疲れたような優しい声だ。
「それよか、どうした? そんな所で。一人か?」
心臓がびくり、と胸の中で踊り上がる。
「はい」
みずきははっきりした声で答えた。
「すみません、部長がこの部屋の特異点を実際に見たい、って言ってたんで、先にこっそり見に行って後から報告して驚かせてやろうかな、なんて思って、それでたまたま今日、図書室に用事があったものですから」
夏目に疑われないように、なのだろうか。
みずきの口調はよどみない。
先ほどまで感じていた悪臭は一切なくなっている。閉ざされた教室のむっとした熱気は相変わらずだったが、視聴覚室は、普段の貌を取り戻しているようだ。
急に、よく嗅ぎなれた香ばしい匂いがすぐ近くから漂ってきた。
気になってそっと手をのばすと、小さな紙袋の包みに触れた。昼に彼女が残したポテトだ。臭いは揚げたポテトのものらしい。
手を引っこめようとして、一瞬、手がみずきの靴をかすめた。
ほんのせつな、手先に感覚が伝わった。
みずきの足は、細かく震えていた。
四宮の手が固まる。
やはり、みずきも気づいたのだ。あれは夢でも幻覚でもなかったんだ。
「あれ? 先生、誰かと一緒だったんじゃ?」
「ああ……せっかくパワポが使えるようになったのに、PCの方がイカレちゃったみたいでね、業者に来てもらったんだが教室の入口まで来たら、忘れものした、って車に戻っちまった」
ははは、と頭をかいているようだ。急に真顔に戻ったように夏目が言った。
「そりゃそうと、図書室が開いてたの、昨日までだぞ」
「えっ!」
みずきのとぼけ方も堂に入っている。
「がっかりだなあ……ここも何もなかったし、ガッカリ」
「得てしてそんなもんさ。まあいい、先生も職員室に戻るし、お前も出なさい」
「はい」
四宮の手を一瞬意識したように、靴は動きを止め、それからさっと離れていった。
二人の話し声が遠ざかり、ようやく気づいて四宮は画面を見た。
足跡がふた組、ちょうど北館から出ていくところだった。
どうやってその部屋から逃げ出すことができたか、そこのところがあまり記憶にない。
気づいた時には、四宮はひとり、菜園の端にいた。
もともと、学校にこっそり入るのはこちらからがいいだろう、とふたりで自転車を少し離れた作業小屋の脇に隠して、菜園を横切って校内に入ったのだ。
入っていったのが、百年も千年も昔のことに思えた。
空はすっかり暮れかかり、雲が紅く染まっている。
気でも失っていたのだろうか、本当に記憶が飛んでいるようだ。どうしてそこまで歩いて来られたのか、何度思い返してもここまでの風景が脳内から抜け落ちていた。
急に、みずきのことを思い出した。
彼女は無事だろうか?
四宮は震える指で、メールを打つ。
「菜園で待ってる」
そして、敷地の堺に生えているセンダンの木の下に崩れるように座り込んだ。




