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two *

【土曜日】


 むわっ、とアスファルトから熱気が立ち上がる。

 地面の影すら揺らいでみえていた。

 すでに盛夏とも言えそうな7月の真昼間、四宮は一人、学校の裏門近辺を歩いていた。


 片手に小さな包みをぶら下げている。近くのコンビニで昼食用に買ったサンドイッチと野菜ジュースだった。

 これから一人静かに、部室でシステムチェックをする予定だった。


 道は学校敷地の境近くで未舗装に変わり、そのまま錆びたフェンス沿いに、学校裏手の菜園へと続いている。

 菜園入口から入り、グラウンドを突っ切るのが部室のある校舎への一番の近道だ。


 さらりとした前髪が汗で額にはりつき、視界を邪魔しているのも気にせず、彼は黙々と前だけみて歩いていた。

 数式やデータ構造を次々と頭に浮かべながらも、四宮は昨日の出来事を漠然と思い返していた。


 夕方、副部長の成島が『穴』を見つけてから、残っていた部員が集まった。

 科学部には勉強熱心な生徒が多いせいか、週末でしかも遅い時間だったにも関わらず十一人の一、二年部員のうち六人がやって来た。三年も貴船があと二人呼んで来てくれた。

 じゃんけんで二人、視聴覚室を覗きに行くことになって一年の河合がまずパーで負け、次に河合とけっこう仲のよい田嶋が負けて、

「あ、いいっす、タジと二人っきりでいいっす」

 河合があわててそう言ったので、偵察係は二人と決まった。

 いつもパー出すから負けるんだよカワイはカワイーなー、と誰かが叫んで笑いが起こっている。

「覗きに行ったらそのまま帰っていいですか?」

 と『パー出し』河合が言って、四宮が

「ちゃんと連絡寄こせばね」

 と認めたので、二人ともリュックを背負ったまま廊下をまっすぐ進み、階段を降りて行った。

「どんな穴か、ちゃんと教えてよねー、すたんぽんの穴! 写メもねー」

 エレンが叫び、周りの連中が笑い、田嶋が後ろ姿のままぴらぴらと手を振った。


 それから二人とも、帰ってこなかったのだった。


 ふと、学校菜園の端に人影をみた。

 大柄な影とそこに半ば隠れるように小さな影。

 二人は同時に立ちあがり、大きな影が四宮に向かって手を上げた。

「シノ部長! 部活? 今から」

 眩しさに目を細め、近づいてみるとそこにいたのは

「キフネ先輩……」

 貴船の影にいたのは、エレンだった。

 エレンは、えへへ、と笑って手に持った大きなキュウリを上げてみせた。

「見てくださいよ~、すっごいですよねこれ、ジャンボキュウリ」

 でかいなんてもんじゃなかった。エレンの腕よりまだ太い。

 青々とした表面はつるりとして、キュウリというよりも、細長くなった西瓜のようにも見えた。

「どうしたんですか、二人で」

「ウチの(ゼミ)で作ってる畑なんだ、ここ」

 貴船がうれしそうに足もとを指さす。

「見てくれよ、オレの苗すごい豊作だったんだ。いい加減に採りに来るように担任に言われてさ」

「というより、先輩……」

 四宮は半ばあきれて、山と積まれたお化けキュウリを見おろした。

「ただ単に、ずっと収穫を忘れていただけじゃ、ないんですか?」

「うちのゼミも畑作ってるんですけどぉ」

 エレンが割って入った。

「エレンのトマトはいっこも成らなかったんですよ~」

 キフネ先輩のところと隣どうしなのに、ぜっんぜん! とエレンが口をとがらせる。


 学校のクラスは進路や縦割りではなく、『ゼミ』という単位で振り分けられていた。

エレンは一年次の『園芸と調理』ゼミに所属し、貴船は『晴耕雨読』ゼミに所属していたので、どちらのクラスも畑を所有していたらしい。

 広い敷地の他の場所にも、見るといくつかのゼミが畑を作っていた。


「シノ部長、キュウリ持って行かないか?」

 貴船がどっこいしょ、と二本ばかり持ち上げたが、四宮は

「けっこうです」

 にべもなく断った。

「今から部室に行くんで」

「昼食まだだろ? 野菜も食えよ」

「野菜ならジュース買ってきました」

「生も食わなきゃダメだぞ」

 生って言っても……と四宮は鼻の間にかすかに皺を寄せてキュウリとは以て非なる物体に再度目をやった。

「それにさ」

 貴船は楽しそうに付け足した。

「ストレス解消にもなるんだぜ、これ」

「何がですか~?」

 脇から興味しんしんといったふうにエレンが口を出す。

「でっかいのは、種もでかいんだ。メロンみたいな種がぎっしり詰まってるんだわ。このキュウリを縦半分に切ってね、こう」

 手刀でやってみせる。


 一瞬、貴船の持ったキュウリがすっぱり半分に切れて見えた。

 四宮はゆっくりと瞬きする。

 眩しさのせいだろうか。


「切ってみると、表面に種がちょっと見えるだろ、それをね、ぎゅーっと」

 貴船は両手の親指と他の指とでキュウリを捧げるように挟み持つ。

 そして、その指先にぐっと力を入れてみせた。


「こうやって絞るように押すとね、断面から、ポコポコポコ~~って、種が飛びだしてくるんだ。次々とね」


 えっ! エレン、やってみたいですー、と早くもぴょんぴょん脇でジャンプしている。

 風船を欲しがる幼稚園児みたいだ。


「飛び出して、くる?」

 四宮は何となく絵柄を想像してみる。


 キュウリの断面から、押された種が

「そう、まるで穴から逃げ出そうとする虫みたいにさ」


 急に日が陰って、貴船の表情が消えた。


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